ちゃんと好きだよ










コンクール中は偶然に会えば一緒に登校したり、車で送ってもらったりした。
断わっても凍りつきそうな作り笑顔で「そんなに僕が迷惑?」なんて言うものだから逆らえず、
おかげで先輩の親衛隊に目をつけられ散々な目にもあった。
あれは柚木流の自ら手を下さないイジメなのだと本気で思っていた。



「イジメだって?酷いじゃないか。俺がどれだけ苦心してお前の時間に合わせてやっていたと思うんだ?
 もうちょっと早く起きて出て来いよって、説教してやろうと何度思ったことか。」


「だから、この前プレゼントしてれたのが目覚まし時計だったんですか?」


「そうだよ。まぁ・・・こうなっては一緒に居られなくなってしまったからね、結局は無用だったということか。
 けど、デートの日には遅れるなよ?5分でも待たせたら俺は帰るからな。」



相変わらず俺様の柚木先輩が机に頬杖ついてニッコリと微笑む。
とてもステキな笑顔なんだけど言ってることが冷たい。



休日の図書館。
それも学校から何駅も離れた小さな図書館で二人は会っている。


こうなっては・・・とは、つまり『お付き合い』をするようになってからは表立って共に居られなくなった。
柚木先輩には背負うものがたくさんあって、私と付き合うのだって家に知られると大変なのだそうだ。


学内で会えば挨拶もするし、少しぐらいの立ち話はする。
けれどそれはコンクールに参加した後輩として親しく話している程度のものだ。



「ほら、早く解けよ。さっき説明したやつの応用だからな、5分でやれ。」
「5分?む・・・無理かも。」


「ふん、散々説明してやったんだ。出来なかったら・・・そうだ、ペナルティーを払ってもらおうか。」



ぺ、ペナルティーですって?
先輩のペナルティーなんて、想像しただけで恐ろしいんですけど。



「な・・・なんです?」



恐る恐る訊ねれば、そうだな・・・と暫し考えていた柚木先輩が閃いたかのように微笑んだ。



「此処でお前からキスしてもらおうか。」


「ええっ!此処で?ど、どこに?」
「もちろん、ココ。」



柚木先輩が自らの唇をさした。


途端に頬が熱くなる。
唇にキスだなんて冗談でしょう?それも私から?だってまだキスなんてしたことがない。
この前だって混んだ電車の中で庇うように抱きしめられ額にキスされただけでパニックになっていたのに。



「すみません。他のに変更してもらうわけには・・・」
「無理だね。今から計るぞ。5.4.3....」


「5分以内にすませます!」
「そうかい?なら頑張って。ハイ、スタート。」



集中して数字と格闘を始めたら、途端に隣から柚木先輩が話しかけてくる。
どうも妨害するつもりらしい。



「俺が思うに、土浦は侮れない奴だな。負けん気が強い上に努力家だろう?
 おまけに女の趣味がイイ。、気をつけろよ?」


「は?何を?」
「お前の鈍さは笑えるな。土浦だよ。あんまり気安く近づくんじゃないぞって言ってるの。ハイ、1分過ぎた。」


「も、もう!話しかけないで下さいって!」



自らの綺麗な髪をもてあそびながら先輩は楽しそう。
まるで土浦君が私に気があるみたいな言い方をして動揺させるつもりらしい。
絶対に騙されないんだからと心して数字を睨んだ。



は誰にでも愛されるから心配だな。」



無視。顔さえ上げずに、さっきの解説を思い出しながら公式を当てはめていく。



「お前はいつも自由で、どこへ飛んで行ってしまうか分からない。」



えっと、ここに代入してと。



「だから惹かれるんだろうか。お前の・・何ものにも囚われないところが好きなのかもしれない。」
「できた!」



私の『できた』と先輩の『好きなのかもしれない』が重なった。
お互いがお互いの顔を見て唖然としている。


私は面と向かって初めて『好き』という言葉を聞かされて驚いたし、
柚木先輩は驚く私の顔を見て驚いたという感じだった。



「お前、なんて顔をしているんだ。」
「だって・・・今、好きって」


「好きじゃない。好きなのかもしれないと言った。」
「かも、・・ですか?」


「好きは好きに決まっているだろう?そうじゃなくて、」
「好きは好き・・・」



ずっと欲しかった言葉に私は感動していた。
コンクールの後、それらしい言葉は貰ったけれど『好き』だとは言われていない。
愛情が全くないとは思ってなかったけれど、何処かで柚木先輩の気持ちに不安も感じていた。


どうしよう。
嬉しくて、なんだか泣いてしまいそうだ。



「馬鹿、」



柚木先輩が小さく溜息をつく。
呆れられてしまったと俯いて滲んだ涙を拭っていたら、横から赤いペンが伸びてきて解いた数式に丸がされた。



「正解だ。時間も5分以内。ということで、俺からご褒美をやるよ。」



言葉と同時に頭を抱き寄せられ、こめかみにキスされた。
気が動転して顔を上げれば、あまりに近い距離に柚木先輩の瞳。



あ・・・優しい目だ。



思った時にはピントが合わなくなって、自然と目を閉じた。





「ちゃんと好きだよ」



欲しかった囁きは触れる唇の上で聞いた。




















「ちゃんと好きだよ」 

2007.02.19

「a Crayon」の春政様に捧げます。




















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