2010年春 拍手SS









     テニスの王子様 / 跡部景吾(お慕いしております・その後)





物を欲しがらない妻が何やら買いこんだのだと聞いた景吾。
それはいい傾向だと執務の息抜きも兼ね、離れにある妻の室まで様子を見に行った。


また開け放して昼寝でもしているのではと多少の不安を感じていた景吾であったが、
訪れた部屋には珍しくも針仕事をしている妻の姿があった。



「何を始めたんだ?」
「まぁ、殿。今日は何から逃げてまいられたのですか?」


「人聞きの悪いこと言うなよ」



この頃の景吾は会いたくない客や煩い年寄り連中、または山のような執務から逃避して妻のもとへ来ることが多い。
正室のもとへ行かれたのを邪魔はできないという、皆の心理を巧みに利用しているのだ。


遠慮もなく室に上がりこんで腰を下ろす景吾に侍女は心得て下がっていく。


二人きりになったとて、甘い雰囲気が漂うまでにはかなりの労力を要するのだが
とりあえず景吾は畳の上に広がる地味めの布を手に取り、妻の手元を覗きこんだ。



「えらく地味だな。お前が選んだのか?」
「はい。ですが、髪紐ですから」


「髪紐?」



いつか聞いたような言葉に嫌な予感がした。



「念のために聞くが、まさか」



問いかけたところへタイミングよく忍足がやってきた。



「やはり・・ここでしたか。ご歓談中に失礼いたします。殿を引き取りに参りました」
「どうぞ、どうぞ」


「ちょっと、待て。俺は茶の一杯も飲ませて貰ってないぞ。それにその紐は」
「殿はお茶をご所望だったのですか?それならそうと仰って下されば用意いたしましたのに」



相変わらず噛み合わない会話の中、忍足の呑気な声が割って入る。



「もうすぐ出来上がりですか?俺のために選んでもろうて嬉しいなぁ」
「やっぱりか!!てめぇ、俺様に喧嘩売ってんのかっ」



思わず立ち上がる景吾に、笑みを崩さない忍足。
妻は剣呑な雰囲気の景吾を見上げ、暫し考えるとポンと手をうった。



「まぁ。殿も欲しかったのですか?なら・・余った布でお作りいたしましょうか?」



怒りのあまり震える景吾を前に「わたくし何か悪いことを申しました?」と妻は首をかしげ、
忍足は笑顔のままで素早く後ろに下がった。



「もう我慢ならねぇ!今日という今日は、みっちりと言い聞かせてやる!!」



景吾の怒声は澄んだ春の空に高く高く吸い込まれていった。




















     テニスの王子様 / 乾貞治





新しい駅ビルの中にオープンする書店を任された。
スタッフを集める為に始めたバイトの面接。
そこで私と貞治は出会った。



「まぁ。背の高い子」



それが貞治の第一印象。
無意識に口に出していたらしい私に対し、貞治はメガネを押し上げて言った。



「上のほうにも手が届くんで便利ですよ」



確かに。
それがバイトに貞治を採用した決め手となった。



『君に完全な一目惚れ。絶対にココで働こうと思ったよ』



後に淡々と語った貞治。
どこまで真実かは分からないけど、確かにバイトへくるようになって直ぐから口説かれていた気がする。



「ああ、届かない。もう少し身長があったら」
「これですか?」



いつの間にか隣に並んだ貞治が難なく目当ての本を抜き取ってくれる。そんなことが何度もあった。
そのうち私も期待して、上の物が欲しい時には長身のバイト君を探すようになってしまう。



「乾君、上の箱を取ってくれる?」
「いいですよ」



飄々と近づいてきた彼は、長い腕を伸ばして軽々と棚の上の箱を取った。
礼を言う私の腕に箱を渡すと「他には?」と爽やかに訊いてくれる。
相変わらず便利だわぁと感心していたら、不意に私を見据えて彼が訊ねてきた。



「俺、便利でしょう?」
「え?ええ。正直、すごく助かってる」


「ならずっと傍に置いときませんか?」
「ああ、そうね。長く勤めてもらうと・・」


「違うよ」



この時、貞治のかけてる四角いメガネのフレームが確かに光った気がした。
何の心構えもなく油断しまくっていた私の耳元へ素早く寄せられた唇。
箱で両手を塞がれた私の耳に吹き込まれた吐息と囁きは破壊力抜群だった。



