過去の恋と比べるのは悪いと思う。
いや、恋と呼べる程のものではなかったんだろう。


それでも比べてしまう。
この胸のざわめき、甘い痛み、もどかしいほどの愛しさってのを。










               初恋の人










「土浦クン、見て見て。なんか眩しいほどに光り輝いてる!」
「当たり前だろ。値段見ろ、値段。」


「一、十、百、千・・・・」
「お前は小学生か?直ぐ見て分かれよ。」


「音楽の世界って、怖っ」



はガラスケースに納まったヴィオリンを見つめて溜息をついている。
言っとくが、自分が身を置いているのも『怖い音楽の世界』だぜ?


大物なんだか、能天気なんだか。
ライバルであるはずの月森を妬むでもなく、まるで師を慕うかのように教えを請おうとするところからも分かる。


純粋な好奇心と良いものは良いと思える素直さ。
は何でも在るがままを受け入れてしまう。


だから、だ。
こんな俺でさえ、すんなりと受け入れて『好きだ』と言ってくれた。



「目の保養は終了か?」
「くらくらしてる〜」


「じゃ、次は・・・」
「そりゃ甘いモノでしょう!」


「やっぱり、ソレかよ。」



が大きな瞳を期待に輝かせて頷いた。
俺を場違いな場所に連れて行き、居た堪れない思いをさせるのが相当好きらしい。
先週はクレープ屋に並ばされ、その前の週はアイスクリームだった。


他の奴に誘われたなら速攻で断るところだが、だから断らない。
不機嫌な顔は止めてくれと文句を言われながらも付き合ってやる。



「で、今日は何だ?」
「ワッフル♪土浦クン、ありがとね。」



嬉しそうに笑って、俺の腕に勢いよく掴まってくる仕草が可愛い。
舌打ちしながら満更でもなく、の頭を乱暴に撫でてやった。



隣での柔らかな髪が跳ねる。
俺を瞳に映しては、他愛ないことを話し続けている。
俺の名前を呼び、俺の言葉に笑う。


なぁ。
自分でも恥ずかしくなっちまうほど、お前を愛しいと思っちまうんだ。



初めて感じた胸のざわめきは、お前の弾く音を聴いた時。
初めて感じた甘い痛みは、偶然に触れたお前が何でもないように振舞った時。
初めて感じたもどかしいほどの愛しさは、意思を持ってお前に触れようと手を伸ばした時。



どれもこれもを知って、初めて感じた。



「ほら、ココ。」



に連れられてきた店には見覚えがあった。
そういえば中学の頃に無理やり引っ張られて来たんだ。
とは・・・別のコに。



「ここに入るのか?」


「そうよ。なんで?」
「ここってよ、中は女ばっかりだろ?店の中は狭いし男が入ると目立つんだよ。」


「なんだ、土浦クン来たことあるんだ。誰と?」



さらりと訊かれたのに、一瞬・・・俺は言葉に詰まってしまった。


の瞳が揺れた気がした。
だが、直ぐに笑顔を浮かべると「ま、いっか。」と歩き出す。



「じゃあ、やっぱりコンビニの肉まんにでもするかなぁ。」
「おい。」


「あ、北海道ソフトクリームもいいね。」



呼ぶのには前を向いて話し続けてる。
焦る気持ちのままに後ろから肩を掴めば、が笑顔をはりつけて振り返った。



「馬鹿」



思わずの額を軽く指でついた。
後ろに下がったが困ったみたいな顔をして額を押さえる。
その顔は笑っているのに、俺には泣きそうな顔に見えた。



「そんな顔するなよ。」
「思い出の場所に・・・ゴメンね?」


「思い出なんかねぇよ。」



ぶっきら棒に言っても、は小さく笑うだけ。
そんな顔をさせたいんじゃないのに。


を好きだと自覚する前、偶然に中学の頃付き合ってたコと歩いていたのに会ってしまった。
誰が面白がって噂するのか・・・は俺たちを見てピンときたようだ。


お節介な天羽から、が俺の過去を気にしていると耳打ちされたのは暫くたってから。



「昔のことなんか気にするな。」



口にするのは簡単だ。
だが俺だって、と月森の間に何かあったんじゃないかと疑っては焦燥感に苦しんでいた。
今でも俺を好きになる前、は月森に惹かれてたんじゃないかと嫉妬を感じてしまう時がある。


好きだから気になる。
何もかも、過去さえ欲しいと思ってしまうんだ。


気まずくなって俯いてしまったの手を掴むと歩き出す。
急に引っ張られたが驚きの声をあげるのも構わずに、ぐいぐい引っ張った。



「つ、土浦クン、どこ行くの?」


「たこ焼き屋。前にサッカー部の先輩に連れてってもらったんだが、ウマいんだ。」
「そ、そう。」



リーチの違い。
俺が本気で歩けば、は小走りになって俺の背中についてくる。
顔は見れないが、恥ずかしいからいい。
掴んだ手が小さくて温かいから、それでいいんだ。



「お前、初恋いつだ?」
「ええ?」


「初恋だよ。初恋。」
「な、なんで突然。」



躊躇う声に嫉妬が芽生える。
自分の心の狭さに苦笑して頭を振った。



「やっぱ、いいわ。訊くと腹が立ちそうだ。」
「なに、それ。」


「俺の初恋はな、」



無意識だろうけど、の手に力が入るのを感じた。
緊張してるだろ?だからこそ、しっかり聞けよ。



「お前だから。」



目の前の信号が点滅を始める。
ここで立ち止まるのは無理、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


俺はの手を引いたまま駆けだした。
どさくさに紛れてチラリと振り返った先には、信号みたいに真っ赤になってついてくる初恋の人がいた。





















初恋の人 

2007/10/30

ゲーム中、昔の女の話をされて酷く切なかった私です。




















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