望むもの
昼休みの屋上。
たくさんの人がいる前でが俺に差し出したのは、見るからに不味そうな焼きそばパンだった。
「柚木先輩も、どうです?」
「いや・・僕は」
コイツ。この俺に勧めるのなら、もう少しマシなものにしろよ。
「あ、焼きそばパン!柚木、売店の調理パンって美味しいんだよ?」
「そうなんだ。」
屈託ない火原まで俺に勧める。
はニコニコと微笑んで、俺を見上げた。
「ひょっとして柚木先輩、食べたことないとか?なんとなく口にしそうにないですよね。」
「そんなことないよ。」
お前、俺に喧嘩を売ってるんだろう?
睨みをきかせてみたが人前なのを盾には強気だ。
「美味しいのにねぇ」と顔を見合せ微笑むと火原。
二人は俺の前で油でベトベトのラップをはがし「半分こしますか」「いいの?」なんて相談している。
傍目には付き合っているのかと勘違いされそうな二人。
屋上にいる生徒達が俺たちの様子を遠巻きに見ているのが分かる。
焼きそばをボロボロと落としながら二つに割ったパンを火原に差し出す。
分け合ったパンを手に二人が微笑みあうのが酷く気に食わなかった。
「いただくよ。」
俺はの返事も待たずに、ベンチに座る彼女の頭上から手を伸ばして焼きそばパンを奪い取った。
自分から吹っ掛けておいて瞳を丸くしているを視界の隅に、俺は口をあける。
この俺が外で、それも立ち食いする半分に割った焼きそばパン。
どうしてくれようと内心ムカムカしながら食べたパンは、・・・やっぱり不味かった。
「柚木が焼きそばパンを食べる姿、恐ろしいぐらい似合ってなかったよ。」
「そうかい?それにしても、あんまり美味しいものじゃないね。」
油でベタつく気持ち悪い手を洗っていたら隣で火原が笑った。
お前も勧めたんだろうと腹立たしいけど、火原に通じるはずもなく諦める。
その日のうちに俺が屋上で焼きそばパンを立ち食いしていたという噂は広がり、クラスメイトにからかわれた。
まったく。さて、どうやってに償わせようか。
俺はツマラナイ授業の間、そればかりを考えていた。
「い・・今からって、突然」
「いいから来い。涙が出そうなほど美味だった焼きそばパンのお礼をしてやるから。」
「け、結構ですって。たいしたものじゃないですし・・・」
「へぇ。その『たいしたものじゃないもの』を俺に食べさせた自覚はあるんだな。尚更、ついて来い。」
俺は逃げるの腕を掴んでタクシーに乗った。
そのままの格好じゃ見っとも無くて連れて行けないと知り合いの店で和装にさせた。
着物など七五三でしか着たことがないと信じられない事を口走るに呆れながらも口元が緩む。
慣れない姿で慣れない場所へ。
それが今回のお仕置きだからな。
「なかなかじゃないか。これを馬子にも衣装って言うんだ、覚えとけよ。」
「く・・苦しいです。」
帯の間に指を入れて顔をしかめる。
見た目は清楚な大和撫子だが、その仕草はイタダケナイ。
俺はの背中を叩き、姿勢や歩き方を伝授する。
半分泣きそうになってるには偽物の笑顔を浮かべ、綺麗だよと囁いてやった。
車の乗り降りさえ苦労していると共に訪れたのは老舗の料亭。
店の前に立つだけで他にはない雰囲気を感じたが俺を見上げて「帰りましょう」と訴えるが無視だ。
「も・・・本当に済みませんでした。二度と焼きそばパンを食べさせようとか不埒な考えは起こしません。」
「遅いよ、。ここの懐石料理は美味しいんだ。」
「そ、そんな無理です。食べたこともないですって。」
「何事も経験だよ。でも・・・俺に恥はかかせるなよ。」
ぐっと言葉に詰まったが青ざめた。
俺は気持ちよく暖簾をくぐり、女将に挨拶をする。
いつもは元気でお喋りなは猫の子を借りてきたような静かさだった。
と店を出た時には、星が輝いていた。
美味しいものを食したはずなのに、疲労の色を滲ませているが笑える。
「どうだ。いいお仕置きだっただろう?俺も甘いな。」
「・・・御馳走様でした。」
「次はフランス料理のフルコースにでも招待しようか?」
「い、いいですって」
が慌てたように顔の前で両手を振る。
いや、絶対に連れて行こうと胸の内で決定だ。
慣れない着物で歩かせるのは流石に酷かと車を拾おうとした、その時だ。
背中でがボソボソと呟くのを聞いた。
「私はファーストフード店とか、コーヒーショップでいいんです。柚木先輩と・・・そんな普通のとこに行きたい。」
思わず振り返れば視線のあったが一瞬で頬を染め、着物の袖で口元を隠す。
その仕草が思いがけず愛らしくて目を奪われた。
ああ、なるほどと納得した。
が俺に望んでいるのは・・・平凡な恋人たちの日常だったのか。
可愛い女だと思う。
馬鹿で、一途で、とても可愛い女。
「少し歩いて帰るか。」
「え?」
「手を繋いでやる。」
夜に伸びる道の先を見つめながら後ろに手を伸ばした。
僅かな間をおいて、おずとおずと重ねられてくる細い指。
その指を俺はしっかりと握った。
この道の先に俺達の望むものがあるかは分らない。
それでもお前となら歩いてみてもいい。
「手・・・汗かいちゃったら恥ずかしいな。」
「馬鹿。色気のないことを言うなよ。」
堪らない気持ちになって、と繋いだ手に口づけた。
この暗闇もお前となら怖くない。
望むもの
2007.08.23
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