2009年冬 拍手SS










    テニスの王子様 / 跡部景吾





跡部景吾にとっての冬は『寒いうえに忙しい』が常だった。
冷暖房完備の氷帝学園といえども屋外のテニスコートには木枯らしが吹く。
動けば寒さなど気にはならないが、夏に比べると苦手な季節だ。
おまけに年末からはパーティーだ、挨拶だと公の場に引っ張り出されることが多く
面白くも可笑しくもないのに、ただ忙しい季節なのだ。


そんな季節に誘われた。



「ねぇ、景吾クン。デートしない?」



付き合い始めたばかりの可愛い彼女のお願いだ。
頭を掠めた『寒い』『忙しい』は隅に追いやって、いいぜと笑ってやった跡部だった。



待ち合わせは駅前で。
跡部が車で乗りつけると、彼女は鼻の頭を赤くして嬉しそうに手を振った。
どれぐらい待ったのかと尋ねると、少しだけと彼女は笑う。
だけど跡部が握った手は酷く冷たくて、それが嘘だと知れた。
自分が待ち合わせの時間に遅れたわけでもないのにと問い詰めれば、彼女は恥ずかしそうに言う。



「だって嬉しくて。早くについて景吾クンのことを待ってる時間も幸せだったよ?」



なんなんだ、この可愛い生き物は。
人目もはばからず抱きしめてやりたいところだが、彼女とは手を繋ぐところまでしか進んでいない。
跡部がテニス会場で一目惚れしたのをやっとの思いで口説き落としたのだ。
急いて嫌われてはと、柄にもなく慎重になっているのが跡部自身も信じられない。



「で?どこへ行くんだ」
「映画。お兄ちゃんにタダ券もらったの」


「へぇ」
「それからお昼食べて。ちょっとお買い物かな」


「いいぜ」



なんともまぁ、ベタなデートだと思う。
これが跡部であったら映画はプレミアム試写会であっただろうし、昼食はホテルのランチだ。
だが普通の家庭に育ち、公立高校に通う彼女とのデートはこんなものかと思う。
そう思ったのに、これが意外に楽しいのだ。



映画はディズニーのアニメだった。
跡部だったら絶対にチョイスしないし、タダでも見ない。
なのに彼女は期待に瞳を輝かせ「見たかったんだ」と跡部の手を引いた。
ふたりで一つのポップコーンを分け合い、彼女がスクリーンを見ながら笑ったり、泣いたりするのを見つめる。
思いのほか面白く感動的なアニメを見ながら、美しい涙を流す彼女の横顔にまた恋をした。



次は小さなレストランで千円足らずのランチメニューを選んだ。
あれもいいな、これもいいなと悩む姿も愛らしいと眺める。
すると『景吾クンのも美味しそうだからお互いに分けっこしようね』とお願いされた。
ああ、よくジローや宍戸たちがやっているやつかと納得すれば、また彼女が嬉しそうに笑った。


大きく開いたガラス窓から冬の陽射しが彼女を照らす。
瞳をキラキラさせた彼女が跡部の皿から一口をすくって、それは美味しそうに目を細める。
景吾クンもと差し出されたフォークに口を開きながら、甘ったるい仕草が気恥ずかしくなった。
味も香りもしないコーヒーだって、彼女を前にしていれば悪くない。



それから目的もなく、ぶらぶらと街を歩く。
ブランド店でも百貨店でもなく、雑然と並ぶ店を眺めて歩き、目についたものがあれば入る。
たかが数百円の品物を買うかどうかで悩み、ちまちまとした小物を手にしては喜ぶ。



