2009年 新春拍手SS
テニスの王子様 / 大石秀一郎 第三話
新年の朝、母親に呼ばれて玄関に出た俺は言葉を失くした。
「秀一郎さま、あけましておめでとうございます」
「何故、俺が実家に帰っていることを・・・
いいえ、まずは実家をどうやって知ったのか教えてもらいましょうか」
「おじい様に教えていただきました♪」
あの、ジジイ。
初めて世話になっている教授を『ジジイ』呼ばわりしてしまった俺だ。
「まぁまぁ、秀一郎さん。玄関先もなんだから、上がっていただいたら?」
異様なほど嬉しそうな母親に促され、俺は渋々と「上がりますか」と訊ねる。
答えなど彼女の満面の笑顔を見れば分かるというものだが、念のためだ。
「ではお言葉に甘えて」
溜息と共に彼女を迎え入れた。
俺から見ると人の迷惑もかえりみない我儘なお嬢様なのだが、
家人には育ちの良い可愛いお嬢さんに見えたらしい。
正月ということで両親が揃っていたのも不幸だった。
すっかり彼女を気に入ってしまう。
「なんだ、秀一郎。大切な人を紹介したいのなら前もって言わないか」
「そうですよ、秀一郎さん。でも嬉しいわ、素敵なお嬢さんで。ねぇ、あなた」
「ちょっと待って下さい」
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「ええっ」 そこで、その挨拶なのか?
俺は絶句した。
新年早々、俺の溜息は深い。
目の前では俺を置き去りにして和気あいあいとした光景が繰り広げられている。
これが初夢だったのなら、悪夢と呼ぶだろう。
皆は知らない。
こんな女性と結婚したら苦労することは目に見えている。
彼女の料理は下手というより壊滅的なんだ。
最近やっと『おにぎり』が三角形に近くなってきたのと、
玉子焼が炭にならなくなったのが進歩と呼べる程度の不器用さ。
金銭感覚もかなりのものだ。
この前は自動販売機に一万円札をねじ込もうとして困っていたし、
どこに行っても募金箱を見つけるたびに札を無理やりに押しこむような人間だ。
人の話も聞かない。
いつも笑顔で聞き流し、どんな嫌味も通じやしない。
秀一郎さま、秀一郎さまと俺の名を呼び。気がつけば、いつも隣で俺を見上げている。
まずい、な。
こんなにも君のことを知ってしまった自分が怖い。
家庭教師ヒットマンREBORN! / ディーノ
どうしてこう俺は黒髪と相性が悪いんだ?
いや、違うか。悪いんじゃない、苦労させられるの間違いだった。
「待てよ、まだ話は終わっちゃいない。なにがそんなに気にいらないんだ?
指輪のデザインか?それとも石か?素材か?」
「すべてよ、ディーノの全部。さようなら、帰る」
「待て!落ち着けって」
「私はいつも落ち着いてる」
漆黒の瞳に怒りの炎を浮かべておいて、よく言う。
怒っていても気高く美しいのは嬉しいが、このまま帰られたら二度と戻ってきそうにないのが辛いところだ。
これが恭弥なら一戦相手をしてやれば機嫌も直るのだが、彼女には通用しない。
「ドレスが嫌なのか?なら直ぐに別のを買いに行かせよう。それともデザイナーを呼ぶか?」
「いらない!私はTシャツにジーパンが一番好きなの」
「ああ・・っと、じゃあ他のアクセサリーを。ダイヤモンドか、ルビーか、サファイアか」
他の女なら大喜びしそうなものを並べても、漆黒の髪は不機嫌そうに揺れるだけ。
扉の向こうでロマーリオたちは、何を手配すればいいのかと待ち構えていることだろう。
「勘弁してくれ。いったい何が気にいらないんだ。教えてくれないと用意もできない」
「何もいらない。欲しいものがあれば自分で買う。与えられるのが気にいらないって言ってるの」
唖然とした。
スイートルームの大きなベッドには俺が選んだドレスが何枚も広げられ、
それに合わせた靴やバッグ、アクセサリーが山となっていた。
きっと喜んでくれるだろうと、そう信じて用意したものを要らないと言うのか?
