2010/1/17 更新:文末で恒星間飛行に関して再度表現見直し
イオンロケットについて(2005/11/20)
2005/11/20、2005/11/25に日本の小惑星探査衛星「はやぶさ」は小惑星イトカワに着陸
して小惑星のサンプルを採集し、地球に帰還する予定である。
ここでは、はやぶさに採用されている電気推進機関、すなわちイオンロケットについてJAXA
(宇宙航空研究開発機構)の発表のデータで考察してみた。
化学ロケットであろうとイオンロケットであろうと後方に燃焼ガスまたはイオン化し加速した推進剤を
噴射し、その反動で推進力を得るという作用/反作用の原理で推進する点は同じである。
燃焼ガスの元になった燃料やイオン化された推進剤はもともとロケットの質量の一部であり、噴射で
ロケット自体の質量は減少していく。
ここでロケットの運動方程式を考えてみる。ロケットの質量 M として、ごく短い時間に燃焼ガスまたは
推進剤の噴射で失う質量をdMとし、噴射速度は 一定の速度 −VF (噴射方向は推進方向と逆になる
のでマイナス記号)とする。
ロケットの速度 VR は dVR だけ変化したとする。
ロケット自体の運動量の変化量は、ロケットが噴射した燃料の運動量に等しいので運動方程式は
M dVR = dM・(−VF) (1)
dVR =−VF dM/M
先ほど述べたように、ロケットの後方への噴射速度 −VF は一定であるから
VR =−VF ln(M)+C
ここでロケットの初期質量をM0としたときのロケットの速度VR= 0
であるから、C=VF ln(M0)
従って、ロケットの速度とその質量の間には、次の関係がある。
VR =VF ln(M0/M) (ツォルコフスキーの式)
(M0:ロケットの初期質量、M:ロケットの速度VRのときの質量)
ロケットの質量比は次の定義である。
A = M0/M
従って、質量比 A で噴射速度 VF のロケットの速度 VR は次のようになる。
VR =VF ln(A) (2)
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の発表によると
「はやぶさ」の場合は太陽光発電のエネルギーでイオンを発生させ、加速するマイクロ波放電イオン
エンジンであり、のべ作動時間は25800時間の稼動に成功している。(発表1)
また往路のはやぶさのイオンエンジンの加速は1400m/sで消費した推進剤のキセノン(Xe)は22kgである。
また化学ロケット(燃料:ヒドラジン)の燃焼ガスの噴射速度3km/sに対して、イオンロケットでは
キセノンイオンを30km/sで噴射するいうことである。(発表2)
はやぶさは約510kgの衛星であり、先ほどのJAXAの発表ではすでに小惑星イトカワへの往路で22Kg
程度の燃料を使っているとのことなので
従って元の重量に対する質量比 A=510kg/488kg=1.045となる。またイオンの噴射速度を
VF=30000m/sとして、式(2)でイオンロケットの速度を計算すると
VR =VF ln(A) =30000・ln(1.045) = 1321m/s
ツォルコフスキーの式の計算が、さきほどのJAXAの発表した速度1400m/sにほぼ近い値を与える
ことが分かる。
もし化学ロケットで同じ質量比A=1.045となるようにしか燃料が使えない場合は、ロケットの燃料に
ヒドラジンを使い噴射速度が一定で VF=3000m/s としたとき
式(2)から化学ロケットの到達速度は
VR =VF ln(A) =3000・ln(1.045) = 132.1m/s
このように同一質量比の場合の最終到達速度ではイオンロケットのほうが非常に優れている。
次にロケットの噴射時間とその間の移動距離について考察してみる。
ある宇宙空間にロケットが無噴射で静止している慣性系を考える。
噴射を開始した時刻を t=0 とすると、t=0 ではその慣性系に対してロケットはまだ移動していない
ので距離 L=0 とする。
ロケットの噴射速度が一定の場合は、単位時間あたりの燃料の消費量も一定であり、ロケットの
質量も一定の速度で減っていく。ロケットの質量比に対する燃料または推進剤の単位時間あたりの
消費の割合をBとすると、連続した噴射時間 t での質量比 A は次のようになる。
A= 1/(1−Bt)
