2009年秋 拍手SS
テニスの王子様 / 手塚国光
幼馴染の国ちゃんは冷静沈着という文字を具現化したような男だ。
そんな国ちゃんを小さいころから慕い続けて十数年。
先ごろ、やっと私の想いを打ち明けた。
『国ちゃんが好きなの!!』
『・・そうか』
『そうかって、意味わかってる?』
『お前は俺が好きなんだろう?』
『そ、そうだけど、そうじゃなくて』
『違うのか?』
『違わないけど、意味が違っててっていうか、本気で』
『冗談だとは思っていないが』
『ああん、もう!!!国ちゃんの馬鹿!!』
私は半泣きで国ちゃんのもとから走り去った。
奴はやっぱり冷静沈着だった。
私の告白を受けても驚きも慌てもせず、淡々と相槌をうっていた。
私の言う『好き』が、恋愛でいう意味の『好き』だとは思いもしないのだろう。
それでも年頃の女のコに『好き』だと言われて、まったく動じないってナンなのよ。
ちょっとは、たじろげっつうの!!
勝手に零れてくる涙を拭って思う。
それだけ私は国ちゃんに意識されていないってこと。
女のコとしては全く認識されていないんだ。
だから頑張ることにした。
されていないのなら、意識して貰えるよう努力すればいい。
恋する女のコパワーを思い知れ!!
ということで、昔はパジャマ姿でも平気で窓越しに挨拶していた私は生まれ変わった。
可愛い服を着て、派手にならない程度にメイクもして。
鉄仮面の国ちゃんがドキッとするような女のコに変身してやると努力した。
その姿で青学の試合を応援にも行く。
以前はジャージか制服という色気のない姿で応援したものだが、今は違うぞ。
そう気合を入れて行くのに、肝心の国ちゃんはパジャマ姿の私を目にしたのと同じで無反応。
それなのに、どうでもいい奴は寄ってくる。
「カワイイね。キミ、どこの学校?」
「俺らと、どっか行かね?」
「行かない」
そんな話をしているうちに国ちゃんが帰っちゃうよ。
私の姿を見つけると「ついでだ」と一緒に帰ってくれるんだから、はやく行かなくちゃ。
「そう言わず、ちょっとだけ」
「行かないって!!」
伸びてきた手をつい払ってしまった。
すると笑ってた男たちの表情がスッと冷えた。
え・・・何?なんか、怖い。
「ごめんなさい!!」
「待てよ」
とりあえず謝って逃げ出そうとしたけど肘が後ろから掴まれる。
嫌だ、誰か。国ちゃん、助けて!!
叫ぼうと息を吸い込んだ時だ。
背後から「痛っ」と呻き声がして、掴まれていた肘が離された。
「なにをしている」
「国ちゃん!!」
眉間のしわ三割増の国ちゃんが男の手首をつかんでいた。
長身の上に怖い顔の国ちゃんを見上げ、男たちが目に見えて怯む。
男たちはわざとらしい笑みを浮かべると「なんでもないです」と言い残し、さっさと退散していった。
彼らの背を見送り、私はホッと体の力を抜いた。
「あ〜、怖かった」
「馬鹿!!」
心臓が縮みあがる様な国ちゃんの怒鳴り声だった。
思いがけない怒声に私は身がすくみ、唖然と国ちゃんを見上げる。
「そんな格好でウロウロしているからだ」
「そんな格好って・・・」
国ちゃんのためにお洒落してきているのに頭ごなしに怒るのって酷い。
怒られて悲しくって、腹が立って、虚しくって・・・なんだか泣けてくる。
私は国ちゃんに向かい思いっきり声を張り上げた。
「こんな格好で悪かったわね!!
ちょっとでも国ちゃんに可愛く思って欲しい、女のコとして見て欲しいって思って何が悪いの?
国ちゃんは分かってない!私は国ちゃんが好きなの!!
幼馴染だけじゃ、嫌!!女のコとして国ちゃんに見てもらいたいって」
思っているの。そう続けるはずだった言葉は音にならなかった。
引っ張られた肘は、さっきの男たちより更に強引で力強く
呼吸さえ奪われる熱は・・・私の唇に重なっていた。
目を閉じる暇もなく、焦点の合わないメガネのフレームに呆然とする。
「ちゃんと分かっているから・・・おとなしくしていてくれ」
懇願するような囁きは唇の上で。
ねぇ、国ちゃん。
今度は私が分からないよ。
あなたの気持ちを分かりやすく教えて?
家庭教師ヒットマンREBORN! / ディーノ
「キス」
「は?」
「キスしようぜ」
強請る俺を横目にして、恋人は美しい瞳に呆れの色を浮かべた。
答えを待たずに空いた手を伸ばし彼女の頬に触れる。
珍しく逃げなかった恋人に、俺はうっすらと笑みを浮かべた。
「ちょっと周囲がうるさいけど」
「誰も見ちゃいないさ。見たい奴には見せてやればいい」
「物好きね」
俺は肩をすくめ、細い顎に指をかけた。
素直に俺を待つ唇は愛しい温もり。
ついばむように口づけて、最後は額を合わせて漆黒の瞳を覗き込む。
「死ぬなよ」
「ディーノこそ」
俺たちの後ろでは壁に銃弾が当たって跳ね返っている。
一歩足を踏み出せば、そこは戦場だ。
「愛してる」
俺の囁きに、恋人は鮮やかに微笑んだ。
恋人と穏やかに暮らしたければ、マフィアを家業になどしてはいけない。
心底愛した女も同じ世界に生きているのならば、尚更に穏やかな暮らしなど望めるはずもない。
今日の命も知れないのだから。
名前を叫ぶ。
瓦礫の上に立ち、何度も何度も彼女の名を叫んだ。
冷たい汗が背中を流れ、感じる鼓動が速くなる。
「ボス!」
「ロマーリオ、いたか!?」
俺の上ずった声に、ロマーリオが首を横に振った。
激しい戦いの中で見失った大切な恋人。
絶望が心を浸食していく。
そんなはずは絶対にない。
最後に触れた唇を無意識に指で撫でていた。
崩れかけた建物を覗き、再び名前を叫ぼうとした時だ。
いきなり後ろから肩をつかまれた。
残党か!!