「まだ分からないの?これだからイタリア男なんて嫌だったのに
私はドレスやアクセサリーをプレゼントして欲しくてディーノを選んだんじゃない
何もいらない、ディーノがいればいいって、そんなことも分からないの?だったら別れる」
なんてことだ。ここでそんな凄いことを言うのか。
俺は口元を覆い、片手で指を鳴らした。
扉の向こうにいるロマーリオたちは用無しだ。
騒ぐ鼓動を深呼吸で落ち着かせ、誰より美しい漆黒の瞳を持つ恋人を見つめる。
「愛してる。誰より、何よりだ」
「それも違う。キャバッローネの次って言わなきゃ。ディーノはボスでしょ」
まったく、お前には敵わない。
苦笑いを浮かべ、絹のような手触りの髪に触れる。
「言い直す。愛してる。ファミリーと同じくらい、お前を心から愛してる」
囁きながら唇を寄せると、やっとおとなしくなった恋人が目を閉じた。
黒い髪に指を通し、その手触りを慈しみながら唇を重ねる。
こんな苦労なら、買ってでもするさ。
金色のコルダ / 柚木梓馬
年が明けて三日の午後だった。
玄関を開けると和服姿の柚木先輩が立っていた。
「初詣に行くから付き合えよ」
整った唇から出てきた第一声は相変わらずの命令だった。
「もう元旦に初詣に行っちゃいましたよ」
「お前は行っても、俺は行ってない」
前を向いたまま歩く人の横顔は美しく、道行く人の視線を集める。
私ときたら着替える猶予も与えられずに連れ出され、普段着にハーフコートという姿。
かなり違和感のある二人だろう。
「せめて来る前に連絡をくれれば、もう少しマシな格好をしてたんですけど」
つい愚痴をこぼせば、ちらっと視線だけを寄こす隣の人。
「お前にはそれぐらいがお似合いだ
美しい着物もドレスも山ほど見てきた。もう見なくていい」
そう言うと僅かに目を伏せて溜息をついた。
なんだか疲れているみたい。
庶民には分からないお正月を過ごしてきたのかなと思う。
いつも背筋を伸ばし、笑顔を絶やさず、柔らかな口調、それが表に立つ柚木先輩の姿。
「先輩!あれ、たこ焼き売ってますよ。一緒に食べません?」
「まだお参りがすんでない」
「じゃあ、あっちの大玉のアメは?あれなら舐めながら歩けますよ」
「あんなの子供が食べるものだよ」
「まだ私たちも子供ですよ。さっ、行きましょう」
「お子様はお前だけだ」
「いいから」
柚木先輩の袖を引っ張ると、盛大な溜息をつきながらも付いてくる。
嫌そうに歩を進め、笑顔なんかこれっぽっちも見せず、冷たく意地悪を口にする。
それが私の知っている柚木先輩。
「先輩、何色にします?私の奢りですから遠慮なく、どうぞ」
「胸を張って言うほどの物じゃないだろう」
「奢りは奢りですよ。ほらほら」
「・・・黄色」
「レモン味ですって。初恋の味って書いてありますよ」
柚木先輩は人の話も聞かず、黄色のアメを指で摘まむと口に放り込んでしまった。
慌ててお店のおじさんにお金を払い、私は五色がセットになった小袋を買う。
「もう。お金を払う前に勝手に食べないでくださいよ。焦ったじゃないですか
えっと・・・私は何味にしようかなぁ」
金魚が入ってそうな透明のビニール袋を光りに透かして選んでいたら、ふと影が差した。
先輩、なんですかと尋ねるより先に掴まれた手首。
思いがけない力にビニール袋ごとアメが滑り落ちる。
あっ、アメが。
思った時にはレモン味が唇を掠めていった。
「初恋の味は、どう?」
いつになく小さく、優しい響きを持った柚木先輩の声だった。
テニスの王子様 / 乾貞治 第二話
乾の家から逃げ帰った日の午後、当の本人からメールが来た。
『部屋も片付けずに帰ったな。酷いじゃないか。
来週の資源ごみ回収日まで空き缶の中で暮らせと言うのか?』
それは悪かった。
いや。そんなことより、もっと重大な問題があったでしょう!?
