バンコクからバスで12時間、タイ最北端ミャンマーとの国境の町「メーサーイ」。一日だけならこの町からビザなしでミャンマーへ陸路入国ができる。しかし今年2000年の4月に、ミャンマー軍がタイ側へ突然砲撃を行い民間人2名が死亡するという悲惨な事件があった。ミャンマー側は誤砲だと説明しているが、この事件以来ミャンマー国境周辺は緊迫した状態が続いている。 境界は今も尚閉門しているとのことだが、僕はどのような空気になっているのか確認したく、「メーサーイ」へ向かった。
「メーサーイ」は小さな町だ。丘に展望台とマーケットがあるぐらい。こんな事件が起きたばかりに土産屋の人達はさっぱり売れず商売上がったりだ。イミグレーションではやはり「You
can not go MYAMER」と吐き捨てられてしまった。
この町の近くに「中国人」が多く住む町があると聞いていた。僕はタイ名物トラック、ソウテウで「メーサロン」へ向かった。この町は中国が毛沢東政権の時代、旧国民党が政府に追われてこの町に逃れてきた場所らしい。タイなのに町中、中国語が飛びかっている。この町ではお茶の文化も中国と同じようにありくつろぐ人々は皆お茶を飲んでいる。
さて「ソウテウ」とは民間のトラックタクシーで、ダットサンの後部に椅子や屋根等をつけて改造したもの。人数(6人ぐらい)が集まるまで出発せず、料金を倍払えばその場で出発してくれる。効率がよいといえば効率がよい。ソウテウ乗り場には車が10台近くあり、運転手は賭け事をしたり、裁縫をしたり、テレビを見たりと、タイ人らしくほとんど働かずまったりしている。客の人数を考えれば一日中働かない輩も恐らくいるだろう。何とも効率がいいような悪いような商売だがこれがタイの国民性を表しているのだろう。何もなくのんびりと・・これがタイそのものだ。
この日夕方僕は更に「タートーン」という町まで移動してきた。この町で僕が宿探しの為にぶらぶらしていると、一人の警官が近づき話しかけてきた。
「ようこそようこそ。タートーンへ!どっから来たの?どれぐらいこの町にいるの?」
いきなり警察に歓迎されることは今までなかったので僕は一瞬驚いた。屈託のない笑顔で握手を求めてきたこの町のおまわりさんの名は「ノイ」。彼は早速交番の中を案内してくれこの町の見所と安宿を僕に紹介してくれた。
紹介してくれた見所の一つに「少数民族訪問」というのがあった。
「この町には少数民族が数多く住んでいるんだ。ラフ族、アカ族、ヤオ族と。そして実はカレン族という首長族もここに住んでいるんだよ。」ノイは首に手を回して説明する。
「彼女たちはもともとミャンマー国内の内戦から逃れるためにこの地に2年前にやってきたんだ。
そしてタイ政府は行き場のなくなった彼女達に、 今では国籍を与えて守ってあげているんだよ。 何だったらタクシー呼んで遊びに行ってみるかい?教えてあげるよ。」。
別の町に首長族がいるのは他の旅行者から聞いていた。 しかしここにも住んでいたとは。 僕は嬉しくなって、早速彼に頼むことにした。
「10分後タクシーが来るから・・」 そして言われた場所に行ってみると、そこには「ノイ」が笑顔で待っていた。
「??!!タクシーってあんたかえ?」
どんなタクシーかと思えば彼の自家用車。仕事は途中でおいてきたという感じだ。まあ警察がガイドをしてくれるなら逆に頼もしい。
ここからカレン族の村へ時間にして約30分程だった。「ノイ」はとてもフレンドリーで色んなことを話しかけてくれる。僕は決して英語が堪能ではないのだが、彼に
「ケンジは英語は上手いね」と言われて上機嫌で楽しく会話する事が出来た。彼の話の中でも印象的だったのは「何故このあたりは犬が多いの?」と質問したところ、「アカ族が食料用にするからさ」と言っていたことだ。中国と同じようにタイでも犬を食べるのか。中国の市場で食用用につながれた犬を思いだす。
さてカレン族は本当に奥まった山の中で生活していた。ここに単独で入りこむのは難しかったかもしれない。彼と出会えてラッキーだった。入口には男性が門番をしていて入場料を払う。これは彼らの生活費になる為のもので寄付みたいなものである。
村に入ってからはすぐに彼女達を目にした。気分はもう「ウルルン!」だ。彼女達は援助を受けている事もあってとてもフレンドリーである。僕は子供みたいに単純に嬉しくなって何度も何度も握手を求めていた。
彼らの首に巻いた金属はとても重い。女性は15歳になると「幸せ=lucky」を呼ぶために少しずつ首の輪を増やしていくらしい。
少し日本語の話せる「パダム」さんのお腹はふっくらとしていた。僕は勝手に彼女のお腹を見て、このお腹の子もやがて沢山の輪を首につけ大きく成長していくのだろうかと想像を膨らませていた。
ノイは巡回でこの地へは何度も見回りに来ているらしい。その為彼女達とも世話になっているのだろうか、とても顔見知りで、気兼ねなく写真も取らせてもらった。思わぬ町で思わぬ人と出会い貴重な体験が出来た。旅はそういった偶然の出会いが一番楽しい。
さてその後ホテルに戻り、今日あった出来事を自分の部屋で日記に書いていると、
ドンドン!!
「 ケンジーもう寝たかー?」ノイの声だ。
「飯食っていないんだったら一緒に飲んで歌いに行こうよ!」
僕は食事を既に済ませ寝る直前だったのだが、楽しいイベントに僕が参加しないわけがない。すぐにOKと伝え着替えて表に出た。するとそこには一緒に遊びに行くメンバーが集まっていた。一人はタイ人「ラッキー」ともう一人、あれ??「日本語を話すぞ?!」もう一人は日本人だ。何とノイの妹さんと結婚し3年前からここに住んでいるという50歳過ぎのおじさんだ。すごいメンバーだ。
そしてこれから何処へ行くかと思いきや、何と目の前の「パトカー」でカラオケパブに行くとのこと。
「おー!!タイのパトカーに乗れるとは!!」
「ん?!でも帰りはもちろん飲酒か??ええんかえ!!」
タイ人は昼間寝ているくせに夜になるとごそごそと動き出す。しかも毎日3時、4時と疲れ知らずで遊んでいる。この日も結局3件梯子して帰着は1時前だった。前日夜行バスで着いて朝7時から活動していた僕には少々辛かったが最後まで楽しい一日を過ごす事ができた。

(ノイとパダムさん)