2008年初夏 拍手SS
「金色のコルダ」 土浦梁太郎
簡単なことだ、思い切って言えばいい。
三つの文字を繋げればいいだけ。
それでコイツは多分だが俺のものになる。
「なに、話って?」
「笑わないで聞いてくれ。」
「ええ?内容によっては笑っちゃうかも。」
くそ。お前には男心ってものが分からないのか?
この超鈍感女めっ
「いや、絶対に笑うな。笑ったら許さないからな。」
「それって怖いんですけど。どうしよう、気合いを入れなきゃ。ちょっと待ってね、深呼吸しとくから。」
目の前でラジオ体操よろしく深呼吸を始めた姿に気持が萎えそうになる。
だが『準備はできたよ』と微笑んで、無邪気に俺を見上げる瞳を見たら気持ちが固まった。
「言うぞ。」
「うん。いいよ。」
この鈍感女にはストレートに言うしか通じないだろう。
何の予感も感じられないお前に爆弾を落としてやる。
「好きだ。俺の傍にいてくれ。」
落ちそうなほど瞳を見開いたお前が無意識に唇を押さえる。
息もしてないような姿に俺まで緊張してきた。
「で、返事は?」
思わず急かしちまう。
鼓動が百メートル走並みになってきた。
はやく止めてくれないと酸欠になっちまうぞ。
とにかく、さっさっと『イエス』と言ってくれ。
「遥かなる時空の中で」 源九郎義経
「今、なんと言った?」
自分の顔が険しくなるのを感じながら、もう一度と確認をした。
「頼朝様は神子殿を平家に嫁がせようと考えていると言ったんです。」
「何故だ、誰に?!」
「和議を確固たるものにするためでしょう。
源氏の戦神子が平家に嫁ぐというのは、内外に大きな示しとなるでしょう。
それでいて神子殿は頼朝様にとって血縁でも何でもないぶん、人質としての価値はありません。」
「つまりは後々に殺されようが何されようが関係ないということか!」
弁慶は小さく頷いて溜息をついた。
兄上が俺とアイツの仲を知らぬわけがない。
何度も娶りたいと願いを申し上げ、もう少し待てと言われ続けていたのだ。
「頼朝様は還内府殿・・・つまりは将臣殿に嫁がせたいとお考えのようです。」
俺は言葉を失くした。
あの二人の間にある強い絆を知っている。
自分とは別の意味で強く切れない絆だ。
「アイツは・・・どうするんだ?」
「神子殿は九郎に任せると仰ったそうです。」
「なに?」
「九郎に決めてくれということです。
神子殿は試しているのですよ。自分と鎌倉殿、どちらを取るのかと。」
いや、違う。
アイツは俺を試したりはしない。
いつかお前に言われたことを思い出す。
『残るのは私の意志、私が九郎さんの傍にいたいから残るの。
でもね、もしも私の存在が九郎さんの足枷になる日が来たなら・・・』
後に続く言葉はなかった。
俺が目の前の体をかき抱き、最後まで言わせなかったからだ。
問われている。
傍にいていいのかと、愛しい人が問うている。
答えなど一つしかないのに、直ぐに答えられない自分が歯がゆい。
剣を握るのは大切なものを守るため。
その剣を握る手で抱きしめてきたのに、俺はお前を守りきれるのだろうか。
俺の呟きを菖蒲の花だけが聞いていた。
「テニスの王子様」 跡部景吾
「好きか?」と訊けば「嫌い」と答える。
「楽しいか?」と訊けば「全然」と言う。
唇を寄せれば平手をくらわそうとするし、抱きしめれば全力で暴れる。
人を平気で指差して、それは憎らしい顔をして俺を非難するのが趣味のような奴。
なのに、だ。
「嫌いだ」と言えば、泣きそうな目で俺を見る。
「つまらない」と言えば、辛そうに瞳を伏せる。
背を向ければ後ろから肘のあたりを摘まんでくるし、無視をすれば涙を零す。
人の心が沈んだ時は、当たり前のように傍にいて俺の背中を抱きしめてくるような奴。
「ああ、それ。完全に跡部の負けやな。」
減らず口の忍足に言われて腹も立つが、その通りだと自覚済み。
今日も素直じゃない恋人を相手に苦戦した。
抵抗する体は腕の中で拘束し、文句ばかりの口は唇で塞ぐ。
待つこと三分。
おずおずと小さな温もりが背にまわる頃には、誰より可愛い恋人になっている。
これが俺にはタマラナイ。
そんなことを言ったなら、また忍足に変な目で見られた。
「テニスの王子様」 観月はじめ
「あなた、馬鹿ですねぇ。」
観月は覚えてないかもしれないけれど、初対面の第一声がコレだった。
それから後も事あるごとに同じセリフを言われ続けている。
ある時は呆れたように、またある時は怒ったように、時には意地悪なからかいも混じって。
そして、また今日も同じことを言われた。
「あなた、馬鹿ですねぇ。そういうことは早く言いなさい。」
だけど今までの観月と違う。
呆れも、怒りも、からかいもない。
「いつから僕の事が好きになってたんですか?」
抱き寄せられた腕の中、観月が嬉しそうに訊いてきた。
そんな恥ずかしい事を言わせるのなら、観月の方から聞かせて欲しい。
「観月は?いつから私のこと・・・」
ああ、と観月が笑う。
「そんなの初めて会った日からですよ。
気付かないなんて。あなた、やっぱり馬鹿ですよ。」
まぁ、馬鹿は嫌いじゃありませんけどね。
人の前髪に鼻先を埋めた観月の甘い囁きに言葉を失った私。
観月になら馬鹿と呼ばれてもいい。
そう思ったことは内緒だ。
「ときメモGS」 氷室零一
「せ、先生!キ、キスしましょう!」
彼女が突拍子もないことを口走るのは今に始まったことではないが驚いた。
だがここは冷静に。何故こんなことを言い出しのか訊いておかなくては。
「突然どうしたんだ?」
「だ、だって。先生、何もしないでしょう?
キスはおろか・・・手を繋いだのはフォークダンスの時だけ。
こんなのお付き合いしてるって言えるんですか?
友達はカレシともっと色々・・・その・・・」
何を聞いてきたのか頬を赤らめて口ごもる君。
まったく今時の大学生はどんな男女交際をしているんだと怒りが湧いてくる。
私の我慢を教えてやりたいぐらいだ。
「・・・ひょっとして私に女としての魅力がないとか?」
泣きそうな瞳で下から見つめられ、鼓動が跳ねる。
無自覚に誘っている君を前に、耐える私の気持ちを察してほしい。
大事だから迂闊に触れられない。
愛しいから傷つけたくない。
一度触れてしまったら、きっと際限なく奪いつくす。
その自覚があるからこそ鉄壁の理性を保っているのに。
思わず溜息を零せば、意味を取り違えた君が怯えたように瞳を伏せる。
可愛い君に悲しい思いをさせたいわけじゃない。
とてもとても愛しているから。
「手を出しなさい。」
「手?」
きょとんとする君の手を取り、自分の手と重ねる。
温かい小さな手に自然と笑みが浮かぶ。
その手の甲に恭しく唇を寄せた。
唖然としている君の顔。
「手も繋いだし、キスもした。」
「そ、そんなんじゃなくて」
顔を真っ赤にして反論する君に、もう一言。
「そのうち嫌になるくらい愛してやろう。それまで、おとなしく待っていなさい。」
首筋まで赤くなった君が頷く。
そうは言ったが、私の忍耐も限界が近い気がする今日この頃だ。
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