「母とバンコク」 in thailand     2005/01/17〜2005/01/20        


  「ケンジ!これほんまに二人乗りできるんか!」
「だいじょうぶやって、2台で一緒に行くし、落ちひんよ!すぐそこまでやから!」
灼熱のバンコクの街中で、母親と並んで二輪のバイクタクシーに乗る。
交通渋滞の中、僕たちを乗せたバイクはするすると間をすり抜けていく

こんな経験、普通の親子ならできないだろう。いや普通なら乗りたくないと断るだろう。 しかし50歳を過ぎた母親と、30歳手前の僕達二人は子供のように、
ここバンコクで大いにはしゃいでいた。

先日母親と一緒にでかけた海外旅行から帰ってきた。 僕が海外に出かけるのはいつ以来だろう…。 何と3年前のあの世界旅行以来だ。

母親と二人で出かけることなど、僕が物心ついてから始めてのこと。
僕が今、自由な時間が多いうちに連れていてってあげたかった。

しかし、今回の海外旅行。 実家が商売をしているので、休みが取れるのは長くても3日間。 短い期間の中で、母に旅の醍醐味を味わわせてあげたい。あのときの旅とはまた違う旅。 海外旅行3度目の母と、どんな旅となるのだろう。 気がつくと、僕が始めて海外に来た頃と同じように、母の目も輝いていた。

 

 

 




【修行】

バンコクの空港に着いたのは0時半。 今回の旅行はホテルがついたパックツアーだった為、 現地のガイドさんが空港に迎えに来てくれていた。
「こんにちは、よしむらさん、ラトとも申します」
「こんにちは、熱いですね」
「でも、バンコクは今一番涼しい時期ですよ」

少々なまりのある日本語でラトさんは話かけてきたが、 日本人旅行者を相手にしているからだろうか、 服装や顔つきを見ると、他の日本人旅行者と見分けはつかない。
「日本人と思ったわ…」 母がこっそりとつぶやく。

「お二人はどういった関係ですか?兄弟ですか?」
「いやいや、母ですよ」
母の表情がにんまりと緩んだ。

母は8年前、現在JAICAでケニアに派遣されている妹と一緒にオーストラリアに行ったときも、ガイドに同じことを言われたと喜んでいた。 「あん時も、姉妹ですか?って言われてんで」 もちろんその時、機嫌が良かったのは母だけで、 妹がふてくされていたのは言うまでもない。

さて今回の旅、実はここバンコクで母を鍛えようと僕は企んでいた。 父から出発前に言われていた。
「お母さんを修行やと思って連れて行れてけよ!頼むぞ!」
「う、うん・・」
修行僧の面倒を見るために任された和尚の気分である。 一体何の修行なのだ。 他人が聞くとよくわからない旅行に思えるに違いない。
僕は単純に、旅の楽しさを知ってもらいたいだけだったのだが、 父としては、人柄もよくつい相手の気持ちを考えすぎて、 優しすぎる母の性格を、異国に放り込むことで鍛えさせたい。 また、父に頼り気味な母に、商売で生きてゆく厳しさを
感じさせたいというのが大きな目的だったのだろう。しかし、母も母で今回の旅について文句も言わず、
かなり気合を入れて楽しみにしている。
「お父さんに自慢できるように頑張らなあかんな!」
今回そんな二人を間に、僕にも大きな使命を任された旅。 不思議な旅の始まりであったが、 それ以上に我が家は不思議な家族である。

 

 




【移動】

「信号ないやん!ケンジどうやってこれ渡るん?こわいなぁ・・」
「ついてきいや、後ろ離れたら轢かれるで」

バンコクの交通は慌ただしい。
日本で慣れた感覚でいると、交差点などいつまで経っても渡ることができない。 歩行者優先といった感覚はここには全く存在せず、 自分で車を止めさせて渡るのが普通だ。
「うわ〜ぶつかる!」 「スピード出し過ぎちゃうん?」 「これだいじょうぶかいな…」 母はバンコクに来てから一日中ぶつくさ独り言を言っている。

