2008年ホワイトデー 拍手SS











     「テニスの王子様」 跡部景吾





珍しいこともあるものだ。
跡部が生徒会室のソファーで横になったいた。
長い足を軽く組んで寝ている姿は、うたた寝しているのに格好いい。
跡部ファンの女子に見つかったならば、写メールされるのは確実だ。
ファイルを小脇に抱え、そっと近付き顔を覗き込む。


うーん、長い睫毛。
ジロー君の睫毛はお人形さんみたいに長くて巻いているけど、跡部は真っ直ぐで長い。
白い頬に落ちる睫毛の影は美しく、すっと伸びた鼻筋は日本人離れしている。



「憎たらしいほど美形よね。」



小さく呟いて額の髪を指先でどけた。
触れれば起きるかと思ったのに、余程疲れているのかピクともしない。



「きっと夜遊びのしすぎだ。」



本当は違う。昨夜も日付が変わるまで私と電話していたのだから。
それでもモテる人だから心配の種は尽きなくて、ついつい捻くれたことを言ってしまう。



「会長さん、起きないと悪戯されますよ?」



一応は言ってみたけれど、聞こえてくるのは穏やかな寝息だけ。


暫し、綺麗な寝顔を眺めてみた。
閉じた瞳の奥には強い光りがある。
どうして彼が私なんかをその瞳に映そうと望むのか、いまだに理由が分からない。
確かなことは、ただ一つ。



「・・・好き」



囁いて、額に触れるか触れないぐらいのキスをした。
途端に自分のしたことが恥ずかしくなり、慌てて跡部から離れるとファイルをデスクに置いて逃げる。
ドアノブに手をかけた時、後ろから笑いを含んだ声が聞こえてきた。



「なにも逃げることはないだろう?」



ギョッとして振り向けば、身を起こした跡部が笑いを堪えながら目を細めていた。
鼓動が跳ねる。これは、ひょっとして・・・



「い、いつから起きてた?」
「そんなの、」


「いっ、いい。もう何も言わないで!それ、読んどいてね。それじゃあ、サヨウナラッ」



一気に捲くし立てて生徒会室を飛び出した。
ドアの向こうの笑い声が廊下にまで漏れ聞こえきて、顔が赤くなるのを止められない。


ああ、最悪だ。
それはそれは楽しげに私をからかうだろう跡部を思い浮かべ、
今夜は携帯を切っておこうと心に決めた私だった。















     金色のコルダ 土浦梁太郎





「ほらよ、ホワイトデーだ。」



練習室で差し出されたのは白いウサギだった。
赤い目をした柔らかなウサギは色とりどりのキャンディーが入ったカゴを抱いている。
私は不自然に目を逸らしている土浦クンを見て、ウサギを見て、また土浦クンを見る。
口を開こうとしたら、それを察した土浦クンが先を越す。



「何も言うな。言いたい事は分かってる。」
「いや・・でも、」


「どこで選んだとか、どうやって買ったんだとかの質問は一切ナシだ。
 とにかくそれは人目につかないよう、十分に気をつけて持って帰れよ。」



みょうに早口で捲くし立てる土浦クンは絶対に私の目を見ない。
照れているんだと思えば、余計に可笑しくなった。
漏れそうになる笑いを堪えていたら、コツンと頭に軽いゲンコツが落ちてくる。



「笑うな。いらないなら返せっ」
「いるいる、いりますって。」



ただね、想像すると可笑しくて。
これを選んでる土浦クンの姿とか、レジにウサギを差し出してる姿とか。
駄目だ・・・やっぱり笑える。



でもね、すごく嬉しいよ。



「ありがとう。これを選んだ土浦クンの勇気も一緒にイタダキマス。」



土浦クンは少しだけ耳を赤くして、もう二度とゴメンだと頭を抱えた。



『あ〜、このウサギちゃんカワイイ。』
『そうか?』


『私ね、ウサギが好きなの。結構、集めてるのよ。』



あれは先月のこと。
ふたりで出かけた先で交わした、なんでもない会話だった。


好きだとか言葉にしてくれるわけじゃないけれど、
こうやって私に向けてくれる優しさが気持ちを伝えてくれる。


だから私は安心していられるの。















     テニスの王子様 乾貞治





三月十四日。
俗に言うホワイトデーとやらに、乾は言った。



「あれ、今日はホワイトデーか。
 何か忘れてる気がしたてたんだけど、何かいるかい?」



なんですって!
二週間ぶりのデートは、ホワイトデーだからじゃなかったの?


唖然とする私に、隣の男は飄々として首をかしげる。



「ホワイトデーって、何を返せばよかったっけ?」



この男を殴り飛ばして帰ってもいいだろうか。
恋人同士となって初めてのホワイトデーが、これだ。


そんなんだからモテなかったんだよ、乾っ!



