「100万回の好き」 〜跡部編〜 おまけ












夏の合宿で『賞品』として跡部に贈呈されてしまった私に待っていたのは、苦難のカノジョ生活だった。



「なに、あのコ。超平凡じゃない」 ええ、ええ。自他とも認める平凡な私です。
「跡部様には不釣り合いだよね」 そうそう、同感です。それを奴に教えてやって下さい。
「どうして、あんなコがいいんだろ」 それよ、それ。私が知りたい。



ロッカーを開き、いつもの溜息が出る。
まったく記憶にない空のペットボトルが突っ込まれていた。それも三本ほど。


微妙な嫌がらせなのだが、まだ可愛いほうだ。
マメな人は一緒に嫌がらせの手紙まで添えてくれるのだが、今回はゴミだけ。
そんなものは分別してゴミ箱にポイすればなくなってしまう。



が、甘かった。



「やられた!」



空のペットボトルを取り出して気付いた。しまっていたジャージがない。
無駄だと分かっていても諦めらきれずに奥まで探ったが、無いものは無い。


これで三枚目。おまけに次は体育。
卒業するまでに何枚のジャージを買うんだろうと泣けてくる。


ロッカーの前で落ち込みモードに突入していたら、後ろからポンと頭を叩かれた。








放課後の部活。
私は痛い視線を感じながら黙々とマネージャー業をこなしている。
そこへ日向・忍足ペアがやってきた。



「またえらい可愛い格好して。うっかりトキメクところやったわ」
「なんだよ、ソレ。跡部の趣味か?」



胡散臭く微笑むオッシーと呆れたふうな岳クン。
私は自らの姿を見下ろし、大きな溜息をつくしかなかった。


私が着ているのは男物のジャージだ。
膝上ぐらいまで長さのある上着に、何重にも折ったズボン。
ウエストは安全ピンで留めてある。
そのズルズルブカブカのジャージの胸には『K.ATOBE』と名前が刺繍してあった。



「ジャージが無くなったの」
「またか。それなら次から俺に相談してや。俺のジャージを貸すからな」
「ズルいぞ、侑士。には俺が貸してやるって。俺のほうがサイズ近いぞ」


「ドウモアリガトウ」



棒読みでお礼を言う。
人の災難を面白がっている彼らに私の苦労など分かるまい。



「テメェら、なに呑気に話してんだ。さっさとコートに入れ!!」



向こうから怒鳴る跡部に、私たちは肩をすくめた。








『なんだ、また盗まれたのか?お前、とろいな』



教室で途方に暮れる私を見つけた跡部は、自分が原因であることを全く悪びれずに笑った。
アンタの取り巻きか、元カノでしょうよと喉まで出ていたのだが、続いた跡部の言葉に遮られる。



『俺様のジャージを貸してやるよ』



とんでもないと思った。胸には名前が刺繍してあるだろうし、どう考えても大きいだろう。
全力で遠慮する私に、跡部は綺麗な笑みを浮かべて有無を言わさない。



『なくなるたびに俺のジャージを着てりゃいい。そのうち盗む気もなくなるだろうぜ』



自信満々で跡部が言う。
つまりは嫉妬でジャージを盗んだのなら、更に嫉妬したくなる状況は避けたいだろうということらしい。
それはそうかもしれないけれど・・・もっとこう根本的な解決が必要だと思うんだよね。



、テーピング!」



宍戸に呼ばれて意識が引き戻される。
部活中に考え事をしている場合ではない。
ずり落ちてくるジャージをひっぱりながらテーピングしに走った。


その姿は目の毒だとか、もう少し牛乳を飲めなどと散々に言われて部活が終わる。
片付けと朝練の準備を終わらせ、後輩のマネージャーと明日の予定を確認して解散。
指先しか出ない長い袖で汗を拭い、やっと一息ついた。



さて、着替えて帰るか。



「おい」



呼ばれて振り向けば、倉庫の壁に背中を預けた跡部がいた。
部活中は完全な部長として接する跡部だけど、終わると違う。
彼なりに公私を分けているつもりらしいのだが、これが曲者だ。



「ちょっと来い」
「いや・・・これから着替えようかなと」


「着替えなくていいから来いよ」



闇が迫ってきた中で、跡部の蒼味がかった瞳が煌めいて見える。
頭の中で警報が鳴り始めた。こういう雰囲気はヤバイって。



「早く帰らないと」
「・・・来い」



背中を浮かせた跡部。
私が行かなければ、跡部が来る。
分かりきった図式の中で、私は警戒しながら一歩を踏み出した。



「なにビクビクしてやがんだ?」



可笑しそうに笑う跡部が恐ろしい。
そう、恐ろしいんだって。本気で。



「だ、だって」



不意に風が吹いた。
足元の土埃が舞い上がり、咄嗟に顔をしかめて目を閉じる。
同時に体が勝手に傾いた。


もちろん風なんかのせいじゃない。
腕を引っ張られて鼻先から突っ込んだ先は温かな胸。
自分ではない濃厚な香りにふんわりと包まれて身が強張る。



「まだ慣れないのか?」



耳元で囁かれ、頬に熱が集まってきた。


こんなの慣れるわけがない。
優しく、温かく、あやすように触れてくる跡部なんかに慣れるわけがないじゃない。


恥ずかしくって胸を押す。
素直に解かれた腕に安堵して視線をあげれば、目前には煌めく瞳があった。


学習能力のない自分が嫌になる。
直視できない輝きに目を閉じれば、それは許したことになるのに。
何度目とも数えられなくなった唇を受け止めてから、自分の間抜けさに気づく。



「好きだ」



吹いてくる風に乗ったような囁き声。
100万回でも言ってやるといった言葉は今も続いている。
甘い囁きは目に見えない鎖と同じ。
言葉は私を縛っていく。


ジャージが何枚なくなろうと、誰かれとなく陰口をたたかれようと。


根本的な解決・・・カノジョをやめますって
言いたいのに、言えない。



ふたたび抱き寄せられても、私には逃げる気力が残っていなかった。





翌日、プールに浮かぶ私のジャージが発見された。
水死体のようにはなっていたが、新しいのを買う前に発見されて嬉しかった。


大喜びの私を横目に、謎の呟きと共に跡部は溜息をつく。



「あれはあれで気にいってたんだが・・・」



のちにズルズルのジャージを着た私の姿をちゃっかり携帯に収めている跡部を知った。




















「100万回の好き」 〜跡部編〜 おまけ 

2010/01/24
リクにお応えして




















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