2008年秋 拍手SS
金色のコルダ/柚木梓馬
好きです。愛しています。
ねぇ?梓馬様は?
好きなのか、愛しているのかと誰もが俺に聞いてくる。
傷つきたくないのなら真実など訊ねてはいけない。
エエ、モチロン
アナタヲダイジニ、オモッテイマスヨ
ユノキノイエニ『リエキ』ヲモタラス、アナタダカラ
「見て、柚木先輩!虹ですよ、虹!」
「ああ、本当だ。だが、それほど喜ぶことでもないだろう?」
「でも綺麗じゃないですか?ほら、はっきり見えるし」
「虹ぐらいで感激しているお前の馬鹿面を見ている方が楽しいよ」
「またそんなこと言って」
拗ねたように頬をふくらませて、空を見上げる横顔。
やがて美しい虹に心を奪われ、お前の唇には笑みが浮かぶ。
さっき、見てしまったんだろう?
俺が誰と何をしていたのか。
七色の虹を映す澄んだ瞳に俺はどう映っていた?
お前は俺に何も訊かない。
ただただ微笑んで、黙って俺の少し後をついてくる。
俺が振り向けば嬉しさを隠すように俯いて。
俺が名前を呼べば桜色に頬を染めて応える。
手を伸ばせば躊躇って。
手を引けば諦めたように目を伏せる。
お前が何も訊かないから。何も求めないから。
俺は時々叫んでしまいそうになる。
お前が好きなんだ、と。
遙かなる時空の中で3/源九郎義経
「お待ち下さい、九郎殿!」
見知った将臣の側近が飛びつかんばかりの勢いで向かってくるが、遠慮なく払った。
外の騒ぎに気付かぬはずもないのに、目指す部屋の主は出てくることがない。
それが更に俺の焦燥感を煽る。
退けと、最後の人間を薙ぎ払い戸に手をかける。
意を決して一息に引き開けると、闇夜に戸の叩きつけられる音が響き渡った。
小さな灯りが揺れる部屋には一つの影。
二つ並んだ床の上、寝間着のまま腕を組み坐した将臣がいた。
「遅いぞ、九郎!!」
思いもしない大声で怒鳴られ、不覚にも背が震えた。
将臣は音もなく立ち上がると俺の後ろに声をかける。
「もういい、下がってくれ。九郎と話がある」
「ですが、このような狼藉は」
俺を追ってきた者たちが声を荒げたが、将臣は厳しい表情のままで再び『下がれ』と命令した。
主の命に渋々と下がっても、何かがあれば刀を抜いて向かってくるだろう。
ここは平家の邸内。切られても文句は言えない状況に汗が滲む。
それでも俺には為さねばならないことがある。
「アイツはどこだ?」
低く唸るように問えば、将臣が初めて表情を崩した。
「源氏から娶った妻のことか?」
「他に誰が居る!」
「ご覧の通りだ。新妻なら初夜の晩に夫を置いて実家に帰っちまったぜ?」
「なに?」
思わず聞き返す俺に将臣が肩をすくめる。
「和議を継続させるために婚儀は済ませた。それで義理は果たしたんだとよ
あとは目の前で煙になって消えたとか、月に帰ったとか、適当に言っといてくれだとさ
俺の身にもなってみろ。初夜の晩に妻に逃げられて、いい笑い者だ」
「待て、実家とは何だ?どこへ帰ったんだ!?教えてくれ、将臣!!」
将臣の肩を掴んで揺すれば、俺と同じ硬い手をした温もりが重なる。
「覚悟はできているのか、九郎?
知れば、お前は二度と戻れなくなるぞ
その覚悟がないのなら、アイツの行く先は教えられない」
真っ直ぐに見つめてくる将臣の視線は強い。
緊迫した空気の中で、何故だか口元が緩んでくるのを止められなかった。
この状況で笑いだした俺を見て、さすがの将臣も眉を寄せる。
「なんだ?とうとう、おかしくなっちまったのか?」
「いや。俺は本当に馬鹿な男だと思って、おかしくなった。それだけだ」
「はぁ?」
「この俺が女に狂って世を捨てる日が来るとは」
とうとう堪えきれず声を立てて笑ってしまう。
呆れた将臣は俺の手を払って、憮然と床に腰を下ろした。
「将臣、今度は俺の番なんだ」
「何がだ?」
「アイツは俺のために帰るべき場所を捨ててくれた
今度は俺がアイツのために捨てる。それだけだ」
目を見開いた将臣が、次には「そうか」と瞳を細める。
俺も「そうだ」と微笑んで、互いが笑った。
「なら、行けよ。後のことは俺に任せろ」
将臣は弁慶とそっくり同じことを言い、俺の行き先を指し示した。
GS2/若王子貴文
あ、それは危険な気がする。
どうしようかな。
口も手も出すなと言われているけれど、ちょっとマズイ気がしますよ。
本を片手に盗み見しては、出そうになる悲鳴を飲み込む。
無理して苦手な料理を作らなくてもいいんですけどねぇ。
でも僕のために悪戦苦闘している君を見ているのって、実はとても楽しい。
なんだか健気で、可愛らしくて、抱き寄せて思いっきり頬擦りしたいような気分になる。
また派手な音がする。
何を天ぷら鍋に入れているのか、目一杯の逃げ腰で食材を放りこんでる姿が可笑しい。
ああ、愛しいな。
君が傍にいてくれたなら、僕はずっと幸せでいられる気がする。
「痛っ」
君の声に立ち上がり、本を放り出して台所へ。
「どうしました?」
「な、なんでもないです」
「なんでもなくないでしょう?見せてください」
「ほ、ホントに何も」
涙目でお愛想笑いを見せる君をひと睨み。
僕だって、いざという時には君を黙らせるぐらいの顔はできるんです。
「ちょっとだけ・・・指を」
「切ったの?」
「ちょっとだけです。ホンのちょっと、」
君が喋り終わるより先に掴んだ白い手。
指先に浮かぶ滲んだ赤い色を見た途端、考えるより先に指先を口に含んでいた。
甘い、甘い、君の指先。
このまま食べちゃってもいいだろうか?
