うららかな恋
バスが心地よく揺れる。
窓からの陽射しは柔らかくて暖かい。
ついでに俺の肩も温かい。
それにしてもマイッタなと思いながら窓の外ばかりを見ている俺。
流れていく車窓のガラスには俺の肩にもたれて眠っているの姿が映っていた。
今日は王崎さんに頼まれて幼児の音楽教室にゲストとして参加した帰り。
いつもなら歩いて帰る俺たちがバスに乗っている理由だ。
昨日は遅くまで苦手な英語の試験勉強をしていたというは、
始めこそ良く喋っていたが段々と静かになった。
あくびを噛み殺す仕草に「寝てていいぞ、起こしてやるから」と言ったのは俺だ。
だが、こんなにも思いっきり寝るとは考えもしていなかった。
安らかな寝息をたて、コツンと俺の肩に頭を預けてきたのは偶然だ。
突然のことに焦る俺のことなど知らずに、はネコみたいに頭を擦り付けて自
分が楽に眠れるポジションを探す。
そして肩から鎖骨の辺りに落ち着くと、またスヤスヤと眠り込んでしまった。
「勘弁してくれよ・・・」
まだ十五分はバスに乗っていなくてはならない。
無意識とはいえ、これほど無防備に男の肩に頭を預けて寝てしまっていいのだろうか。
前の座席の窓から風が吹き込んでくるたびに柔らかな髪が咽元をくすぐり、おまけに甘い香りが自分を包む。
意識を別に向けるため暗譜した楽譜を思い浮かべてみたり、更には数学の公式を唱えてみたりしたが効果がない。
それよりもコイツを他の男とバスに乗せるのは危険だとか、
起きたら無防備すぎると注意した方がいいかなんて考えてしまう。
ったく、人の気も知らないで。
こんな状況じゃ、何をされても文句は言えねぇぞ。
何を?何をって・・・
そろそろと視線を窓ガラスから自分の肩に下ろせば、の唇があまりに近くてギョッとする。
慌てて窓に向かうと赤面した情けない顔の俺がいた。
なに、やってんだか。
溜息しか出ないが、いつの間にか口元が自然と緩んでいた。
初めて感じる想いの名前を最近知った。
のことを考えるだけで胸が騒ぎ、共にいれば楽しくて時間を忘れてしまう。
少々愛想が悪くても、気の利いた話なんか出来なくても、いつも笑って傍にいてくれるコイツの近くはとても楽だ。
会えない週末をツマラナイと思い、週明けの交差点でを見つけた時の嬉しさを思えば・・・答えは一つしかなかった。
恋、・・・か。
『土浦君、音が変わったね。
なんていうか・・・とても柔らかくて優しくなった。恋でもしたのかな?』
王崎先輩の鋭さに内心で舌を巻きながらも「まさか!」と誤魔化したが、聴く人に聴かせればバレバレなんだろうな。
なら、コイツは?
の音は人柄もあるんだろうけど、もともと優しくて温かなものだ。
ここ最近は練習の成果もあるのか、音に艶も出てきて表現力が豊かになった。
だが朴念仁の俺にはそれが心境の変化なのかなんて分かるはずもない、サッパリだ。
奏でる音で想いを知ることが出来るのなら知りたい。
そうすれば迷わず俺も想いを告げる。
あまりに居心地がいい『友達』という関係を壊してしまうのが怖くて、
俺は自分に芽生えた『恋』という感情を持て余しているんだ。
道路に段差があったのか、バスが少し跳ねた。
俺の肩にかかる重みが身じろぎし、ゆっくりと伏せられた睫毛が上げられていく。
「ん・・・」
「おはようさん。やっと起きたか?」
「へ?えっ、あ・・土浦君?ゴメン!」
は半分寝ぼけている頭を起こしてから、さっきまでの状況に気づいたらしい。
ハネてもいない髪を手ぐしで直してみたり、口元を押さえてみたりと挙動不審だ。
その仕草が可笑しいやら可愛いやらで笑ってしまった。
「心配するな。ヨダレもくってなかったし、寝言やイビキも聞こえなかったから。」
「ほ、本当に?」
「と、言うことにしておいてやるよ。」
「ええッ!な、何をしたの私?ね、何?」
真っ赤になって詰め寄ってくるコイツが可愛い、愛しいと思う。
やっぱ無理だろ。
こんなに好きだと思えるヤツを他の誰かのものにされるなんて真っ平だ。
なら俺自身が手を伸ばすしかない。
友達という大事なものをなくす怖さに勝る想いがあるんだから。
「冗談。けどな、一つ言っとく。お前、俺以外の男の肩で居眠りなんかするなよ?」
キョトンとする、。
だが俺は続ける。
「心配だし・・・俺が気に食わないから。」
え?と首をかしげたが、次には一瞬で赤くなった。
俯いてワタワタとスカートの裾を直したりしていたが、膝の上でギュッと拳を握り小さく呟く。
「そんなの・・・土浦君以外にするわけないじゃない。」
今度は俺が絶句する。
うららかな午後。
窓の外は光りに満ちて輝いていた。
「うららかな恋」
2007.01.24
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