気が動転していたとはいえ、背後を取られるとはありえない。
咄嗟に構えて殺気と共に振り返ったその先、月夜に照らされた漆黒の瞳があった。
「ディーノ、私じゃなかったら殺られてるよ」
目を吊り上げて怒っているのは、俺が血眼になって捜していた恋人だ。
肩に銃を担ぎ、煤けた上着の腰に手をあてて俺をにらんでいる。
「お前、無事で。ああ、いや・・もういいや」
心配した俺が馬鹿みたいだ。
脱力して項垂れると、瓦礫を踏む靴音と一緒に黒いブーツが視界に入った。
「キス」
「は?」
聞き間違いかと疑う単語に、俺は間抜けな声を出す。
彼女の黒い瞳は真っ直ぐに俺を捉え、重ねるように問われた。
「キスしないの?」
信じられないような思いで、汚れているだろう手を彼女の頬に伸ばす。
それを避けず、甘えるように頬を寄せてくる彼女の仕草。
「ロマーリオたちが探しに来るだろうけど」
「そんなこと気にするの?」
引き寄せて、吐息を楽しむような会話。
「いや、全然」
「そうだと思った」
鼻先が触れ、宝石のような瞳が伏せられていく。
「愛してる」
「ん」
囁きと共に、あたたかな唇に触れる。
お互いが生きている証しなのだと、俺たちは何度も何度もキスをした。
ときメモGS / 鈴鹿和馬
「あ、これ。俺好きなんだよなぁ。この漫画」
「焼きそばパン、好きなんだよ。俺にくれ」
「おっ、いいの聴いてるな。俺も好きなんだ、それ」
なんでも好きだと屈託なく口にする和馬。
だけど一つだけ言わないものがある。
「ね、私のこと好き?」
コーラを飲んでいた和馬がふきだした。
そのまま激しく咳き込んでいる背中を溜息とともに叩いてあげる。
「おま・・・な、なに言いだすんだよっ俺を殺す気か?」
「勝手にむせたんじゃない。なに焦ってんの」
脱力気味に言い返してみたが、和馬は私から視線を逸らし袖で口元を拭っている。
いつも、こうだ。これまでにも何度か遠まわしに訊いてみたが、どれも同じような反応。
酷い時には『馬鹿みたいなこと訊くな』と頭を叩かれたうえに逃走された。
あれは一日中徹底的に無視することで平謝りさせたのだが、それでも和馬は私を好きだと言わない。
「今日ね、好きですって告られた」
「誰にだ!!」
間髪入れずの質問。和馬の目が苛立ちを含んで光る。
まぁ、それでもいいんだけどね。でも言葉って大事でしょう?
「なんかさ、ストレートに言われてドキッとしちゃった」
「だから誰にだ?お前、断ったんだろうな」
「私が断ると決めてるところが図々しいと思わないのかね、鈴鹿君」
「はぁ?なんつった?」
「いつから私たちは付き合ってたんだっけ?好きだとか言われたこともないし」
「・・・おまえ」
単純馬鹿な和馬が機嫌を損ねる危険性は重々承知している。
でもさ。一度ぐらいは漫画や焼きそばパン、CDみたいに『好き』だと言われてみたい。
なんとなく一緒にいて、なんとなくカレシとカノジョと呼ばれて。
悪くはないけど物足りないよ。
和馬は夕焼け空を見上げ、今度は手にしたペットボトルを見つめ、言葉にならないような呻き声をあげている。
ついには頭をガリガリかいて、視線をアスファルトに落とすと盛大な溜息をつきはじめた。
ああ、和馬の耳が真っ赤だ。
仕方ないか。こんな男を好きになったのは私だ。
もういいよと許してあげるつもりだった。
アスファルトから視線をあげた和馬。
その瞳が夕日に照らされて燃えていることに怯んだのは一瞬だった。
ガシッと背負い投げでもうたれそうな勢いで肩をつかまれ、
思わず身をすくめた時には目の前に和馬の大真面目な顔がある。
近すぎて、ぎゅっと目を閉じた。それにどんな意味があるかも忘れて・・・
「好きだ」
早口で告げられた呟きと
ぶつけるように重ねられたキスはコーラの香り。
言葉を欲しがったら、おまけまで貰ってしまった私だった。
和馬から好きだと告げられたのは、あれが最初で最後になりそうな予感がする毎日。
なのに和馬が必ず私にくれるものができた。
「誰か…来るって」
「平気だろ」
簡単に言って、かすめとる唇。
好きの一言が言えなくて、なぜにキスなら何度でもできるのか。
また今度、和馬に訊いてみよう。
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