2008年真夏 拍手SS
「金色のコルダ」 柚木梓馬
何もない小さな部屋で目が覚めた。
昨夜まで腕の中にあった温もりはないけれど
さっきまで君が寝ていただろう空間が、俺に夢ではないことを教えてくれる。
安っぽい引き戸の向こうからコトコトと規則正しい音が聞こえてきた。
たいして得意でもない料理に挑戦しているのだろうか。
少し覚悟が必要だが、それはそれで楽しみだ。
毛布を肩まで引き上げて、穏やかなまどろみを楽しむように目を閉じた。
家という鎖から解き放たれた俺が得たみすぼらしい部屋。
そこには俺に与えられた唯一の幸福がある。
暫くすると遠慮がちに近づいてくる気配がした。
「先輩、朝ですよ?」
今も俺を先輩と呼ぶお前が可愛いよ。
俺は眠たげな目を擦り、迷いなくお前にと手を伸ばす。
「おいで・・」
今日から俺たちの輝かしい一日が始まる。
「テニスの王子様」 赤澤吉朗
「俺は観月を好きなアイツが好きになったんだ。
お前のために笑ったり、泣いたり。
一生懸命に観月を想って頑張ってるアイツが好きだった」
だったんだと、最後まで言わせてもらえずに俺の背中は激痛に軋んだ。
襟元を掴まれて壁に押し付けられたと気づいたのは、燃えるような目の観月が酷く近かったから。
「じゃあ、彼女の気持ちはどうなるんですか?
赤澤を好きになってしまった彼女は、もう要らないとでも言うんですか?ふざけるな!」
言葉と同時に殴られた。
観月との長い付き合いの中、人を罵ることはあっても手をあげる姿は見たことがなかった。
整った観月の顔が、殴られた俺よりも痛そうに歪んでいる。
燃えるような頬の痛みと口の中に広がる血の味を噛みしめて、俺は観月の名前を呼ぶ。
「観月」
そんな泣きそうな顔をするなよ。
俺は・・・お前にそんな顔をさせたくなかった。
お前が大事だから。
俺の中にある恋心は絶対に存在してはならなかったんだ。
「俺は欲張りだから、誰も失いたくないんだよ」
「何を言ってるんですか?逃げれば全てを失うんですよ、あなたは!」
突き飛ばすようにして観月が俺の胸元から手を放す。
反動で再び背中を打ち付けた俺が呻けば、観月が辛そうに眉を寄せた。
だけど観月は言うんだ。
俺を急き立てるように、強く。
「行きなさい、赤澤。僕を失いたくないと思ってくれるなら、行ってくれ。
あなたが行けば、僕たちは誰も失わないで済むんですよ?」
お前は許す。いつも、何もかも。
だから俺は自分が許せなくて。なのに・・・
「観月、すまない」
最後に観月が微笑んだ気がした。
走り出した俺に見えたのは一瞬だったが、確かに。
結局、この恋は捨てられなかった。
「遥かなる時空の中で3」 源九郎義経
和議を強固にする為、神子の平家輿入れが決まった。
部屋に入れば、美しい衣を身にまとったアイツが静かに座って待っていた。
朔殿が結ったという髪には涼しげな青い花が挿してある。
庭から吹く夏の風に、御簾が音もなく揺れた。
俺が前に座ると同時にアイツが手をついて頭を下げた。
「これまでお世話になりました」
ハッとする俺の目の前で、青い花が咲いている。
よくよく見れば、いつか俺が贈った櫛は艶やかな髪から消えていた。
ゆっくりと面を上げたアイツは、桜色の唇を僅かにあげて笑う。
「このブラコン」
「ぶら・・・、なんだそれは?」
「分からなくていいです。さぁ、早く御帰りなさいませ
私のもとへ来るのはお兄様に止められているのでしょう?見つかると叱られますよ」
「待て、話を」
立ち上がろうとする姿に思わず手を伸ばしたが、それは空を掴んだ。
「何も言わないで」
華やかな彩りの袖が振れ、そっと伸びてきた白い指が俺の唇に触れる。
そして柔らかな花の香りと共に、愛しい温もりが唇に重なった。
それは、うたかたのよう。
俺の前にいたはずの君は、もういない。
「テニスの王子様」 跡部景吾
跡部景吾という男は面倒な奴だ。
「もしもし?」
『てめぇ、どこ行ってやがったんだ?七回もコールしたぞ』
いちいち数えてたのかと呆れる。
そこから目に見えない私の行動を根ほり葉ほりと訊いてくるのが鬱陶しい。
会えば、会ったで
「オラ、手ぇ出せよ。繋いでやる」
「暑いから、ヤダ」
頼んでもないのに『繋いでやる』と言い切る口調も腹立たしいが、断ると本気で不機嫌になるのが始末に悪い。
結局は強引に人の腕をとり、力づくで指を絡めてくるから喧嘩になる。
二人きりになると直ぐに背中から手が伸びてくるから油断できない。
時と場所をわきまえない男は、隙を見せると直ぐに腰や肩に腕を回してくるのだ。
それも赤面モノのセリフがオプションでついてくる。
「好きだ」
「な、なに言って」
「お前・・・耳元で囁かれるの好きだよな」
「す、好きじゃない!苦手だから、やめてって前から」
「だから背中から抱くのが好きなんだぜ」
無駄に甘い声で、子犬のごとく鼻先を髪に埋めてくる仕草が恥ずかしいったらない。
やめて、ヤダ、嫌い、離して
思いつく限りの言葉を並べても、跡部景吾は堪えない。
「ハイハイ。んな真っ赤になって言われても、誘われてるとしか思えねぇな」
どういう思考回路なんだ!
心の中で叫んでみても、気づけば温かい腕の中で力が抜ける。
面倒な男を嫌いではない。
むしろ居ないと生きていけないほどに好きなことは内緒だ。
「ときメモGS2nd Kiss」 若王子貴文
溺れているのか、泳いでいるのか。
判断に苦しむなぁと眺めていたら、水しぶきをあげた君が僕を呼んだ。
「せん・・せ、助け」
まずい、溺れていたのか。
着ていたパーカーを脱ぎ捨て、波打つ水面に飛び込んだ。
溺れる者は藁をも掴むと言うけれど、溺れる君に手を伸ばせば抱きついてくれるかな。
いつも恥ずかしがって触れさせてくれない君だから、おとなの僕は邪なことを考えてしまう。
君のもとに泳ぎ着き、足がつくのを確認しつつ両手を広げる。
「はいはい、助けに来ましたよ。もう大丈夫」
必死な目をした君が僕に手を伸ばす。
内心でほくそ笑みつつ手を取って、勢いのまま抱きしめた。
「あ、足がつって・・・」
「そう、怖かったね。よしよし」
僕の首に腕をまわして震えてる君。
そんな君の華奢な背中を撫で、濡れた肩に口づける。
ウン、夏っていいですねぇ。
君を抱きしめながら、晴れ渡った青い空を見上げた。
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