ぴあの
鍵盤に触れる土浦クンの指は、驚くほど優しい。
上背もあるし、なんていうか厳しい顔つきをしているからか、何もかもが荒々しく見えるらしい彼。
だから初めて彼の演奏を見た人は、ほぼ全員が驚く。
そして繊細な音に惹かれ、酔い、感嘆の溜息をつく。
聴く人が変わっていく様子が、私は好き。
自分が演奏しているわけじゃないけれど、なんていうか誇らしい気持ちになるの。
そりゃ、まあ。一応は、カノジョだしね。
「!」
「はい?」
「用事が出来た。お前、先に帰っていいから。」
「はいはい。」
「じゃあな。」
冬海ちゃんと練習室の廊下を歩いてたら、嵐のようにやってきて一瞬で姿を消した土浦クン。
まるで怪物にでも遭遇したかのように怯えていた冬海ちゃんが気の毒なほどだ。
「ゴメンね、話の途中だったのに。」
「い・・いいんです。で、でも・・・いいんですか?」
「なにが?」
「あ・・あんなに簡単で。その・・お二人は・・お付き合いしてるんでしょう?」
私は困ったように笑うしかない。
それは何度も色々な人から訊かれるのよ。
天羽さんなんかには『男同士の友情って雰囲気よね』とまで言われたほどだ。
「いいの、いいの。いつものことだから。」
「先輩・・・すごいですね。」
「なにが?」
「あの土浦先輩と・・付き合えるんですから。私だったら・・・怖くて。」
冬海ちゃんが小さく呟くのに笑ってしまった。
ここまで女のコを怖がらせて、どうなんでしょうかね。
土浦クン?
「はぁ?知るか。
俺は脅しもしてないし、手だって出したことはない。勝手に怖がるほうが悪いんだよ。」
そう言って、土浦クンはマグカップのコーヒーを口に含んだ。
ラフなTシャツ姿なら、少しは柔らかく見えるのにね。
髪だって少し寝癖が残ってたりして、それはそれで可愛く見えないこともない。
ひとりで笑って、土浦クンの部屋にあるCDから借りるものを選ぶ。
たまには俺んち来るかと電話がかかってきたのは、朝一番。
人の都合なんかお構いなしなところも、女のコにはマイナスよね。
あ、これいいかも。
CDに手をかけた時、後ろから土浦クンが髪に触れてきた。
「お前・・・シャンプー変えただろ?」
「ええ?」
クンクンと犬のように鼻を近づけてくるから焦る。
思わず耳元を押さえて振り返れば、悪戯っぽい目をした彼が居た。
「からかってるでしょう?」
「いや。いつもの香りと違うから訊いてみただけだ。変えてないのか?」
「・・・変えたけど。」
「ほら、みろ。」
正解者には、ご褒美だろ?
そう囁くと、大きな手が私の頬を包んできた。
こうなったら逃げられないことを私は知っている。
誰も知らない土浦クンがいる。
私だけが知っている・・・甘い恋人。
そっと触れるだけでは足りなかったらしい。
何度も繰り返されるキスに、くらくらしてきた。
無骨に見える手が、まるで鍵盤の上を滑るように優しく触れてくる。
髪を撫で、背中を抱き、頬を包む。
自分がピアノになったみたい。
ようやく満足したらしい彼に解放されて、腕の中で脱力した。
ご機嫌宜しく私を抱いたままCDの説明をされても頭に入りませんって。
「、これなんかお前が好きそうだぜ?」
人前では名前なんか呼ばないくせに、もう。
適当に相槌をうってたら『訊いてるのか?』って、後ろから頬にキスされた。
優しく優しく抱きしめて。
何度も何度もキスをする。
私・・・ずっと、あなたのピアノでいれたらいいな。
そう、思う。
ぴあの
2007.09.29
コルダ短編TOPへ戻る