「一流ホテルのディナーに、一泊ウン十万円のスイートの部屋じゃない?」



自棄になってトゲトゲしく答えたら、乾が「そうなんだ」と頷いた。
そして大通りの真ん中で考える素振りをすると、駅の方を指差して笑った。



「とりあえず、一番近場のホテルに当たってみよう。」
「ええっ」


「スイートが予約なしで泊まれるか分からないけど、とにかく訊いてみないと。」
「ま、待って」


「なに?」
「なにって、なにを考えてるのよ。そんなの冗談に決まってるじゃない。」


「遠慮しなくていいいのに。」
「遠慮じゃなくて」


「あ、そうだ。なら、絶対に空いてるスイートに招待するよ。」



メガネのフレームを光らせて、にっこりと微笑んだ乾。



その夜、私は乾の家にお持ち帰りされてしまった。















     ときメモGS 姫条まどか





ホワイトデーは特別な日やろ?


ホワイトチョコをあしらったケーキとシルバーリングを手に、いそいそと出かけた恋人の部屋は・・・修羅場やった。



「なんで家にまで持って帰って仕事なんや?」


「まどかが来るって言うから、わざわざ退社してきたんでしょう?
 ちょっと気が散るから黙ってて、もう少しだから。」



それは帰ってきただけでも、ありがたく思えということか?
恋人との甘い夜を夢見てきた男には感謝の気持ちなんか湧いてくるはずもない。


ブツブツと文句を言いつつ、夕飯も食べてなさそうな彼女に買ってきたケーキを出してやる。
限定ケーキやのに、夕飯代わりになるとは泣けるやろ。


腹立ちついでや。
ケーキの上にプレゼントのシルバーリングもトッピングしてやる。



「ほら、腹が空いてるんやろ?これ、ホワイトデーのケーキや。」



コーヒーまで淹れて執事よろしく差し出せば、
パソコンのディスプレーから目を離した恋人が、今夜はじめて俺と目を合わせた。


俺はフォークにシルバーリングとホワイトチョコをのせて待機中。


はい、あーん。と微笑んでやれば、
恋人は目を丸くしてから小さく溜息をついた。



「ゴメン、まどか。それと、ありがとう。」



苦笑いを浮かべた彼女が瞳を閉じて、俺の唇に軽くキスした。
離れていく唇が名残惜しくて、素早く体を捕まえて深く口づける。


片手にはフォークが握られたまま。
きっと後で怒られることを覚悟して、今はとにかくホワイトデーキスや。















     遥かなる時空の中で3 源九郎義経





「九郎さん、ホワイトデーですよ。ホワイトデー。」
「今度は何だ?」



もう驚く気力もなく訊ねてみた。



「殿方がバレンタインデーのお返しをする日です。」
「俺は饅頭など作れないぞ。」


「九郎さんの手作り饅頭なんか期待してません。
 付け加えるなら、ホワイトデーはバレンタインデーの三倍返しが基本です。」


「三倍返しだと?それはどういう了見で・・・」
「決まりです。愛情の深さを表すと三倍ぐらいになるんですよ。」


「饅頭を三倍にして返すのか?食いきれないだろうに。」



違うっ、と鬼のような顔をして説教された。
もっと良いものを寄こせと暗に諭されて閉口する。


何故こうも贈り物ばかり要求されるのだろうか。
惚れた弱みというか・・・結局は応えてしまう自分も情けないが。
またしても日を指定され、何を贈ろうかと頭を悩ませる。


三倍返し、三倍返し・・・と悩んでいたら、弁慶に笑われた。



「何でもいいじゃありませんか、九郎があげたいと思うものをあげれば。
 物ではなく、そうやっと考えてくれる九郎の気持ちが欲しいのだと思いますよ。」



確かに、こんなことでもなければ俺は女人より為すべき仕事を優先させてしまう。
それは男として当然だとは思うが、いまだ妻として迎え入れてやってもいない状態では不安にもなるだろう。


この世界に残ってくれた人を愛しいと思う。
贈り物で己の胸にある想いを伝えられるのなら、安いものかもしれない。



深夜の梶原邸に景時の許可を得て忍び込んだ。
そっと部屋に入れば、几帳の向こうに剣を構えた恋人がいる。



「物騒な奴だな。」
「な、なんですか?来るなら来ると文の一つでも送ってきてくださいよ。
 間違って切っちゃったらどうするんですか?危ない、危ない。」


「お前だって文など出さずに俺の寝所へ忍び込んできたくせに。お互い様だ。」



単衣の姿から視線を逸らしつつ、懐に手を入れて贈り物を取り出した。



「ほら、干した杏だ。」



紙に包んだ干し杏を差し出せば、剣をおさめた恋人は可笑しそうに肩をすくめた。
なんか九郎さんらしいと笑い、嬉しそうに干し杏をつまむ姿が幼子の様で可愛いらしい。
忍び込んできた人間を剣で迎え討とうとするような女だが、自分には愛らしく見えるのだから重症だ。



「これだけでは三倍返しにならないだろう?」
「もういいですよ。忙しいの知ってたから諦めてたのに、こうやって来てくれたし。」


「いや、それでは俺の気が済まん。だから・・・」



そっと月明かりに浮かぶ白い手を取った。
恭しく唇を寄せれば、目の前の顔が夜目にも赤くなるのが分かる。



「今宵は俺の体で三倍返しをする。」



囁いた途端に『えっち』と意味の分からない言葉を浴びせられたのだが気にしない。
文句を言いながらも、俺の腕の中へと囲われてくれるのだから。




















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