到着した翌日、僕たちは早速街中へ出かけることにした。
「ほな、電車乗りに行こうか。。。お母さん、連れて行ってや〜」 「え!私が…うーん、やってみようか…」
今まで、後ろに付きっきりだった母の顔つきがこわばる。

「どうやって切符買ったらええん?」
「わからん」
「え〜!」
首を横に振り、意地悪に全部母に任せようとする息子。 子供みたいに駄々をこねる母。
「修行や!修行や!」
「せやったなぁ・・」

困惑した母は、しばらくして駅の窓口を見つけた。
「あれやな!」

手に持ったお金を渡し、必死で行き先を駅員に告げるが、 お金は両替されて戻ってきた。 しかし母は伝わらなかったと思ったのか、 それでも必死で行き先を告げる。 まるで子供のおつかいのようである。
バンコク鉄道(スカイトレイン)の切符の買い方は日本と変わる。 まず窓口で、紙幣をコインに両替してから、自動販売機で購入。 ボタンは行き先を先に押してから、お金を入れる。「すごいな〜!お金が後やねんな!」 この時も操作がわからず、
母はひたすら戻ってくるお金を入れ続けていた。
さて、僕たちはようやく改札を通ることができたが、 母はどちらのホームへ上がればいいかわからない。英語すらわからない母は、必死でガイドブックのタイ語を、目の前の看板と照らし合わせている。
「うーん、ケンジあかんわ、わからん、どうしよう」 「知らんでぇ〜。。修行や修行。。あっこの人に聞いたらええやん」
聞くことを戸惑いながらも、母は売店の兄ちゃんに尋ねに向かった。
「ケンジ、こっちやって。わかったわ」
「せやろ、言葉わからんでも何とかなるんやで」
「せやなぁ、わかるもんやなぁ」
その後、母には船や、バス、交通機関の乗車を全て一人で任せてみた。 危うく間違った船に乗りそうな時も、指差しで方向を確認したり、 船内での切符の購入も、威圧する係員に負けじと、照れながらも乗船成功。時間はかかりながらも、こてこての関西弁と得意の笑顔で乗り切っていた。
二輪のバイクタクシーに乗る時のこと。 最初は嫌そうな顔はしているのだが、無理やり乗せると、子供のように怖がりながらもはしゃいでいた。
バイクを降りてから、僕が感想を尋ねると、 「反対斜線逆送したり、渋滞の隙間するするーって走って行って、足当たるかと思ったで!でもほんま怖かったけど、 お父さんに自慢したかったから頑張ってん!」

普通なら、こんなことさせる息子を怒る場面だが、母は、初めての経験ですら、その場を楽しむ余裕を持つ。
「ケンジ、交差点何止まってるん、車来てへんし渡るで〜」
最終日にはそんなことまで口にしていた母。 都度、文句を言いながらも、楽しんでいる姿を見ていると、母親がたくましいということが改めてわかる。

初めて乗るバイタク(バイクタクシー)

 



【交渉】

母のバンコクでの修行のメインイベントは買い物だ。 『どこまでうまく値切れるか』

最初に母が挑戦したのは花屋だった。
「お母さん、ほな頑張って値切んねんで!」
「うん…」
母はうんとは言ったものの、値切り方を知っているのだろうか。 少々不安になるが、とりあえず任せてみることにする。

自分の欲しい花を指差して、店員にいくらかと尋ねる。
「40バーツだよ」
「……」
タイ語も英語も話すことができない母は、 どうすることもわからず、15秒ほど無言となる。二人の間に不思議な空気が流れるが、母は状況に耐え切れなくなり、 財布から40バーツを取り出し店員に渡した。

「ケンジあかんわ。値切れへんかった。何言うたらええんやろ…」
明らかにヘコんでいる。
「あかんやん!そのままお金渡したら〜。指で数字を表したり、 電卓借りたり、ペンで数字書いたり、どないでもやろう思ったらできんで」
「そうかぁ…せやなぁ…次から頑張るわ」