しかしそれ以外のコメントはなし。
むこうも私の反応を見ているのか、それとも何もなかったことにしようとしているのか。
『乾、昨夜は』
そこまで打って、クリア。
乾が酔っ払った私を襲ったのなら責めもできるが、
寂しいの・・なんて無理に押し倒したのが私だったら恐ろしい。
乾も、乾だ。
友達なんだから手を出すな。
酔っ払いの戯言など聞き流し、さっさと寒空に追い出せばよかったのに。
完全な八つ当たりでも思わずにはいられない。
後悔先に立たずとは、このことだ。
仕方ない。ここはナニ事もなかったフリをしよう。
ひょっとしたら乾も覚えてないかもしれないし(あの姿で目覚めて、そう思えるかは疑問だけど)。
とにかく強引にポジティブシンキング。
昨夜のことは乾が口にするまで何もなかったことにしよう、そう心に決めた。
『乾、昨夜はおしかけちゃってゴメンね。
ゴミは我慢して捨ててちょうだい。このお詫びは近々するから』
『ゴメンね』に深い意味がありつつも、多くは語らず送信。
すると、そう時間を置かずに返信が来た。
『お詫びなら、俺と結婚してくれ』
「ええーっ!」
激しい頭痛も顧みず叫んだ私を周囲の同僚たちが怪訝そうに見る。
なに、コレ。
やっぱり乾は昨夜のことを覚えていた?で、まさか責任を取ろうとか。
まいった。乾がこんなにも真面目な男だっとは、今の今まで知らなかった。
私は慌ててトイレに向かい、個室にこもって携帯を耳にあてた。
とにかく落ち着け、私。そして早まるな、乾。
『もしもし?なんだ、二日酔いで仕事を休んだのか』
「仕事中よっ。それより何よ、あのメール」
『なにって、プロポーズだよ』
「ちょ、ちょっと乾、冗談でしょ?えっと昨夜のは・・・その間違いで」
便器のふたに座り込み、しどろもどろの私。
なんでこんな話をこんな所で。
『間違い?ははは・・・本気でそう思ってるんだ』
「え?なによ」
乾ったら笑ってる。
ムッとしたら、一呼吸の間をおいて冷静な声が返ってきた。
『罠だよ。君は俺の罠にはまったんだ』
罠?罠って、なに?どういうこと?
混乱する私に、とどめの一言。
『もう逃げられないよ』
気が遠くなった。
家庭教師ヒットマンREBORN! / 雲雀恭弥 第二話
雲雀さんの私室でお茶を飲んでいると、突然に部屋の空気が揺れた。
目の見えない自分には何が起こったかは分からない。
雲雀さんが居るだろう方向の気配を探り、身を固くした。
「君、だれ?」
唐突に訊ねられる。
この声は雲雀さんの声に似ている。でも少し幼い。
「十年後の僕の傍にいるって、君は何者?」
「十・・年後?」
僕って、雲雀さんなの?
目が見えなくても分かる。これは雲雀さんの気配だ。
ただ私の傍にいる時の雲雀さんではない。
自分以外の誰かと話す時の雲雀さんが纏う雰囲気。
ピリピリした肌を刺すような感覚を視覚がないからこそ強く感じる。
「君、目が見えないの?」
「はい」
答えるなり顎を掴まれた。
雲雀さんだから避けない。
おとなしく雲雀さんの顔があるだろう方向を見上げれば、
ふ〜ん、なるほどねと雲雀さんが呟いた。
「綺麗な瞳だね」
囁きは私の傍にいる雲雀さんが言ってくれる言葉と同じ。
雲雀さんは物を映さない私の瞳が綺麗だと、いつも褒めてくれる。
「僕は誰も所有しないと思っていたんだけど」
言葉の間が空いた。
続きを待つ私の唇に、柔らかな温もりが重ねられる。
少し驚いたけれど雲雀さんだから目を閉じた。
「悪くないね」
まだ僅かも離れていない唇の上で続きが囁かれる。
私は体の力を抜き、いつものように雲雀さんを受け入れた。
ヒバードが鳴く。
あ、と思った時には再び部屋の空気が震え、いつもの気配が私の前に立つ。
「雲雀さん?」
問いかけた途端に再び顎を掴まれた。
「僕にキスされたね」
聞きなれた雲雀さんの声に安心する間もなく、強く指で唇を拭われる。
続けて咬みつくように唇が塞がれ、息さえ許されず全てを奪われた。
後に十年バズーカーというものがあることを知った。
あの時に私の前に現れたのは十年前の雲雀さんだったんだ。
雲雀さんは十年前の自分に酷く怒っていて、ろくに説明もしてくれなかったけど私は嬉しかった。
私の知らない十年前の雲雀さんに会えたこと。
口にするとまた怒らせてしまうから言わないけれど、
どちらも私の好きな雲雀さんに違いないのだから。
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