mine
「ちゃん!今、帰り?あのさ、これ見て?ココ、新しいアイスクリーム屋さんが出来たんだって。」
「あ、知ってます!でも場所は聞いてなくて・・・公園の脇なんだ?」
「そうそう。ね、一緒に行かない?」
近づくにつれて明瞭になる会話に自然と眉間の皺が深くなる。
火原先輩の後ろから近づけば俺に気づいたが顔を上げて微笑んだ。
つられたように火原先輩も振り返る。
「あ、土浦も一緒にどう?それとも甘いものは苦手?なんか嫌いそうな顔してるよね。」
「別に。よほど甘ったるいものじゃなければ食べられますよ。けど・・・」
「じゃあ、決まり!ちゃん、今から行こうよ!」
あのなぁ。
人の女を気安くちゃんちゃんと連呼したうえに俺の目の前で誘うか、フツー。
たまたまと約束してたから良かったものの、
もしも俺がいなかったらをつれて二人で食いに行ってたに違いない。
「あの俺たち・・・」
「コンクール終わったら話す機会も減っちゃって寂しいんだよね。だからさ、ね。行こう?」
俺から見ても人懐っこくて好感の持てる火原先輩の笑顔に、が目で訊いてくる。
行ってもいいよね、ってな。
俺は溜息をつきながらも頷くしかない。
がアイスクリーム好きなのは知ってるし、火原先輩にお願いされて無下にできる奴じゃないからだ。
貴重な部活の休みに先輩つきかよと内心で愚痴りながら三人が並んで歩き出した。
だが直ぐに俺は後悔することとなる。
お喋りで明るい火原先輩の顔はの方を向いたまま。
俺が口を挟む隙間もなく二人の間に会話が弾む。
が時々は俺を気にして話を振ってくれるけど、口下手の俺はうまく会話に乗れない。
楽しそうなの笑顔を見つめながら考える。
俺といる時のって今より静かだ。
ニコニコしながら俺の話を聞いて相槌を打ってくれる。
つまんない話でも声をたてて笑い、俺が話しやすいような雰囲気を作ってくれるんだ。
なんか・・・俺に合わせて無理してるんじゃないよな。
思ってから軽く頭を振る。
駄目だ、駄目だ。
んな後ろ向きに考えるのは俺らしくない。
は俺を選んだはずだ。
コンクールの後、俺のためだけに奏でてくれたヴァイオリンの音色は忘れちゃいない。
だが俺は自分の想いを直接的な言葉にしなかった。
気恥ずかしくて遠まわしに想いを告げたんだ。
は分かってくれたんだと思う。
だからこそ、こうやって二人で過ごす時間が増えたんだが・・・何かが足りない。
色々と考えた末に辿りついたのは、俺がを好きだって事が他に伝わってないって事だ。
そして俺自身が事をハッキリさせなかったゆえにの気持ちに確信がもてないという状況に陥っている。
の中の俺たちが『友達以上恋人未満』だったとしたら。
クソ。コンクールが終わった時に『好きだ』とハッキリ言っちまえば良かったんだ。
あの日から二人で付き合っていこうと区切りをつけときゃ、今さら悩む必要もなかった。
悶々と考えているうちに公園脇の新しい店に着いた。
えらく派手な看板と店から溢れ出す女子高生に唖然とする。
開きっ放しになってしまった自動ドアの隣にディスプレイされたアイスクリームの見本を見て眩暈がした。
「こりゃ甘そうだな。」
「土浦クン、どれにする?」
「俺?ああ・・・ちょっとなぁ。コレを食うぐらいなら、隣の店でカフェラテでも飲みたいかな。」
「やっぱ土浦には無理?じゃあさ、俺とちゃんはアイス買うから、土浦はカフェラテを買っておいでよ。
で、一緒に公園の木陰で食べよう。いい?」
「ハイハイ。分かりました。」
じゃあ・・と、火原先輩はの背を押すようにして女子高生の波に加わっていく。
火原先輩とアイスクリーム屋に飲まれていくの背中を見送って、思わず溜息の出る俺だった。
店の前で少し待って、アイスクリームを手に店を出てきた二人と公園のベンチに向かった。
見るからに甘そうなアイスクリームを三段重ねにしたうえにトッピングつきで食べる二人。
見てるだけで飲んでいるカフェラテが甘く変化しそうだ。
火原先輩は本当に甘いものが好きらしく、それは幸せそうに食べている。
も先輩とアイスクリーム談議に花を咲かせて楽しそうだ。
「ちゃん、ラズベリー美味しそうだね。俺も迷ったけどブルーベリーにしちゃったよ。」
「ちょっと酸味があって美味しいですよ?」
「ホント?じゃあさ、俺のブルーベーリーと交換で味見させてよ?」
屈託なく火原先輩がの前に食べかけのアイスクリームを差し出した。
その時だ。
向こうから音楽科のブレザーを着た生徒が火原先輩の名を呼んだ。
先輩の視線がから逸れる。俺に迷う余裕はなかった。
アイスクリームを持つの手首を横から掴み、食べかけのラズベリーを一気に食いつくす。
は俺の突然の行動に言葉も出ないようで瞬きを忘れている。
掴んだ手首を離し唇を舐めながら目があえば、一瞬でが真っ赤になった。
「あれ、ラズベリー・・・」
友人から視線を戻した火原先輩が消えたのラズベリーに驚いている。
そして何とはなしに俺に視線を向けて「あ・・・」と小さく言った。
「口の端にラズベリーがついてる!あ、ちょっと・・・え?なに、それ!」
アイスクリームを手に立ち上がらんばかりの勢いで訊いてくる火原先輩と益々赤面する。
だって許せないだろ。
自分が好きな奴のアイスクリームを俺以外の誰かが食べるなんて。
「なんで土浦がちゃんのアイスを食べちゃうんだよ!」
「先輩。それ、俺のですから。」
「え?」
「は俺の・・なんです。」
「俺の・・・俺のって、土浦のってこと?ちゃんが?」
俺は見ていた。
火原先輩に尋ねられたが沸騰するほど顔を赤くしながら僅かに頷くのを。
口の中に残るラズベリーが急に甘みを増した気がした。
mine
2007.02.22
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