従って、質量比の逆数を A’とすると
A’=1−Bt (3)
すると dA’/dt = −B であるから、dt = (−1/B)dA’
(2)にA’を適用して積分すると、ロケットの進む距離 L は
L=∫VR dt = −VF∫ln(A’) dt
ここで先に求めたdt = (−1/B)dA’を用いると
L= VF∫ ln(A’)・(−1/B)dA’
= −VF/B ∫ ln(A’) dA’
= VF/B・{A’ln(A’)−A’} +C
ここで質量比の逆数 A’=1 のとき、L=0であるから
L = VF/B・{A’ ln(A’)−A’+1}
(3)から 1/B = t/(1−A’)であるから、ロケットの飛距離は質量比の逆数 A’と連続噴射時間 t 及び
噴射速度VFで次のように表すことができる。
L= VF・ t/(1−A’)・{A’ ln(A’)−A’+1} (4)
ツォルコフスキーの式(2)やここまで導いてきた式(4)を使ってイオンエンジンの実際の能力計算に入る前
に化学ロケットとイオンエンジンの特性について比較しておこう。
化学ロケットの場合はヒドラジンや液体酸素、水素を燃焼させ、その燃焼ガスの反動でロケットを
推進させるもので推力が非常に大きいので地球からの重力を振り切って宇宙空間に数トンのペイ
ロードを投入するときになくてはならない力持ちである。その反面、大量の燃料を消費し、燃焼時間
は短い。
一方、イオンロケットは推力は小さいが、イオン化した推進剤を加速して高速の粒子を噴射する。
このため少ない推進剤で効率の良い加速ができる。またエンジンの稼働時間は非常に大きいので
最終到達速度、到達距離ともイオンエンジンのほうが化学ロケットよりも大きくなる。
人工衛星に必要な7.9km/sの速度を得るにはどのくらいの質量比になるのか化学ロケットで
計算してみる。ヒドラジンよりも噴射速度が大きい液体酸素・液体水素エンジンを用いた場合の
噴射速度はVF=5000m/sであるから
式(2)を用いて
7900=5000*ln(A)
∴A=4.855
つまり、7.9km/sの速度に達した時点での化学ロケットの重量は、質量比Aの逆数であるから、元の
21%になり、79%程度が消費した燃料の重さになる。地球を脱出するには、ロケットの重量のほとんどを
燃料が占めることがわかる。(注:ロケットが高度の位置エネルギーを獲得する分の燃料と大気抵抗に
対抗する分の燃料がさらに必要だがここでは考慮せずに話をしていく)
また化学ロケットは短時間で大量の燃焼ガスを発生させることで、地球の引力を振り切る。
ここで100トンの質量のロケットをモデルに計算してみよう。
地球の引力による力の大きさは=100000kg×9.8m/s2=980000Nである。
これを上回る力をロケットに与えるために必要な毎秒あたりの燃焼ガスの運動量は液体酸素・液体水素
ロケットの場合で燃料の噴射速度を VF=5000m/s としたから、毎秒あたりの燃焼ガスの
質量をXとすると
5000X>980000
X>196kg
従って、このロケットでは重量の79%が燃料であり、79トンの燃料を毎秒196kg以上で消費することになる
ので、燃料は約403秒以下で使い切ってしまうことになる。
一方、イオンロケットは噴射速度 VF は大きいものの、毎秒あたりの燃料でイオン化できる量
は非常に小さいので推力も化学ロケットに比べて非常に小さくなる。
はやぶさの場合、推進剤であるキセノン22kgを「延べ」25800時間で使っているので毎秒あたりのキセノン
(Xe)放出量= 2.36×10−8kg/sである。
ここで稼働時間が「延べ」とは、はやぶさのエンジンは全部で4基あり、そのうちMAXの同時稼動数は
3基である。稼動台数は常に一定ではなく、変わるので「延べ時間」を使うことになる。
推力は毎秒当たりの推進剤の消費質量と噴射速度の積であるから、エンジン1基あたりの平均の推力は
2.36×10−8kg/s×30000m/s=7.1×10−3N
従って、3基同時稼動時は2.1×10−2N (1円玉の2枚分を持ち上げる程度)となり、化学ロケットに
比べて極めて小さい。イオンロケットの推力は小さすぎて、地球の重力圏の脱出には使えないことが
わかる。
一度、地球の重力圏を脱出した後の惑星間飛行ではどうだろうか?
