2008年バレンタイン拍手SS
「テニスの王子様」 観月はじめ
私の雑炊を『男の料理』だと酷評した観月が台所に立っていた。
「ちょっと、いったい何時まで待たせるの?お腹と背中がくっつきそうなんだけど。」
「うるさい人ですね。煮込めば煮込むほど美味しくなるものがあるんですよ。
だいたい何でバレンタインデーに僕がもてなさなきゃならないんですか?逆でしょう、普通。」
「観月が料理にうるさいから。」
「あなたがいい加減過ぎるからですよっ」
グラタンに入れるマカロニが足りなくて、半分うどんを入れた。
あの日、震えるほど怒っていた観月は思い出しても笑える。
「結構、頑張ったんだけどな。」
呟いて、歯型の残ったハートのチョコを手に取った。
かじろうとしてみたが、硬くて歯がたたない。
「ひょっとして僕の前歯を折るのが目的だったんですか?」
「そこまでは考えてなかったんだけどねぇ。」
おかしいな、レンジでチンして型に流せば出来るはずだったのに。
キャンディみたいに、なめて溶かすしかないか。
そこへ観月が煮込んだロールキャベツを鍋ごと持ってきた。
「美味しそう〜」
「人のロールキャベツを食べる前にチョコを食べましたね。いい根性です。」
「硬いから溶かしてあげてるの。」
「ああ、なら・・・」
鍋つかみから抜いた観月の手が伸びてくる。
頭の後ろに体温を感じたと思った時には、目の前が観月で一杯になっていた。
重なる唇に慌てて目を閉じる。
「見た目はともかく、味は良いですよ。」
観月の囁きに一応は文句を言っておかなくては。
人の唇で味見をするなっ。
熱くなる頬を押さえながら。
「テニスの王子様」 跡部景吾
手に持っているのは平凡なナッツチョコ。
だけれど驚くなかれのハンドメイドだ。
友チョコ、義理チョコと名のついた私のチョコには、ひとつだけ本命へのチョコがあった。
見た目は全く同じ、包みも同じ。だけど気持ちが違う。
「ハイ、侑ちゃんと岳人。それと跡部ね。」
「さんきゅう、な。」
チョコなど他に山ほど受け取っているだろうに、嬉々として受け取ってくれる彼ら。
とにかく貰えるものは嬉しいらしい。
その場でラッピングを開くと、手作りだと声をあげる。
なのに跡部だけは眉間に皺を寄せて、マジマジとチョコを見つめていた。
「跡部、ナッツ嫌いだった?」
「いや・・・」
「じゃあ、なに?何かチョコに問題があった?」
「差がないのが問題だ。」
不機嫌を隠しもしない顔で言う跡部に、隣の侑ちゃんが笑いを堪えながら手元を覗き込む。
そして、チラリと私を見て瞳を細めた。
「なに言うてんねん。よう見てみい。跡部のだけ、ナッツが明らかに多いやろ?」
ハッとした私の顔を見て、跡部が侑ちゃんや岳人のチョコと見比べ始めた。
これは、ヤバイ。
「それは偶然でしょう。じゃあ、私はこれで。」
慌てて背を向けたが、後ろから肘を引っ張られる。
恐々と振り向けば、想い人が嫌な笑顔を浮かべて私に言った。
「ちょっと訊きたい事がある。俺様に付き合って貰おうか?」
それは跡部のカノジョになる、十分前の出来事。
「金色のコルダ」 火原和樹
待ち合わせの時間に少し遅れてきた火原先輩。
一目見て、あれ?って思った。
「ゴメンね、遅れちゃって。ちょっと寝坊しちゃってさ。」
そう言って微笑む火原先輩の声は鼻声で、後ろの髪が跳ねている。
手にしたチョコレートの袋をチラチラと見ている瞳は潤んでる気がするし。
「先輩、ひょっとして熱があるんじゃ・・・」
「え?な、ないない!ちょっと風邪気味なだけ、ホ、ホントに、げほっ」
大きな声を出した拍子に咳きこんで、体を折り曲げ苦しそうにしている先輩。
慌てて背中をさすり、僅かに顔をあげた火原先輩の額に手を当てた。
冷えた私の手には温かすぎる額。
「火原先輩」
睨むようにして名前を呼べば、涙目の火原先輩が「ゴメン」と小さく謝った。
「俺、どうしても君のチョコが貰いたかったんだ。」
「そんなの風邪が治ってからでも」
「そうなんだけど。でもね、どうしても今日欲しかった。
特別な日だから・・・どうしても欲しかったんだ。君の気持ちを受け取りたかった。」
そんなコト言われたら怒るに怒れない。
