andante(アンダンテ)










土浦君と付き合い始めて三ヶ月。
なんというか・・・恋人同士というよりは男女を越えた親友みたいな私たち。



「甘さなど欠片もないね。体育会系のノリ?」



天羽さんに冗談半分でからかわれたけど、あながちハズレじゃない気がする。



「悪りぃ。待たせたな。」
「有り得ないくらい遅いよ。10分につきアイスクリーム一段で、二段重ねを奢ってもらうわよ。」


「は?なんだ、そりゃ。コンビニのソフトクリームぐらいで我慢しろよ。」
「絶対、無理。」



肩をすくめた土浦君が溜息と一緒に頷く。
ヤッタ!タダでアイスクリームだ。



「トッピングもいい?」
「その分は自分で払えよ。」


「ケチ」
「どっちが!」



ふたり、肩を並べて歩く。
今日は土浦君のお母さんに譲ってもらったチケットでミニコンサートを聴きに行く。
こうやって時々は休日にも出かけたりして、それなりにデートらしきこともしている。


だけど相手は土浦君。
向こうも相手は可愛げのない私だと思っているかもしれないけど、擦れ違うカップルのようにはなれない。
指を絡め、今にもキスしそうなほど顔を寄せ合って歩く恋人たちを横目に想像する。



土浦君とあんな風に・・・



無理!ゼンゼン似合わない!
というか、天地がひっくり返っても有り得ない!



「おい、なに一人で笑ってるんだ?気持ち悪いぞ。」


「いやぁ、スゴイ想像したら笑えてきて。」
「なんだ?」


「私たちが普通の恋人同士みたいになったとしたらって。」
「こ・・恋人?なんだ、それ。普通って?」



信号待ちで足を止めた土浦君が頭をガリガリとかきながら眉を寄せる。
こういう話って本当は苦手なんだよね、分かってる。


付き合い始めだって「好きだ」とか「付き合って」とか明確な言葉はないままに、
何となくお互いが好きなんだろうな・・・みたいな感じで始まった私たちだ。



「ほら、向こうのカップルみたいに。」



視線で道路の向こう、同じく信号待ちをしている恋人たちを指す。
世界に二人だけが存在しているかのように見つめあい、指をからめて寄り添う恋人たち。



「あ、あれが普通か?違うだろう?」
「そう?」


「だいたい普通ってなんだよ。なんか基準があるのか?」
「またそういう難しいこと言う。理屈っぽいとこ、月森君と合うよね。」


「月森と一緒にするな!」



私が笑えば、怒った土浦君が乱暴に私の頭をグシャグシャとする。
大きな手の感触がくすぐったくて嬉しい。


やめてよと言い返しながら僅かな接触でも幸せを感じてしまう私は、やっぱり土浦君が好き。
甘いカレシにはなりそうもないけれど、それでも好きなんだから。



車が停まり、信号が青になった。
一斉に人々が歩き出し、スーツ姿の男性が持つカバンが私の体に当たった。
不意打ちでよろける私の肘を横から支える手。


スーツ姿の男性は振り向いて「すみません」と言うと、走って信号を渡っていった。



「大丈夫か?」
「うん、ありがとう。」



支えてくれたのは土浦君の手で、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
近い距離に驚いて俯けば、行くぞと肘を引っ張られた。


人の波に乗って信号を渡りきり、幅の広い歩道に入ったのに土浦君は私の肘を掴んだままだ。



「土浦君。」
「ん?」


「もう大丈夫だって。これじゃ、連行されてるみたい。」



自分の掴んだ肘に視線を落とし、ああ・・・という感じで手を離した土浦君。
離されても土浦君の感触が残る肘を無意識に擦る私の前に、今度は大きな手のひらが差し出されていた。



「なに?」
「手、」


「手?」



土浦君は片方の手をポケットに突っ込み、残った左手を私の前に差し出して他所を向いている。
意味が分からなくて聞き返せば、イライラしたように差し出した左手を上下させた。



「貸せって。」
「なにを?」


「だから、手だよ。」
「手って・・」


「お前の手だよ!俺が掴んどいてやる。」



理解が遅い私に苛立ちを隠しもせず、土浦君は返事を待たずに私の右手を掴んだ。
仕草は乱暴なのに、そっと優しく握りなおす温かな手。


一気に体中の血液が顔に集まるのを感じて言葉も出ない。
そんな私に土浦君がボソッと言った。



「俺たちは俺たちだ。andanteぐらいで行こうぜ。」



andante・・・歩く速さで。
そっか。私たちはandanteぐらいがちょうどいいのかもしれない。



「あ、アイスクリーム見つけた!」
「馬鹿。んなの、コンサートが終わってからだ。」


「ええ〜」
「そうじゃなくても遅れてるんだよ。行くぞ。ホラ、急げよ。」



土浦君は私の手をひいて、どんどんアイスクリーム屋さんから離れていく。
色気も何もなく引きずられるように小走りで土浦君に連れられていく私。



「さっきはandanteで行こうって言ったのに!」
「それとこれとは別だ。もう時間がないな。走るぞ。」


「走る?」
「しっかり付いて来いよ。」





土浦君は楽しそうに笑うと、私の手を握ったままで走り出した。




















andante(アンダンテ) 

2007.03.31




















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