第2回「金属屋」
気に入った指輪とブレスレットを見つけ、再び交渉に入る。
「これかい?これなら350バーツだよ」
「うーん、300バーツで!」
「……」
「……」
またしても気まずい空気が流れる。
母は耐え切れなくなって
「320バーツ!」
「NO!350バーツ」
「330バーツ!」
「NO!350バーツ」

最初に母から値を下げてしまった為、足もとを見られてこれ以上下がらない。
「こっちが先に下げたら、買ってくれるって思われるから、 最初にこっちから絶対下げたらあかんで」
「そうか…ケンジ…難しいな…」
母は先ほどよりもヘコんでいる。やはり無理なのだろうか。僕はそんなことを危惧しながら、次の店を目指した。

第3回目「パンツ屋」
「2つで300バーツ」
「うーん2つで200バーツ」
「……」
「……」
「ほんだら、3つで300バーツ!」
(おっ?!)
枚数を増やして、交渉に入り始めた。 さっきよりも余裕な顔つきだ。 しかも電卓をたたきながら、母は笑っている。

「オーケー!3つ欲しいのか?!じゃあ3つで400バーツだ」
「じゃあ、3つで360バーツ」
「OK!じゃあ、3つで360バーツね。ありがとうね」
英語もタイ語も話せないのに、何とか電卓一つで頑張る母。タイに来て初めて、交渉により商品を手に入れた。

第4回「スカーフ屋」
「ジャパニーズ、2つで1300バーツね」
「2つで1000バーツ」
「無理だよ、これは店で一番いい素材なんだよ」
母の選んだショールは、確かにカシミアで質が良さそうな代物だ。

「ダメ、ダメ、2つで1000バーツ」(母)
「じゃあ、2つで1150バーツ!」
母が日本語で「ダメ、ダメ」と言っている姿が面白い。

「ダメ、2つで1000バーツ」
「お客さん、厳しいね、これ以上は無理だよ」
「ダメ、ダメ、2つで1000バーツ」
どうみても、相手は苦しそうだ。さすがに僕でも一度値を下げているだろうが、 英語も聞き取れない母は笑顔で1000バーツを繰り返している。 店長らしき人物が見かねて、OKとしぶしぶ承諾した。

「お母さん、結構粘ったなあ」
「あんたが、先に値段下げたら負けやってさっき言うから、がんばったんやわ」
「そないか…でも、お母さんみたいに笑いながら言われたら、たぶん店員は一番かなんで」
「そうか(笑)」

第5回「小物屋」
小物屋を見ていると言った母を店に置いて、僕は別の店で買い物をしていた。 そして30分ほどして店に戻ると、母は悔しそうな顔をしている。

「ケンジ、あかんわ。この人、全然まけてくれへん…」
「お母さん、ここ百貨店と一緒やから、定額やで…こんなとこでまける人おらへんで」
「そうか…(笑)」

わずか1日で、母は僕よりツワモノに成長していた。

 

買い物に疲れて一休み?!
居心地の良いタイシルク製のベットは祖父へのお土産です



【母と息子】


「ケンジ、バンコクは緑が多いな」
「そうか?」
「日本やったら、ちゃんと水あげな、あんなに花咲かへんで」
たしかにバンコクは大都会なのに、植木や花がよく目立つ。 これが植栽を日々家で育てる母の視点。

「ほんまみんな店先でご飯食べてるなぁ…うちの店で食事中にお客さん来たら、口押さえるのに必死やのに…ええなぁ、堂々と食べれて(笑)」
「ほんまやなぁ、あんま気にせんかったわ…」

初めてのアジア旅行。母は多くのことを観察していた。 露店で「入れ歯」が並んで売っていたこと。屋台で買ったミネラルウォーターが、蒸留水に入れ替わっていたこと。バンコク訪問五回目となる僕にはもう、気がつかなくなってしまったことでも、
母にはどれもが刺激的だったに違いない。