鼻の奥がツンとするのを堪えて、ご希望のバレンタインチョコを先輩に差し出した。
「そうまでして貰ってくれるのは本当に嬉しいです。
でも、私にとっては先輩が元気なのが一番なんです。
無理はしないで下さい。お願いですから・・・」
少しだけ瞳を大きくした火原先輩が次には嬉しそうに細める。
私が好きになったお日様みたいな笑顔を浮かべ、チョコを大事そうに抱えた火原先輩が言ってくれた。
「今度から気をつけます。だから・・・ずっと傍に居てね?」
もちろんです。
頷いたら、いつもより高い体温に抱きしめられた。
「ときメモGS2nd Kiss」 佐伯瑛
「ハイ、あ〜ん」
言った途端にチョップされた。
暴力反対と目で訴えてみたけれど、瑛クンは他所をむいたままで無視。
「結構おいしくできたのに。」
「それと『あ〜ん』は別だ。」
「せっかくだし『あ〜ん』かなと思って。」
「何がどうして『あ〜ん』が出てくるんだよ。意味分かんないし。」
恋人同士ときたら・・・
『あ〜ん。美味しい?』『もぐもぐ。ウン。美味しいよ。』『嬉しい♪』『コイツ〜』
こうなると思うの。
解説してあげたら、まるで犯罪者でも見るような目で見られた。
瑛クンってモテてるわりには女心に疎いよね。
「もういいです。瑛クンが要らないなら、ハリーにあげちゃうもんね。じゃあ。」
「待てっ!」
言うなり素早く手首を掴まれた。
ええっと思う間もなく、トリュフを摘まんだ指に向かってくる形の良い唇。
そのままパクッと不格好なトリュフが瑛クンの口の中に納まっていった。
指先に感じた柔らかな感触に、カッと頬が熱くなる。
横を向いて口を動かしていた瑛クンが「味はまぁまぁ」と言いかけて私の顔を見た。
「な、なんでお前が照れてるんだよ!?」
「だっ、だって」
「俺だって恥ずかしいんだからなっ」
「こ、こんなに恥ずかしいものだとは思わなくて。」
「なら、やらせるなっ」
「ご、ごめん。」
「素直に謝るなよ!調子狂うだろっ」
「そ、そう?でも・・・」
お願い、まずは掴んだ私の手を放して欲しい。
「遥かなる時空の中で3」 源九郎義経
「今度はバレンタインデーですよ。楽しみにしていてね。」
「ばれ・・・なんだ、それは。」
「女のコから意中の殿方に愛の告白をする日ですよ。」
「そ、それもお前の世界の風習か?」
女人からとは、はしたない。
というか、どうしてそう頻繁に変な行事があるのだろう。
言いたい事は山ほどあるが、口で勝てた試しがないので止めた。
まぁ・・・楽しみにしていろと言うぐらいなのだから、愛の告白とやらは俺にしてくれるのだろう。
それはそれで悪くないと思った。が、失念していた。
その、なんとかという日が何どきなのか俺は聞きそびれてしまっていた。
如月の寒い夜、人の気配に目が覚めた。
物音を立てずに剣を取り、息を殺してを様子を窺う。
賊か?
スッと音もなく開く障子に剣を抜いた途端、覗いたのは大きな瞳。
慌てて剣を納めたが、相手の視線は鋭い。
「今、私を切ろうとしましたね。」
「な・・何をしている!どうやって屋敷に忍び込んだ?」
「笑顔の優しい薬師様にお願いしました。」
「・・・弁慶め。で、こんな夜更けに何をしにきたんだ。」
「夜這いを。」
「よっ、夜這い?」
とても女人が口にする言葉とは思えず、こちらが赤面する。
なのに相手は余裕綽綽の笑顔で何かを差し出してきた。
「嘘ですよ。ほら、バレンタインデーです。私の手作り饅頭ですよ。」
「こんな夜更けに饅頭を届ける日だったのか?」
「本当は饅頭より色気のあるものが送りたかったんですけど、この時代にはないんです。
とにかく愛を『これでもか』って餡子と一緒に詰めときました。」
「そ、そうか」
もう一つ。そう言って、白い手が伸びてきた。
幼子のように首に抱きついてきたと思ったら、好きですと耳元に囁きが落ちる。
言うだけ言うと、目も合わさずに「では、お邪魔しました」と身を引こうとする愛しい君。
咄嗟に逃げる体を引き寄せて、胸に強く抱いた。
このまま、お前を帰すわけがない。
溢れる愛しさをその身に受けてからでないと帰れない。
そう・・・覚悟するがいい。
拍手SSTOPへ戻る