「景吾クンにプレゼントね」



そう言って、彼女はテニスラケットをかたどったストラップを選んでくれた。
もちろん高価なものではなかったが、跡部は直ぐに自分の携帯につけて見せる。


嬉しい、嬉しいと、自分は贈った側なのに喜ぶ彼女。
跡部も何かしてやりたいのだが、それには遠慮するのが歯痒くもあり新鮮だ。



「欲しいもの?ないよ。景吾クンといられるだけで十分」



欲のない微笑みに跡部がどれだけ心を揺さぶられるか知っているのだろうか。



『跡部君と私じゃ合わないよ。きっと直ぐに嫌になる』
『んなもん付き合ってみないと分からねぇだろ』


『でも・・悲しいよ』
『悲しい?』


『やっぱり駄目だ。合わなかったって言われても・・・』



駄目だなんて言いやしねぇよと思う。
だが彼女は少しだけ臆病で、心からは跡部の気持ちを信じていないことも分かっている。



「少し歩こう」
「うん」



彼女の手を離さないように握りしめ、木枯らしの街を歩く。
寒いから少しぐらい身を寄せても彼女は逃げない。



「寒くない?」
「そうでもないぜ」



夕日に向かって行き先も決めずに歩く。
寒いからお前の温かさが優しくて、お前といるから流れる時間も穏やかだ。



「冬も悪くないな」



跡部の呟きに彼女が微笑んだ。
少しずつでもいい、お前との距離が縮むなら。




















     ときメモGS / 氷室零一





いつもと同じ時間、いつもと同じ道順で車を走らせ家に帰る。
マンションのエレベーターに乗り込み、いつもの数字を押してから腕時計を確認。



「ふむ。いつもの時間だ」



呟いて廊下の角を曲がれば、いつもと違う状況があった。



「先生!」



駆けてくる彼女は手に大きな紙袋を抱えている。
不意打ちの待ち伏せに嬉しさ半分、困惑半分だ。



「どうしたんだ」



もう少し優しい声掛けができないのかと思うのだが、いつも後の反省だ。
しかし彼女は怯むことなく笑顔一杯で「会いにきました」と言ってくれるから救われる。
また勝手に頬が緩みそうになるのが恥ずかしく、意識して顔を引き締めた。



「ひょっとして怒ってます?」
「怒ってなどいない。が、来訪する時には予め連絡をするのが礼儀だと常々」


「だって驚かせたかったの」



花が萎れたように呟かれては次が継げない。
どのぐらい待っていたのか分からないが、マンションの廊下が冷えることには違いない。


「玄関だけ。短時間だ」などと前置きして、家の鍵を開けた。



「部屋に上げてくれないんですか?」
「駄目だ、何時だと思っている。用件を聞いたら、車で送っていこう」


「友達のところに泊まるって言ってきたんです」
「なに!?」



思わず動揺して、手にした鍵を落としてしまった。


卒業後に想いを通わせた私たちだが、彼女が教え子であり、かつ未成年であることには変わりない。
学生の時から彼女は何の躊躇いもなく私の腕の中に飛び込んでこようとした。
そのたびに『大人の私が・・・』と自制しているのに、その努力を無にしそうな勢いだ。



「今すぐ帰りなさい」
「嫌です」


「私から家に電話をしよう」



それでなくても交際を申し込みに現れた元担任に腰を抜かしそうになっていた御両親だ。
なんとお詫びして連れ帰れば良いものかと頭が痛い。
携帯を取り出そうと内ポケットに手を入れると、その腕を彼女が掴んで止めた。



「お願い、傍にいたいの」



見れば瞳に涙を湛えた彼女が必死に私を止めている。
愛する人が求めてくれているものをどうして拒絶できるだろうか。
気持ちが左右に大きく揺れるのを自覚しながらも頷けない。


強く抱いて、唇を重ね、朝まで腕の中に閉じ込めていたいと何度思ったことか。
けれど彼女は御両親にとって大切な娘であり、私の想いだけで簡単に奪っていい存在ではないのだ。


落ち着くために大きく息を吐いた。
呆れられたと勘違いした彼女が目に見えて落ち込むのに苦笑して、そっと両手で頬を包む。
その冷たさを苦々しく思いながらも、合った視線に想いをこめて口を開いた。



「愛している」



ああ、君の表情ときたら。
これ以上ないほどに瞳を大きくしている姿に笑ってしまう。



「愛しているから大事にしたい」



囁けば、彼女が首を横に振った。同時に堪えた涙が零れおちる。



「私も先生と一緒。だから傍にいたいの」



愛しい君。このまま攫ってしまえたら、どんなに幸せだろう。
親指で濡れた頬を拭ってやり、もう一度繰り返す。



「大事にしているから、君を愛する御両親に嘘をつきたくないんだ」



彼女が黙り込んだ。
君だって、そうだろう?



