君のことばかり
再び春が巡って俺たちは三年生に進級した。
相変わらず俺はヴィオリン漬けの毎日。
去年と変わった事と言えば、いつも隣にはが居るようになった。
彼女も日々ヴィオリンと向き合い、この一年で驚くほどの上達を見せた。
持って生まれた才能というものがあるのなら、彼女はヴィオリンの神から愛された人間なのだろう。
俺は努力でしか進歩の望めない人間であることは重々承知しているから、
が傍に居ることで更に努力をしようという気持ちが強くなった。
彼女に恥じないように、そう思う。
「すごーい!いつ聴いても月森クンの演奏は素敵。なんか聞き惚れちゃった。」
「人のことを『スゴイ、スゴイ』と感心しているだけでは上達しないぞ。」
「そう?だって・・・本当にスゴイんだもの。」
言って首をすくめる仕草は屈託がない。
彼女は全く気負いがなく、俺に対するライバル心など欠片もないようだ。
同じ楽器を扱う上に恋愛感情があれば多少なりともギクシャクしそうなものだが、
常にがこの調子なので何となくうまくいっている俺たちだ。
だがのそれは誰に対しても同じ。
良いものは良いと素直に賞賛し、聴けたことを喜ぶ。
コンクール中も敵を作るどころか、先輩から後輩まで誰彼となく慕われてしまっていた。
そのせいで随分と頭を悩ませた俺だったが、先輩たちが卒業した今もそれは変わっていない。
「またか・・・」
思わず音として洩れてしまった呟きに苦々しく思う。
週末は王崎さん、昨日は志水で、今日は土浦。
と土浦は日当たりの良い窓際で肩を並べ、何事か話し合っている。
土浦が何か言えばが頷き、が何か言えば土浦が首を横に振る。
ちょっと笑って二人が肩をすくめる姿は似合いのカップルに見えないこともない。
「おっと。、月森だ。」
「え?それじゃあ、あの・・・ありがとね!」
「おうよ。役に立てず悪かったな。」
「ううん、参考になった。」
俺の姿に気づいた土浦の言葉にが慌てて会話を打ち切った感じだ。
怪訝な顔をする俺に明らかな愛想笑いを浮かべると意味深な笑みを残して俺の脇を通り過ぎていく土浦。
「土浦に何か相談を?」
「あ・・うん。その、ホラ・・・えっと数学の課題をね?」
「少しぐらいなら俺でも教えてやれると思うが?数学は普通科とも、そう変わらないだろう。」
「え?そ、そうね、次からは月森君に教えてもらうね。今日のところは解決したから大丈夫!」
土浦は『役に立てず悪かったな』と言ったはずだが?
正直言って、とても気分が悪い。
昨日も志水と話しこんでいたは俺の姿を見ると慌てて誤魔化した。
俺には話せないことなのか?
それは何だ?
考えるたびに気持ちがふさぐ。
自分でも嫌になるくらい人付き合いの苦手な俺は彼女とは正反対だと言ってもいい。
明るくて誰にでも好かれ、周囲に人の多い彼女。
そんなが何処に惹かれて俺を選んだのか今でも疑問に思うことがある。
ずっと考えていた。
俺が想うほどに彼女にとっての俺は価値がないんじゃないか。
俺は彼女が好きで、彼女の音楽を愛し、彼女を心から想っている。
二人の想いを天秤にかけたなら、きっと俺のほうが重いに違いない。
測れるものでもないものを考えるのは馬鹿なことだと思っても、遣る瀬無いような気持ちは拭えなかった。
もしも彼女が去っていったら、俺はどうやって過去の自分に戻ればいいのだろう。
「月森クン?」
「ん?ああ、なんだ?」
「何か元気がない気がして・・・どうしたの?」
「いや、何でもない。行こう。」
心配そうに覗きこんでくる彼女の視線を避けて歩き出す。
俺は一秒でも長く君の傍にいたい。
だから不安は胸の奥に押し込んで隠してしまおう、そう思った。
その二日後だ。
エントランスで偶然、土浦に会った。
もともと気にいらない男だが、彼女に一番近い男として更に身構えてしまう。
なのに相手は笑顔を浮かべて近づいてきた。
「今日、誕生日なんだってな。オメデトさん。」
「何故お前が知っている?」
「おいおい、祝ってやったのにソレはないだろ?
が月森の誕生日だからって俺を半分脅すみたいに・・・ま、いいけどな。」
「が?」
「とにかく祝いは言ったぞ!じゃあな。」
言うだけ言うと土浦は踵を返して売店に向かっていった。
その後も音楽室で王崎さんに「今日が誕生日なんだって?おめでとう!」と声を掛けられ、
続いて志水、冬海さん、天羽さん、果ては金澤先生にまで祝われてしまった。
共通しているのはに俺の誕生日だと教えられた・・・という事だった。
俺はを探して階段を駆け上り、約束していた屋上へと向かった。
「!」
「月森クン!?そんなに慌てて、どうしたの?」
どうしたのと訊かれて、何と答えていいものか言葉につまった。
今まで知りもしない女子生徒たちに「おめでとう」と祝われて困惑することはあっても、
同じ音楽の道を歩く人間に「おめでとう」と温かく祝ってもらったことはなかった。
ひどく気恥ずかしくて、それでいて嬉しかった。
そうやって仕向けてくれたのがだと知って、胸にくるものがあったのだが言葉に出来ない。
「何と言ったらいいのか・・・」
不思議そうな顔をしているの手元に視線がいく。
も俺の様子に気づいて「これね」と笑顔を浮かべた。
「お誕生日おめでとうは朝一番に言ったけど、これはプレゼントです!」
俺の目の前に綺麗な水色の包みを差し出して恥ずかしそうに頬を染める彼女。
そんな彼女の顔に見惚れながら包みに手を伸ばした。
「開けても?」
「もちろん。気にいってもらえるかは分からないんだけど。」
逸る気持ちを抑えて丁寧に包みをはがしていく。
は期待と不安をない交ぜにしたような表情で俺を見ていた。
包みの中には白い箱。
その白い箱を開けば、中には精巧なヴィオリンのブローチが入っていた。
「ヴィオリンか・・・」
「あ、あのね。男の人にブローチもないだろうとか考えたんだけど、すごく綺麗で気にいっちゃって。
月森クンならするかなぁとか、しなくても飾っといてもらえばいいかなぁとか。
とにかく何にしたら喜んでもらえるのか分からなくて、
ここ数日は寝ても覚めても月森クンのことばっかり考えちゃってて。
土浦君とか志水君にも訊いてみたりしたんだけど、なんかコレっていうのがなくて・・・
結局は私が気にいったブローチになっちゃったの。い、嫌なら返品してもいいよ?」
俺が口を挟む暇もないほどが一気に喋る。
それは彼女が緊張している証拠で、俺の口元は勝手に緩む。
「ありがとう。とても気にいったよ。」
「本当?」
パッとの顔に花のような笑顔が咲いた。
つまらない嫉妬や不安を俺が感じていた同じ時に、君は俺のことを想ってくれていた。
俺のことばかりを考えていたという君が・・ただ愛しい。
「、これを襟につけてくれないか?」
「喜んで。」
は嬉々としてブローチを俺の襟につけ始めた。
目の前で君の前髪が揺れて、柔らかな甘い香りが俺を包む。
「はい、つけました!」
その言葉と同時に目の前の愛しい存在を抱きしめた。
俺も君のことばかり考えているんだ、いつも。
君のことばかり
2007.03.18執筆
お誕生日おめでとう、月森クン♪
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