すきだよなんて、今さらだけど










言わなきゃ。とにかく、はやく見つけて。
そればかりを考えて、土浦クンの姿を探していた。


皆で作り上げたクリスマスコンサートを終え、感情が昂っているのが分かる。
やり遂げた満足感と観客の歓声が私の背を押していた。


視界の隅を掠めた背中。
それは私がいつも見上げている彼の背中だった。


土浦クンは舞台衣装の上にコートを着て、美しく飾りつけられたクリスマスツリーを見上げていた。
周囲には他の生徒達もたくさんいるのに、私には彼の背中しか見えない。


私は足を止め、じっと彼の背中を見つめた。



いつからこんなにも好きになったんだろう。
ぶっきらぼうで手厳しくて、何度も泣かされそうになった。
音楽に対する姿勢は月森君にも負けないくらい自分にも他者にも厳しい彼だ。
彼の端的な言葉に傷ついたこともあったけど、本当の土浦クンはいつも優しかった。



『さっきは言いすぎた。悪りぃ。
 けどな、あそこを直したら何倍も良くなると思ったんだ。
 お前なら出来ると俺は思ってたし、実際に出来ただろ?
 最後は完璧だったぜ。俺も合わせてて気持ち良かったしな。お前、よく頑張ったよ。』



そうやって良いところを見つけては褒め、あの大きな手でグシャグシャと私の頭を撫でる。



、落ち込んでるんじゃないぞ。
 月森に言われたのが悔しいんなら練習だ。ほら、俺も手伝ってやるからさ。
 ついでに温かいコーヒーぐらい奢ってやる、だからンな顔するなよ。』



何かある度に、笑って渡される缶コーヒーは私の心まで温かくしてくれた。



気がついた時には視線が土浦クンを追い、彼の奏でる音に心が惹かれる。
長い指が楽譜をめくる仕草に鼓動が跳ね、考え事をしながら髪をかきあげる姿に胸がときめく。



彼が好き。
そう自覚してからは、天羽ちゃんにからかわれるほど私の態度は変だったらしい。


偶然に指先が触れただけで顔は沸騰するし、楽譜は落す。
彼が隣にいるだけで口が大きく開かなくなって、食べ物が喉を通らない。
今まで何を言われても軽く言い返せていたのに、急に口ごもるようになってしまった。


あの瞳が真っ直ぐ見られない。
見られないくせに、彼に会いたくて探してしまう。
ヴィオリンの音さえ変わってしまい、月森君に『君は感情に左右されるタイプだな』と呆れられた。


そんな私の変化を土浦クンが気付かないはずがない。
女のコの扱いは分からないとぼやいていた彼だけど、音には敏感なはずだ。


クリスマスコンサートの練習も追い込みに入った頃、土浦クンに言われた。



、その・・・まぁ・・なんだ。
 とにかく今はコンサートを成功させることに集中しようぜ。
 その後に時間はたっぷりあるしさ。まずは目の前にあることを片付けちまおう。』



土浦クンは笑って、そういうことだと私の頭を撫でた。
また茹でダコみたいになってしまった私だけど、彼に嫌がられていないことだけは分かった。



嫌がられてないだけでも嬉しい。
そう思ったら安心して、私は少しでも土浦クンに追いつけるような演奏がしたいと努力した。



そして今夜、長く練習してきたクリスマスコンサートは成功して幕を閉じた。





本当に好きだな、私。


ひとつ大きく深呼吸して足を踏み出せば、靴音に気がついたのか土浦クンがゆっくりと振り返る。
私の姿を見つけると、ホッとしたような笑顔を浮かべて近づいてきた。



「よぅ、お疲れ。お前、そんな恰好で出てきたら寒いだろう?」


「慌ててたから。それより土浦クンに言いたい事があって。」
「待てよ。」



ああ、止めないでよ。
心臓がせり上がってきそうなほど緊張しているの。
一気にこの想いを伝えさせてほしい。
じゃないと挫けてしまいそう。


でも、と動いた唇を土浦クンの人差し指が止めた。


途端に体温が上昇する私をよそに、土浦クンは自分のコートを脱ぎはじめる。



「風邪ひかれると困るからな。」
「土浦君、あの」


「あと、俺が先な。」



何がと思ったけれど、脱いだコートを私の肩にかけようとする土浦クンが近くて俯くしかない。
ふんわりと肩を包むコートの温もりを感じた瞬間、突然土浦クンに抱きしめられた。


目の前は土浦クンのジャケットでイッパイ。
無地に見えていたジャケットに細かな織りの模様が入ってることが分かり、その近さに頭が混乱する。



「つ、土浦クン!」


「暴れるなよ。けっこう周りに人がいるの分かっててやってんだからな。」
「だって」


「お前は俺の胸に顔を埋めてりゃ人からは見えないだろ?俺の方が恥ずかしい。」



言って私の肩に顔を埋めるようにして更に腕の力を強くする。
そんな土浦クンの体が僅かに揺れる。



「な、なに笑ってるの?」
「ん?ああ・・・他人に抱き合ってるのを見られるより、今の顔をお前に見られる方が恥ずかしいと思ってな。」



今の顔って、ちっとも見えないよ。
土浦クンの声だけが近くて、もう何が何だか。



「今さらなんだが・・・」
「う、うん。」



周囲で人の歩く気配や話す声が聞こえる。
居たたまれない思いで返事をすれば、土浦クンがボソボソっと私の耳元に囁いた。



「一緒だから。」
「え?」


「お前が俺に言おうとしてること。たぶん・・・俺も一緒だから。」





好きですなんて、今さらだった。


もうとっくに私たちの心は重なっていたらしい。
そう分かったら、ただ嬉しくて子供みたいに頷いた。
温かい胸に安心して頬を寄せれば、土浦クンの鼓動が優しいリズムで聞こえてくる。



後ろから「あ、ちゃんと土浦っ」という火原先輩の大声が聞こえてくるまで、
私たちは想いを確かめ合うように抱き合っていた。


















お題 すきだよなんて、今さらだけど

2007/12/17


なばなしく笑う人
がいをそっと呟いて
どかな時間の幸福
り道ついでに会いに来た
ぐいすみたいに歌う君
きたくなったら呼んでくれ
らめく青春を過ごす中に
きだよ、なんて今更だけど























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