「愛しているから・・ずっと傍にいる為に今は駄目だ」



じっと私の顔を見つめていた彼女が小さく頷いた。
安堵と僅かな寂しさを隠して私も頷く。


先生・・と彼女は私を呼び、そのままの勢いで腕の中に飛び込んでくる。
彼女を受け止め、愛しさのままに強く抱きしめた。


卒業までの日々も長かったが、君を腕にしてからも長く待つ。
不器用だと自分でも思う時があるが、それでもいい。
愛していると告げられる幸せを思うから。


君が短大を卒業したら、その足で御両親の元へ挨拶に行こう。
君をくださいと頭を下げに行くんだ。


その時まで。




















     REBORN! / スクアーロ





スクアーロは拾い物をした。


人使いの荒いXANXUSの指令で、ある組織を単身でブッ潰しに行った時にだ。
カスばかりなのに向かってくる数は多くて、少々イライラしたものの綺麗さっぱり片づけた。
傷一つない身体の埃を掃い、剣を収めて邸内を見回る。
ブッ潰せと言われたからには塵一つも残せない。


早くて、綺麗。ま、仕事の鉄則だろぃ。
などと悦にいって地下まで行くと、小さな牢があった。
小窓から射す月明かりしかない牢の中に、薄汚れた子供がひとり蹲っている。



「う゛お゛ぉ゛お゛なんだぁこりゃ。コイツも始末すんのかぁ?」



呟いて、面倒くさげに銀髪の後ろをかいたスクアーロ。
人の声に蹲っていた子供が顔をあげた。
地下室に子供を捕えた鎖の音が響く。


闇のような漆黒の瞳だった。
闇なのに月の光りを集めて、その瞳が輝いている。


スクアーロは剣に手をかけたまま牢の前に立ち、子供を見下ろす。



「お前、何者だぁ?」
「・・・知らない」



子供特有の高い声だ。
だが子供らしからぬ、落ち着いた声色だ。



「てめぇは自分が誰かも分からねぇのか?」



こくっと子供が頷く。
瞳と同じ漆黒の髪が肩から零れ落ちる様が美しい。


気まぐれと言われれば、そうとしか言いようがない。
だがスクアーロは牢から子供を出した。


恐れも怯えもしない。
自分が何者かも知らないと、真っ直ぐにスクアーロを見て答えた子供の瞳が気に入った。


犬は三日の恩を三年忘れないとかジャポンでは言うらしい。
跳ね馬が聞いてもないのに教えてくれたのが癪に障る。


子供は成長した。
スクアーロがマンマよろしく育てたわけでもなく勝手に育った。
何度も追っ払おうとしたし、最後は出先で置き去りにしようともした。
それでも子供は居なくならない。どうやってもスクアーロのもとへ戻ってくるのだ。



「スクアーロ、お帰りなさい」



ひと仕事を終えて戻ると必ず掛けられる言葉。
夜中であろうが早朝であろうが、子供はスクアーロの帰りを待っているらしい。



「チッ」



ボスのXANXUSには「帰ったぜぃ」と口にするスクアーロだが、子供には舌打ちしかしてやらない。
だが子供は気にした風もなく、漆黒の瞳にスクアーロを映して微笑むのだ。



「寝る」



一言告げて、さっさと寝室に向かう。
疲れた体をベッドに投げ出せば、ふんわりと柔らかな香りがした。
頼んでもいないのに身の回りのことは子供が抜かりなく整えてくれているのだ。


自然と零れる溜息を飲み込み、スクアーロは長い髪をかきあげる。


今度こそ子供をどこかに捨ててこよう。
ああ、そうだ。日本がいい。
馬鹿がつくほど人の好いボンゴレにでも押し付けてしまえば、なんとかしてくれるだろう。
捨てたら直ぐに引っ越しだ。今度こそ子供が追ってこられないところに・・・


ぐるぐる考えていると、静かに寝室の扉が開いた。
今度こそ零れる溜息が止められない。


僅かな足音と共に近づいてきた気配が、そっとベッドのスクアーロに覆いかぶさってくる。
スクアーロは再び舌打ちした。


己の頬に触れてくる温かく、しなやかな指。
落ちてくる長い黒髪からは、バラのような香りがする。
薄く色づいた唇が弧を描き、漆黒の瞳がスクアーロを映して瞬いていた。


スクアーロの意思に反して伸びた手は柔らかな身体を抱き、重ねた唇は酔いそうなほどに甘い。


クソッと内心で罵りつつ、スクアーロは観念して噛みつくようなキスと一緒に体勢をひっくり返す。
組み敷いた拾い物は、やっぱり恐れも怯えもせずにスクアーロを見つめていた。



「勝手に大きくなりやがって」



文句の一つも言ってやらないと気が済まない。


子供がこんなにも早く成長するとは知らなかったのだ。
それはもう自分の気持ちが追いついていかないほどに、はやく。
嫌になるほど美しく成長してしまった拾い物を前に、理性など何の役に立つだろうか。



『愛していると囁いてしまうより先に捨てなくては』



焦燥感に身を焦がす。



















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