2008年春 拍手SS









     「金色のコルダ」 柚木梓馬





桜の花が舞う。
柚木先輩の肩に、ひとつ、ふたつと桜の花びらが落ちる。
白くて長い指が私の髪をすくい、感触を楽しむように零していく。
思わず私が手を伸ばせば、柚木先輩は迷わず受け止めてくれた。
お互いの指と指をからめて額を合わせる。



「笑ってくれるだろう?俺はお前の笑顔が好きなんだ。」



柚木先輩が望むなら笑顔など、いくらでも。
私が微笑めば、柚木先輩は眩しそうに瞳を細める。


諦めないと言った。
今は別々の道を歩むことになっても、いつか同じになればいい。



「桜が開いた日に此処で会おう。来年も、再来年も。そう、七夕の恋人たちのように。」



ひらひらと花弁が風に遊ばれている。


もう来年の桜が待ち遠しい。
そう呟けば、柚木先輩に壊れそうなほど強く抱きしめられた。


春は美しく儚い。
それでも、この季節を私は待ち続ける。















     「テニスの王子様」 大石秀一郎





君が笑うと、俺の心に花が咲く。
可愛らしくて、温かくて、愛しくて。
俺は君を見ているだけで幸せな気持ちになる。


不格好なパウンドケーキも、編み目のとんだマフラーも、不器用な君が一生懸命に作ったもの。
自分は彼に相応しくないと、時々は自信をなくして泣くのも健気で愛しい。



「ねぇ、大石君。本当に私でいいのかな?」



君が俺に訊くのは何度目だろう。
そのたびに俺は自信を持って答えるんだ。



「自信を持っていいよ。ああ見えて、手塚は君が大好きなんだから。」



そこへ手塚が現れて、君は笑顔という大輪の花を咲かせた。


君は知らないだろう。
手塚は君にだけ柔らかな笑顔を見せるんだ。
甘いものが苦手でも、君の作ったものだけは絶対に食べる。
編み目のとんだマフラーだって、朝に夕にしっかりと巻いているんだ。


ふたりが微笑みあう。
俺は机に頬杖をついて、幸せな恋人たちを眺める。
不二が見たなら溜息をつくんだろうけど、俺はいいんだ。



だって俺は君の笑顔が好き。



俺に向けられる笑顔じゃなくても、君が好きなんだ。















     「ときメモGS2」 佐伯瑛





瑛クンは忙しい。


大学の勉強と並行してバリスタになるための勉強もしている。
経験を積むためにと始めた老舗喫茶店でのバイトは学業より優先されている。
夢は諦めていない瑛クンだ。


当然のごとく私との時間は後まわし。
それでも空いた時間に『会おう』とメールをくれる気持ちは嬉しい。
でもね、海に向かって気持ちよさそうに伸びをする横顔を見て思う。



キスしたのは、いつだったっけ?



なんだか酷く遠い日のような気がして溜息が出る。
手も繋いでないなぁ。というか、こうやって会うのも五日ぶり。


私を見て欲しい、触れて欲しいと思うのは我儘だろうか。
こんなに一生懸命夢を追いかけてる人に、私のことまで求めるのは酷な気もする。


だから言えない。


チラッと瑛クンが腕時計を見た。
それはさっきから何度も繰り返されている仕草。


この後もバイトがあると言っていた。
早めに行ってマスターに色々と教えて貰うんだと嬉しそうに語る瞳は輝いていた。


分かっていても、ちょっぴり寂しい。


また瑛クンが腕時計に触れた。
視線が落ちる瞬間、私は堪らず瑛クンの時計を手のひらで覆ってしまった。


時計を見ないでと言いたくて、でも言えなくて。
咄嗟にしてしまった行動の言い訳もできずに俯いていたら、ポンと大きな手で優しく頭を撫でられた。



「ゴメンな?」



少しだけ困った顔をして、それでも微笑んだ瑛クンが私を覗き込むようにして視線を合わせてくる。
自分の行動が恥ずかしくて視線を逸らせば、素直じゃないのと笑いを含んだ瑛クンの声。



「まっ、そういうところがいいんだけど。」



そう呟いて、自分の手首にある時計を外すと私の手に握らせた。
瑛クンの時間が私の手に戻ってきた。
つい喜んでしまったら、瞳を細めた瑛クンの顔が近付いてくる。



「お前は、もっと我儘でもいいんだ。可愛いから、許す。」



欲しかった囁きに、私は思いっきり瑛クンに抱きついた。















     「遥かなる時空の中で3」 源九郎義経





平家との和議が成り、大きな争い事はなくなったとはいえ、世の中はいまだ不安定だ。
敵として斬り合ってきた相手と直ぐに仲良くなるのは無理だと思う。
俺だって平家の大将だった知盛に対し、心から打ち解けるなど到底無理だ。


だからいつも何処かで小競り合いは続いていた。
弁慶も俺の身の回りの心配をして、うるさいほど気をつけろと言っていた。
俺だって兄上や自分の周囲には気を配ってきたつもりだ。


