午後のひととき
の集中力には感心するものがある。
まず・・良く喋る。
自他とも認める話下手の俺に対しても怯むことなく話し続ける。
俺はというと「そうか」とか「ああ」しか言えないのだが、彼女は全く気にするふうでもない。
それどころか俺が戸惑っていることも気付かず、楽しそうに喋り続けていたりする。
つまりは自分が話すことに集中していて人のことを見ていない。
好きなものを食べている時も同じだ。
黙々と食べては一人で感激したり感想を言ったりしている。
すべて口にしてから、やっと呆れた俺の様子に気付きお愛想笑いを浮かべたりする。
買い物に付き合っても同じ。
夢中で見ているうちに俺を忘れて行方不明になるのはの悪い癖だ。
の傍にいると頭の痛いことも多々あるが、それはそれで楽しいのだと思う。
今日は今日で練習を見て欲しいと頼まれた。
普通は同じ楽器を扱う者はライバルだし、練習を見てくれなどと容易く口にできるものではない。
けれどは屈託なく俺に頼んでくる。
の音を聴くのは好きだし、
特別な感情があるゆえに甘くなってしまう自分に呆れつつも付き合ってしまう俺だ。
「そこ、シッカリ弦を押さえて」
「えっと、はい」
ここでもの集中力が発揮される。
もともと素質があったのだろう。飲み込みが早い。
技術、表現力共にまだまだ物足りないが、彼女が努力を続ければ高みも望めると俺は思っている。
特に言うこともなくなって、ヴィオリンを弾く彼女の姿を窓を背にして眺めていた。
背中から射し込む光りに照らされて彼女が白く輝く。
とても優しい風景だ。
音楽にのめり込む彼女を見ているのは嫌いじゃない。
ただ少し嫉妬してしまいそうになることがある。
君の瞳が俺を映していない。
ヴィオリンに向かっているんだから当然だ。
そんな当たり前のことが分かっていて君の瞳が俺を映さないことを寂しいと思ってしまう。
俺にも集中してくれればいいのに。
思ってから急に恥ずかしくなった。
「月森クン、どう?」
「ん?ああ。いいと思う」
の顔が見られなくて、目を逸らす。
不自然にならないよう窓に向かい開けようとしたら、背中から拗ねたような声がした。
「ちゃんと聴いてなかったでしょ。もう、すぐに他のこと考えてるんだから」
「そんなことはない」
音は確実に拾っていた。
反論しようと振り返れば、悪戯っぽい笑みを浮かべたが頭を下げる。
「たまには私にも集中してください。お願いします」
驚いた。
俺が考えていた事と丸っきり同じ。
あ然として言葉も出ない俺に、顔を僅かに上げたが片目で俺を窺う。
だが俺の困惑に慌てたのか、直ぐに体を起こすと「冗談、冗談」と大げさに手を振った。
頬が赤い。
言ってはみたものの、急に気恥ずかしくなったようだ。
可笑しくなった。
お互いが自分を意識して欲しいと思っているなんて。
「な、なんで笑うの?」
抑えることのできない笑みを手で塞ぐと、が怪訝な顔で訊ねてくる。
「いや・・」
「なに?」
「俺たちは大丈夫だと思って」
「へ?」
きょとんとするが可愛い。
お互いが求め、追うのならば大丈夫だと思う。
この先も、きっと俺たちは離れずに歩んでいけるはず。
手を伸ばし、目を丸くしているの頬に触れた。
さあ、ここからは俺に集中して。
午後のひととき
2009/05/04
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