「君の傍に置いてくれと言ってるんだ。好きだよ」



年下の彼に心を奪われてしまった一瞬だった。




















     ときメモGS / 葉月珪





美しいが気難しいと評判の王子様。その葉月珪と席を並べて一年近く。
なにをするのも隣の席で組んでという学園のやり方に、苦情の投書をしたいと思い悩んだ一年でもあった。


王子様は全てにおいて他者を圧倒する。
顔は整ってるし、身長は高いし手足も長い。
勉強はトップクラスで、だからといって運動音痴でもない。
噂じゃお家もハイソらしく、ご両親は海外で暮らしているとか。


なので王子様はもてる。そりゃもう尋常じゃないくらい。
おまけに王子様は何を思ったのかモデルとしても働いている。
世の中の女たちを我が者にしようという野望でもあるのだろうか。
精一杯の努力をして健気に生きている男子が可哀想になるほどで、『もう少し遠慮してもいいんじゃない?』と思う。


そんな王子様の欠点をあげるとすれば、愛想がないということだった。
王子様は喋らない。話しかけても「さぁ」とか「別に」とか、声を出すのが面倒なのかと思うほど短い返答しかない。
おまけに笑わない。笑わせようと努力に努力を重ねても、やっと唇の端をあげさせることができるぐらいだ。
冗談も言わないし、会話だって成り立たない。
空ばかり見ていて、天気予報士にでもなるつもりかと疑ってしまう。


王子様なんだから庶民とは感覚が違うんだろう。
そう耐えに耐え、この美しくも気難しい彼と組んだ一年だった。



「日直もこれで最後だね」



三学期も残り僅か。もうまわってくることもない当番が嬉しい。
葉月君は理科で使ったスライドを軽々と抱え、黙って隣を歩いている。
返事がないのはいつものことなので、私が一方的に話しているだけ。
無言で過ごす気まずさよりは、壁に向かって話している気でいる方がマシというものだ。



「クラス替え、どうなるかなぁ。担任がヒムロッチは嫌だけど」



沈黙の王子様を引きつれて、失礼しますと理科準備室のドアを開けた。
埃っぽい小部屋に並ぶ器具の数々。そこに空いた一か所を見つけ、コッチだと葉月君に指をさす。
スライドの器械は彼に任せ、私は小物を棚に片付けることにした。


最後の一つを棚に戻した時だ。不意に後ろから手が伸びてきた。
反射的に振り返ろうとした肩に、覆いかぶさる紺のブレザーと掠めた白い指。
なんなんだと思った時には、柔らかな吐息が衿元をくすぐった。



「ど、どうしたの?貧血!?」



咄嗟に考えたのは、王子様が貧血を起こして私の背中に縋りついたのかということ。
だが背中にダイレクトに響いてくる振動は笑っているように思えた。



「お前・・変なヤツだな」
「たまに長く喋ったと思ったら、それ?葉月君には言われたくないし
 というか、どうしてこんな体勢になっているのか教えてよ」



戸棚のガラスに映る私たちは、背中から抱きしめている彼と抱きしめられている彼女に見えるんだけど。
私の肩に伏せていた王子様が顔をあげ、ガラス越しに視線が合う。
瞳に浮かぶ笑みに思わず視線を逸らした。



「葉月君らしくもない、おぶざけはやめてよ」
「別に。ふざけてない」


「これのどこが!?」



まわされた腕を振り払おうと動けば、更に強く抱きしめられる。
とにかくこのままでは不味い。どうしても逃げ出さないと。



「離してって!!ワケ、分かんないし」
「理由は分かりきってるだろ」


「分かんないよ」



やけくそで叫んだら、頬にキスされた。
許容範囲を超えた全てに動きが止まれば、もう一度と唇が頬に触れた。
そのまま髪に寄せられる葉月君の吐息。


頭がショートした。





ああいうことはね、ちゃんと自分の気持ちを表明してからするものなの!!


まだ・・言ってなかったか。忘れてたかもしれない。
忘れてた?携帯やお財布みたいに言わないでよ。


・・・好きだ。
・・・そう。


お前は?
まぁ。


まぁ・・何だ?
自分は忘れてたくせに!しつこいっ



そんなこんなで、私はこれからも王子様のお世話をする羽目になったのだ。




















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