なのに抜け落ちていた、一番大切な人。


源氏の戦神子を葬り去れ。
そんな考えが平家の中に燻っていても当然だったのに。



「九郎、落ち着いてください。」


「落ち着いていられるわけがないだろう?」
「神子殿の命に別条はないと将臣殿が・・」


「将臣の元へ行く。あいつの顔を見ないことには、どうにかなりそうなんだ!」



将臣と共にいるところを矢を射られたのだと聞いた。
反逆者は直ぐに取り押さえられ、将臣からは平家の名のもとに謝罪の文も届いていた。
ここで俺が平家の屋敷に乗り込んでいけば事が大きくなると分かっている。
分かっていても、無事な姿をこの目で見るまでは信じられない。


弁慶は俺の腕を掴み、せめて日が暮れるまで待てという。
その間に何かあったらと、俺は気が狂いそうだった。


日が落ちて直ぐに、弁慶だけを供にして屋敷を抜け出した。
鎌倉殿に見つかったら御叱りだけでは済みませんよと、弁慶に小言を言われても足は止めない。
忍んで訪れた邸では、門番ではなく渋面の将臣が出迎えてくれた。



「将臣、お前がついていながら・・・」
「悪りぃ。木に登ろうとしているやんちゃな姫君を抱えあげてたもんだから、反応が遅れちまって。」


「なんだと?」
「お前に一番綺麗な桜の枝を届けるんだと言ってな。」



あの、馬鹿。
口では言ったが、胸の内に湧いてくる愛しさは抑えられるものじゃない。
将臣を急かし、怪我人が寝ている場所へと案内してもらった。


そっと入った部屋の中、俺に散々な心配をかけた本人は穏やかな寝息を立てていた。
頭もとには見事な桜が一枝置かれてある。



「肩を掠めただけだったし、擦り傷程度だよ。明日には帰すさ。」
「いや、今宵のうちに連れて帰りたい。」


「おい、九郎。コイツ、爆睡中だぜ?」



将臣が止めるが、俺は頭を振った。



「俺の元に連れて帰る。どうしても連れて帰りたいんだ。」



肩をすくめる将臣と溜息をつく弁慶には悪いと思うが譲れない。


寝ている枕もとに膝まづき、そっと桜色の頬に触れた。
指先に伝わる温もりに、やっと心から体の力が抜ける。


生きた心地がしなかった。
この温もりを失ったなら、俺は息さえできないだろう。



「おい、迎えに来た。帰るぞ。」



耳元で告げれば、愛しい桜の姫君が僅かに身じろぎする。
さぁ早く映してくれ、その焦がれるほど美しい瞳に俺を。















     「テニスの王子様」 跡部景吾





「はい、これ。跡部に頼まれてた報告書。それじゃあ。」
「ちょっと待て。」



呼ばれて足を止める。
跡部は手渡した報告書から視線を上げると真顔で言った。



「お前、俺が好きだろう?」



私は溜息をつき、お疲れさまと生徒会室を出た。


放課後も運悪く玄関で跡部に会った。
あの報告書なんだが・・・と声をかけられて、仕方なく応じる。
鞄から出してきた紙には付箋と書き込んだ文字が並んでいて、うんざりした。



「いつまでに直せばいいの?」
「明日の朝にくれ。」


「了解。」
「おい、お前・・・」


「俺が好きだろうと訊いたら怒るから。毎日、毎日、しつこい。」
「仕方ないだろう?お前が素直に言わないのが悪い。何度も言う俺の身にもなれ。」



知るかっ



段々と腹が立ってきた。
私は知っているんだからね。忍足君たちと賭けをしたでしょう?
素直じゃない私に『好きだ』と言わせるってね。
それもタコ焼き食べ放題とか部室の鍵閉めとか、つまんない賭けに私を利用してるなんて許せない。



「口が裂けても言いません。だって、跡部なんか好きじゃないもの。」
「はぁ?お前は俺の女だろう?」


「跡部の女じゃありません。私は私のものです。」
「へりくつ言ってんじゃねぇぞ。お前、腕ん中にいる時と普段が違いすぎだろ?」


「な、なに言い出すのよ、馬鹿!」
「馬鹿はお前だ。てめぇは素直に俺様の事が好きだと頬でも染めて言えばいいんだよ。」


「絶対、ヤダ!跡部なんか嫌い、大嫌い!」
「てめぇ、来い!とことん言い聞かせてやる。」



言うなり腕を掴まれて引きずられる。
遠くに向日君の姿が見えて助けを求めたけど、笑顔でバイバイと手を振られてしまった。



そして数十分後。


散々な目に遭った私は力なく忍足君の前に立つことになる。
跡部は私の手をがっしり握ったまま、自信満々で言った。



「コイツは俺のことが大好きだとよ。」



忍足君は気の毒そうに私を見ると呟いた。



「お前も難儀な男を好きになってしもうたなぁ」と。



お願い。分かってるなら賭けなんてしないでください。




















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