君の手料理より、君が食べたい。
浮かんだ考えに自分でも呆れて指を放す。
いい具合に赤く茹であがった君を見て、苦笑い。
僕に隙を見せたら食べちゃいますよ?
そんなふうに言ったなら、こころよく御馳走してくれるだろうか。
ねぇ?
テニスの王子様/大石秀一郎
「秀一郎様!」
また来たと溜息が出る。
様づけで呼ばれる身分でもないし、呼ばれたくもない。
何度も『やめてください』とお願いしたが、彼女は『秀一郎様が一番しっくりくるんです』と笑顔で聞き流した。
教授に紹介されてから半年しかたっていないのに、もう三年ぐらい付き纏われている気がする。
だが世話になっている教授の大事なお孫さんだ。邪険にはできないだろう。
「今日は何でしょうか?」
「わたくし今日は秀一郎様のためにお弁当を作って参りました」
「またですか・・・」
聞いた途端、思わず得意の笑顔が歪んでしまった。
炭と化した玉子焼き、塩辛くて食べられない煮物、中まで火の通っていないハンバーグ。
思い出しただけで胃の痛くなるような、拷問にも似た弁当を思い出す。
申し訳ないぐらい露骨に嫌がっていると思うのだが、彼女の鈍感さは友人の手塚に匹敵する。
ニコニコと「今回は自信作ですよ」と屈託ない。
この前も自信作ですよと言って、料理と名前をつけるのも躊躇われる弁当を作ってきた彼女だ。
「さっき少し食事を取ってしまって、あまり食べる気が」
「医者は何があるか分かりませんから、食べられる時に食べておかないと」
「そ、それはそうですけど」
「手術中や救急の処置中に低血糖で倒れては一大事ですから、ね?どうぞ」
ああ・・と眉間を押さえてみたが、目の前には容赦なく弁当が広げられていく。
下手なくせに、何故に三段のお重にまで詰め込んでくる?
「はい、秀一郎様。あ〜ん」
「・・・結構です。ひとりで食べられますから」
「意地悪」
どっちが。この料理、自分で味身をしたことがあるのか?
深い溜息と共に箸を手にして、ふと気付く。
初めて会った時に彼女の長い爪を彩っていたのは派手なネールアートだった。
その爪がいつの間にか丸く切りそろえられて、健康的なピンク色になっている。
これまで包丁も握ったことがなかったという彼女の綺麗な指。
その指に巻かれた絆創膏は一つじゃない。
「今日はね、玉子が上手く巻けたんです」
嬉しそうに醤油巻きに近そうな玉子を指さす彼女を見て、なんだか体の力が抜けた。
緊張した毎日の中、俺を脱力させるのだから貴重な存在と言えばそうなのかもしれない。
「今度・・・」
「はい?」
少しは上達していると期待して、摘まむ玉子に意識を集中して続ける。
「一緒にボーリングでも行きますか?弁当のお礼に・・・」
覚悟して玉子を口に放り込む。
うっ、ダシはどうしたんだ?炭の味がしないだけ、マシなのか?
「い、行きます!秀一郎様とだったら、どこへでも行きます!」
弁当も、反応も、俺の予想を裏切らない彼女だった。
遙かなる時空の中で4/アシュビン
僅かな気配に意識が浮上する。
半分は夢心地で瞬きをすれば、ベッドの脇に腰をかけ手袋をはめているアシュピンの背中があった。
既にいつもの服装に着替え、あとは剣さえ携えれば完了という感じだ。
そっと手を伸ばし、彼の背中に揺れる三つ編みをツンと引っ張る。
その刺激に振りかえったアシュピンは、私が起きていることに気がつくと瞳を和らげた。
「すまない。起こしてしまったか?」
「ううん。出かけるの?」
「ああ。周辺を見回ってくる。朝食までには戻るから、もう少し寝ていろ」
アシュピンは幼い子供をあやすように、私の頬を撫でて囁いた。
寝起きのせいか、自分でも舌足らずな甘えた声だと思う。
だけどアシュピンの穏やかな囁き声には負ける。
なんだか恥ずかしくなって掛けものを引きあげれば、目敏いアシュピンが面白そうに笑った。
「そんな顔をされたのでは、毎朝の見回りに行けなくなってしまうのだが」
「そ、そんな顔って」
赤面してくるのが分かるから、ますます恥ずかしくて目の下まで掛けものに潜り込む。
だけどアシュピンは身を屈めると、あっさり布を剥ぎ取って顔を覗き込んできた。
「自覚がないのだとしたら、困りものだ」
そう呟き、私が反論する前に唇を重ねてくる。
慌てて圧し掛かってくる大きな体を押しても、アシュビンはピクともしない。
バタバタと暴れていたら、唇を離したアシュピンが間近で声をたて笑った。
いい子で待ってるんだぞと最後は額にキスが落とされ、彼は何事もなかったように立ち上がり部屋を出ていく。
ひとり残された私は二度寝などできるはずもなく、熱い頬をおさえてアシュピンの帰りを待つしかない。
ふたりが結ぶ、ふたつの国。
この幸せが永遠であることを祈りながら。
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