「お母さん、帰ってから、タイ行って何してきた?って聞かれたら何ていう?」
「ほんまや、そういえば何してたやろ??(笑)」
「バイク乗ったやん」
「せやな!バイク乗ったで〜って言うで!
あんなん普通のツアーやったら乗れへんしなぁ」

今回の僕たちの旅行はわずか三日間だった。
しかし、タイ舞踊、タイスキ、マッサージ、いわゆるタイらしいもの、それらは全て、僕たちにはどれもこれも無縁だった。
普通なら50歳も過ぎればツアーに参加して、効率よく観光をするのだが、公共交通機関を乗り回し、花や食品市場、また郊外のローカル屋台を歩き回る。唯一訪れた観光地「王宮」へ向かうのにも、ホテルから徒歩、電車、船と乗り継ぐ。 タイを楽しむのでなく、タイの空気を感じ、タイを味わう。

「バンコク、ほんま熱いなぁ」
「せやなぁ、でもケンジ見てみぃ。他の観光客、誰も汗かいてへんで」   
「ほんまや、不思議やなぁ。。何でやろ、こんな熱いのに…」           ↑母撮影。おじさんが邪魔です^^; 
バンコクのメイン観光地「王宮」の横には、車内の冷房をがんがんつけ、
『〜〜ツアー』と日本語で書かれた観光バスが20台以上も並んでいた。    

「そら、涼しいバス乗って観光地寄って繰り返してたら汗もかかへんわなぁ(笑)。 うちらみたいに、タイが熱かったってイメージもそれほどわかへんねやろなぁ(笑)」
「せやなぁ、ずっと歩きっ放しやったからなぁ」

詐欺に遭いかけ、道に迷い、汗だくになり、目的に地に到着する。 あの旅と同じように時間をかけて、プロセスを楽しむ。

「王宮」の入り口で迷った僕たちは、団体入り口からするっと入る。
「もうけたやん、ただで入れたなあ」
正確に言うと、「入れた」でなく、「入ってしまった」のであるが二人してにんまり。

ホテルで一日動いた距離を測ると、15kmも歩いていた。 2日目は買い物にも歩きまわって、疲れていた僕だったが、
母はさほど疲れを顔にも出さず、けろりとしていた。
トラブルも土産話として楽しむ。 何でも大変だったことのほうが、後から記憶に残り、 思い出として語られる。

今回無理やり連れまわした僕のプランも、母は僕よりも楽しんでいた。 バンコクで僕は、母に旅の楽しみを教えてあげるつもりだったが、もしかしたら僕が旅先で覚えた楽しみ方は、実は母が小さい頃僕に教えてくれたことだったのだろうか。
僕はそんなことを空港のロビーで考えながら、バンコクの町を後にした。

 

明朝に帰宅後、そのまま母は仕事に行った。 仕事から帰ってきても、母の土産話に尽きない。
「お父さん!お父さん!ほんでな……」
「もっと順序立てて話してくれ!」
「もうええわ!言わへんわ!お父さんに言うても、面白くないわ!」
いつものかみ合わない会話がまた始まる。

「ケンジ、これからはどんどん休んで遊びに行くで〜」
これまでは仕事と家庭の両立で、あまり多くの世界を見る機会がなかった母の言葉。僕にとって何よりうれしい言葉だった。

「お父さん、ほんーま楽しかったわ!…なぁケンジ!」
「せやなぁ、次回はT子(妹)がケニアから帰ってきたら、お父さんも一緒にな」
「お母さん、案内するねんで」
「えー、、そんなんまだ無理やわ、、、、、でも、任しといて!」
我が家の食卓では、当分同じ話題が続いていたが、 土産話を楽しそうに話す母を見て、一緒に行ってよかったと
心から思える自分が嬉しくてしょうがなかった。

大学へ入ってから、これまで十分といってよいほどの一人の時間をもらった。 これからは自分の時間を、少しずつこういったことに使っていきたい。

僕はちょっと疲れ気味です(笑)