告白
時差に合わせた時計を確認し、見慣れない街角で人を待つ。
心細いといったらないはずなのに、どこかで弾む気持ち。
久しぶりに会う友達。
それも海外で会うなんて、ワクワクしてしまうのは仕方ないことだろう。
「!」
遠くから名前を呼ばれて顔を上げた。
知り合いなど皆無の街で、私の名前を呼ぶ人は彼しかいない。
「土浦クン、早かったね。」
「いくらここら辺は治安がいいって言っても、女一人を待たせてるのは危険だからな。
それにしても遠くまでよく来たな。歓迎するぜ。」
「こちらこそ呼んでくれて嬉しかった。ありがとう。」
土浦クンは素直に微笑むと、まずは飯でも食いに行こうぜと私を促し歩き始めた。
一年ぶりに会って、ますます精悍になったと思う土浦クンの横顔。
少し髪が伸びたかしらと思うけど、相変わらずピアニストとは思えない筋肉質な体をしている。
「なんか体操選手みたいね。ジムとか行ってるの?」
「まぁな。やっぱ体を動かしてないと落ちつかない。
お前は相変わらず細いな。ちゃんと食ってるのか?ヴィオリンを弾くのだって体力要るだろう。」
「私は土浦クンみたいなプロじゃないもの。」
「それでも続けているんだろう?」
「やっぱりヴィオリンが好きだからね。」
そうかと、土浦クンが嬉しそうに笑う。
私がヴィオリンを続けていることを会うたびに確かめるのね。
大学を卒業して普通のOLになると話した時も「ヴィオリンはやめるなよ」と強く言ったのは土浦クンだった。
「で、天羽は?」
「一緒にって誘ったんだけど、他に行きたいところがあるから別行動にしましょうって。
土浦クンに宜しくって言ってたけど、天羽さん何の用事があるのか教えてくれなかったのよ。」
「ふーん。」
「土浦クンから『こっちに寄らないか』ってメールが来るまでは、一緒にまわる予定を組んでたのに変でしょう?」
「天羽のヤツ・・・昔っから鋭いからな。」
「なに?」
「いや。言っとくが、俺は女が喜ぶような洒落た店は知らないからな。」
土浦クンが「此処だ」と親指でさした店は趣のあるレンガ造りの小さな店だった。
彼の後ろについて重たい木の扉を押せば、直ぐに軽やかなジャズが聞こえてきた。
「素敵ね。」
「だろ。軽く食べながら酒も飲めるし、俺のお気に入りなんだ。」
中は当然のことながら外国人ばかり。
向こうからすれば私が外国人なのだろうと気後れするが、土浦クンの慣れた雰囲気に安心する。
席につくとメニューも見ずに、あれやこれやと説明してくれて注文までしてくれた。
「すごーい。土浦クン、英語ペラペラなのね。」
「お前なぁ・・・拠点がコッチなんだから嫌でも喋るしかないんだよ。」
「そうよね。でも尊敬しちゃう。」
「そりゃどーも。」
高校卒業と同時に海外へ留学してしまった土浦クンとは長く友人関係を続けてきた。
帰国するたびに連絡をくれるから、一年に一回は顔を会わせていたけれど、彼の本拠地である海外で会うのは初めてだ。
異国にも馴染んでいる土浦クンがやけに落ち着いて見えて不思議な感じ。
暫くすると土浦クンが選んでくれた軽いアルコールがきて乾杯した。
そこから会わなかった間の近況をお互いが披露しあい、話が弾む。
「他の奴らは元気か?」
「ウン。志水君と冬海ちゃんは院生。この前、二人にバッタリ会ったけど元気そうだったな。
火原先輩は地元のプロオケで頑張ってて、定期公演にはチケットを送ってきてくれるの。
柚木先輩には会ってないけど、火原先輩が『相変わらずだ』って言ってたなぁ。
あと、月森君とはわりに会うかな。」
「へぇ。」
「先週も王崎さんに誘われてヴィオリンコンサートに参加したんだけど、
月森君も来てた上に一緒に弾こうって言われて焦っちゃった。
だってソリストとして名の売れた月森君と一緒になんて・・・ありえないでしょう?