化学ロケットがはやぶさのイオンロケットと同一条件、すなわち同じエンジン稼働時間で同じ質量比になる
ように飛行した場合の化学ロケット(液体酸素・液体水素エンジン)とイオンロケットの飛距離を比べてみる。
化学ロケットの噴射速度VF=5000m/s=18000km/Hr
イオンロケットの噴射速度VF=30000m/s=108000km/Hr
化学ロケット及びイオンロケットともエンジン稼働時間=25800Hr
化学ロケット及びイオンロケットとも質量比の逆数 A’=0.96 (ロケットの質量が元の96%)として、式(4)で
計算すると
【化学ロケットの場合の距離】
L= VF t/(1−A’)・{A’ ln(A’)−A’+1}
= 18000km*25800/(1−0.96)*{(0.96)ln(0.96)−0.96+1}
= 9,414,378km
【イオンロケットの場合の距離】
L= VF t/(1−A’)・{A’ ln(A’)−A’+1}
= 108000km*25800/(1−0.96)*{(0.96)ln(0.96)−0.96+1}
= 56,486,267km
質量比の逆数が同じ、つまり同一の質量比で同一のエンジン稼働時間ならば、イオンロケットの到達距離
は、化学ロケットの6倍になり、噴射速度 VF に比例することがわかる。
(参考)
化学ロケットの条件で質量比は同じだが、エンジン稼働時間を変えて、短時間で一気にフルスピードにして
同一時間の25800Hrを慣性飛行させた場合でも、進む距離は大きくなるものの、イオンロケットにはやはり
及ばない。
式(2)のツォルコフスキーの式から最終到達速度は
V=VF ln(A)=5000*ln(1/0.96)=221m/s=0.221km/s
最終到達速度で25800Hr時間飛行したときの距離は
L=25800Hr*3600s*0.221km/s
=20,526,480km (イオンロケットの飛行距離の約1/3)
これまでのことを纏めてみるとイオンロケットは推力が弱くて極めて非力なので引力を振り切るような力仕事
には全く向いていない。
しかし、一旦化学ロケットの力を借りて地球などの引力に対抗できる速度(第一宇宙速度以上)を獲得した
後であれば、イオンロケットは化学ロケットに比べて比較にならないほど長時間稼動できることと推進剤の噴射
速度が非常に大きいことの2つの特長によって、少ない推進剤で化学ロケットの6倍(対液体酸素・液体水素
ロケット)〜10倍(対ヒドラジンのロケット)という最終到達速度を実現できることが分る。さらに飛行距離の面で
化学ロケットに比べて非常に有利であり、軌道変換能力が大きいことも大きな特徴である
JAXAの発表した軌道アプレットを見ると、はやぶさは往路だけでも 20億(注)キロ以上の旅をしている
ことがわかる。
(注:JAXAの軌道計算アプレットの結果を見ると、はやぶさが辿った軌道は地球軌道2周分より大きく、
火星軌道2周より小さい)
最後にイオンロケットと他の技術の位置づけをまとめてみよう。
1)地球重力圏からの脱出
重力圏を脱出するための化学ロケットエンジンと打ち上げ技術
2)惑星間飛行に必要な軌道変換速度の獲得
・効率よく速度を得るための地球などの天体の重力を利用するスィングバイ技術
・少ない推進剤で大きな軌道変換能力を有するイオンロケット技術
(※)惑星間飛行では太陽の輻射圧を利用したソーラーセールも有効と考えられている。
さて、恒星間飛行についてはどうだろうか?実用化の問題は別の話として光子ロケット、核融合パルス推進
といったものがある。光子ロケットは、当HPの「小惑星探査衛星はやぶさへの太陽輻射圧について」に示した
ように光の圧力は極めて弱いので推力は非常に小さいが最終速度と到達距離は非常に大きくなる。
核融合パルス推進については、実際に米国でオリオン計画というのが検討され、その後中止となったが、この
方式は、船外で核融合を断続的に起こし推進するものである。オリオン計画では核融合パルス推進で光速
の10%程度に達するという見積がされている。(2010/01/17再構成)
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