first kiss










「あ〜、鬱陶しいなぁ。」



屋上に出たら火原先輩の呟きが聞こえた。
何事かと窺えば、頭をガシガシとかいてる後姿があった。



「火原先輩、どうしたんですか?」


「え?あ、ちゃん!」



背中から声をかけた私を振り返ると、一瞬で笑顔イッパイになった火原先輩。
あんまり嬉しそうな顔をするから私のほうが照れてしまう。
勝手に緩んでしまう自分の頬も気恥ずかしく思いながら先輩の隣に並んだ。



「なにかあったんですか?」
「なにって」


「さっき鬱陶しいって。」
「ああ、髪だよ。髪。なんか伸びてきて目にかかってきてさ。
 切りに行けばいいんだけど、なんかヒマがなくて。」



言いながら先輩は少し長めに伸びた前髪を引っ張って見せた。
確かに、ちょうど邪魔になる長さかもしれない。



「今から行けば切れるんじゃ、」
「ダメだよ!」



今日はオケ部の練習もないしと提案しようとした途端、ビックリするぐらいの勢いで否定されてしまった。
言葉が出なくなった私の顔を見て、火原先輩が焦って説明を始める。



「ちがうんだ、その・・・確かに今日なら髪も切れそうだけど。なんていうか、もっと大事なことがあるっていうか。」
「大事な用事があるんですか?」


「そ、そうだよ!髪を切るより大事なことがあるんだ。」
「そうなんですか。じゃあ・・・あまり引き止めてもいけませんね。私・・帰ります。」


「待って!ちゃん、違うって!」



用事のある先輩を引き止めてしまったのかと、一歩後ろに下がった私の肩を火原先輩が掴んだ。
大きな手に肩を掴まれ驚く私の表情に、また火原先輩が慌てる。
ゴ、ゴメンと掴んだ手を離すと困った笑顔を浮かべ、ズボンのお尻で手のひらを拭う。



「違うんだ。あのさ、大事な用事は・・・その・・ちゃんだから。」
「え?」


「空いた時間は君と過ごしたい!俺にとっては、すごく大事な時間なんだ。その・・・ちゃんといる時間が・・ね。」



段々と語尾が小さくなって俯き加減になる火原先輩。
そんな火原先輩の様子を見ていたら私の胸も温かくなってきた。


だって私にとっても火原先輩と過ごす時間は大切な時間。
でも先輩は三年生だし、勉強にオケ部も忙しいのが分かってるから我儘を言ってはいけないと思っていた。
さっきだって本当は『大事な用事がある』って言う火原先輩の言葉に内心ではガッカリしていたの。



「私も・・です。」
ちゃんも・・・そう思ってくれてるの?」



コクリと頷けば、少し頬を染めた火原先輩が嬉しそうに鼻の頭をかいた。





ふたり、ベンチに並んで座れば風が髪を撫でていく。
他愛ない会話の合間、ふと思いついてカバンの中を探った。



「あった!火原先輩、ちょっといいですか?」
「ん?なに?」


「髪、私ので良ければ結んであげます。」
「ええ?」



ちょっとした悪戯心も手伝って、火原先輩の返事も待たずにベンチに膝をつきポケットからクシを出す。
柔らかな火原先輩の髪に触れて少し顔を覗き込めば、緊張した面持ちの火原先輩が視線だけで何をするのかと訊いてくる。
それも可笑しくて、わざと何も言わず前髪からサイドの一部分をすくい、水色のゴムで髪を結んであげた。



「ハイ、これで鬱陶しくないでしょう?」


「う、うん。まぁ。」
「鏡、見ますか?結構、似合ってますよ。」



小さな鏡を出そうとポケットに手を入れた瞬間、思いもしない方向に肘を引かれて体が傾く。
傾いた先には火原先輩の頭があった。


突然のことに混乱する私をよそに、火原先輩は私のウエストを抱きしめて胸に顔を埋めてくる。
ベンチに膝立ちしている私は、片手にクシを持ったまま火原先輩に抱きしめられているという格好だ。



「せ、先輩!あ、あの・・」


ちゃん」
「は、はい?」



私、声が裏返ってる。
顎の下には柔らかな火原先輩の髪が触れるし、顔を上げれば屋上の入り口から誰が出てくるとも知れず緊張する。
先輩は顔を埋めたまま、くぐもった声で私に言った。



ちゃんが悪いんだ。俺に触れたりするから・・・我慢できなくなっちゃった。」
「先輩、」


「だって。俺・・ちゃんがダイスキなんだ。」



火原先輩・・・私も先輩がダイスキ。



私は恐る恐るだけど先輩の頭をそっと抱きしめた。
それに気づいた火原先輩の腕の力が強くなる。





ダイスキ。ダイスキ。ダイスキ。





言葉にしなくてもお互いが胸のうちで繰り返しているのが分かる。
ふっと緩められた力に私も腕をほどけば、恋する瞳で私を見上げる火原先輩がいた。



その瞳が段々と近づいてくるから目を閉じる。





風が火原先輩と私の髪を一緒にして撫でていった。





















first kiss 

2007.03.29




















コルダ短編TOPへ戻る