なのに『俺と一緒じゃ嫌なのか』って怒り出すし。で、仕方なく恥をかきました。」
「ふーん。」
自分で他の人の近況を訊いておいて、月森君の名前が出た途端に不機嫌そうに顔をしかめる姿が可笑しい。
若手の音楽家として、将来的には二人で組むこともあるだろうにと考えただけで笑ってしまいそうだ。
「何、笑ってるんだ?」
「いや。相変わらずライバルなのかなぁと。」
「そうだな。アイツにだけは負けたくないと思うぜ。」
「勝敗のつくようなものでもないでしょう?もう、土浦クンは相変わらずね。」
「それだけじゃないからな。離れてる分、俺は不利ってもんだろ。」
「離れてる?なに・・・日本から離れてるってこと?」
「まぁ・・な。」
私から見れば海外で活躍している方が凄いように思うのだけど、土浦クンは月森君と同じ日本で活躍したいのかしら。
土浦クンだって帰国したら引く手数多の人気者になると思うんだけど。
「で、お前は仕事の方はどうなんだ?ちゃんとOLできてるのか?」
話題が変わり、私は自分の話をした。
土浦クンは時々茶化しながらも相槌を打って私の話を聞いてくれる。
楽しい時間。
まるで高校生の頃に戻ったみたい。
「近くのファーストフード店で、よくこうやって話したね。」
「ん?ああ、高校の頃か。そうだな。」
コンクールが終わった後も、卒業するまで一番仲良く出来た男のコだった。
いろんな事が話せて、たくさん相談に乗ってもらった。
そこで告げられた土浦クンの進路が私に相談されることはなかったけれど。
「あれから六年か。歳をとるわけだ。」
「バーカ。なに年寄りじみたことを言ってんだ。」
「あら。私の友達なんか、去年結婚して今年はママになるんだから。」
「そうなのか?」
「いいよねぇ。羨ましい。」
少しアルコールがまわってきたらしい。
各テーブルに置かれたランプの明かりが温かく、ジャズの調べは心地よかった。
「は・・・誰か相手いないのか?」
「いたら天羽さんと旅行したりしません。彼と行くわよ。」
「なるほどな。」
「土浦クンは?」
「今のところはピアノが恋人だな。」
ブッと噴き出せば「笑うところじゃないだろ、この酔っ払い!」と怒られた。
だって笑えるの。
土浦クンに恋人がいないって知って、少しホッとした自分が可笑しくてね。
ずっと昔に忘れたはずの恋心も、あなたを目の前にしたら過去の引き出しから顔を出すのよ。
友達でいようと決めたのに諦めが悪いでしょう?だから可笑しいの。
「駄目、久しぶりに飲んだから酔っちゃったわ。もう帰るね。」
もう?と、土浦クンが眉を寄せる。
そういう表情をしてくれると嬉しいわ。
だからね、ここらへんで別れておくのがいい。
これからもずっと土浦クンに呼んでもらえる友達でいたいもの。
「えっとお勘定を」
「いいよ、今日は俺の奢り。去年、お前に日本で奢ってもらったからな。」
「記憶力がいいのね。じゃあ、お言葉に甘えて。ごちそうさまでした。」
「おぅよ。」
奢ってくれた土浦クンに頭を下げ、店を出れば新鮮な空気が髪を撫でていく。
国が違うだけで風も音も違う気がする。
そこで独り立つ彼は自慢の男友達だ。
「じゃあ、ここで。」
「待てよ。」
ホテルまではタクシーで帰れるだろうと別れを告げれば、至極真面目な顔をした土浦クンに引き止められた。
本来は優しい彼のことだ。送ってくれるのかと期待が頭を掠める。
だが実際の言葉は私の予想など遥かに超えたものだった。
「ここからなら俺んちの方が近い。俺んとこ、来いよ。」
数秒は言葉が出なかった。
意味を図りかね、うまく回らない頭で考える。
「土浦クンちって・・・もう遅いし。」
「俺は独り暮らしだから遅くたっていいぜ。」
「で、でも、天羽さんが待ってるし。」
「ホテルに電話しときゃいい。」
「電話って、でも・・・」
「俺んとこ泊まればいい。明日、ホテルまで送ってやるよ。」
土浦クンの言葉に瞬きを忘れた。
海外で久しぶりに再会した私たちの間には友情しかないはず。
私が同性ならまだしも、気軽に「ウン」と言えるはずもない。
「な、なに言ってるの。夜通しで話でもするつもり?」
「ああ。それでもいい。」
「それでもいいって・・・私だって一応は女なんだし。」
「そうだな。」
「・・・まさか、土浦クンって顔に出ないで酔うタイプ?」
「いや、酒にはめっぽう強い。
とにかく。
このままお前を帰したくない。」
土浦クンはニコリともせずに、まるで宣戦布告でもするかのごとく厳しい表情で言った。
困惑する私はとうとう言い返す言葉もなくしてしまう。
「他の野郎に奪われるのを指くわえて見てるのなんか真っ平ゴメンだ。
そんなことになるくらいなら、今の関係をぶっ壊してでもお前を手に入れたい。
だから帰さない。絶対に帰したくない。」
大きな手が伸びてきて両肩を掴まれた。
火照った体に土浦クンの冷たい手の感触がダイレクトに響く。
あ・・どうしよう。
思った時には、人が行き交う道端で抱きしめられていた。
いつも見上げていた大きな体。
その大きさは私を軽く包めるほどだったのね。
初めて聞く土浦クンの鼓動に泣けてくる。
「」
搾り出すような土浦クンの声と不器用に髪を撫でてくる優しい手。
この告白を拒絶する理由など見つけられない。
でもね、ヒトコトは言っておきたい。
「もっと早くに言ってくれれば、独りで旅行してきたのに。」
悪りぃ、と小さく呟く人の背中が安堵に揺れる。
その愛しい背中に私もそっと手を伸ばして抱きしめた。
告白
2007.06.23
夏の拍手版をssにしてみました。
Happy Birthday つっちー☆
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