million Hit企画 
「100万回の好き」 〜跡部景吾編〜












爽やかな風に背を押されながら走る。
目についた植木の陰に逃げ込み、とりあえず息を整えた。
草の陰から僅かに頭を出し周囲を探る。


よかった、誰もいない。


ホッと息を吐き、草の上に腰を下ろす。
落ち着いて遠くを見れば、都会にはない瑞々しい緑が溢れていて気持ちがいい。


こんなところで、何故に隠れなければいけないのか。
考えただけで馬鹿馬鹿しくなるのだが、恐ろしい罰ゲームを逃れるためにはやるしかない。



『合宿最終日のメーンイベント、鬼ごっこや
 つかまった奴は鬼になっていくルール。最初の鬼だけ、ひとり捕まえたら放免や
 で、最後まで残った奴の勝ち。勝った奴は一つだけ何でも好きなことが言える
 鬼に拒否権はナシやで。ええか?』



これは氷帝の夏合宿名物だ。
去年は先輩もいたし、マネージャーの私は馬鹿騒ぎを微笑ましく眺めていた。
しかし今年は違う。俺様部長が『お前も加わっとけ』なんて言うから、大変なことになっている。



『わ〜い。じゃあ俺、ちゃんとデート!』
『デートぐらいでええんか、ジロー?お子ちゃまやな。俺やったら一晩を共に』
『それよりカノジョになって貰った方が何晩でも相手してもらえるんじゃないの?』
『滝、お前って恐ろしい奴やなぁ』
『え〜どうせなら混浴にしようぜ』



性質の悪い冗談だとは思うが、悪戯好きの部員たちだ。
面白がって何を要求されるか分かったもんじゃない。


そう考えた私はそりゃもう必死に逃げている最中なのだ。



握っている携帯が震えはじめた。
慌てて開くと、宍戸クンが捕まったというメールだ。
こうやって捕まったメンバーが次々と知らされてくる。
残っているのはオッシーとジロー君、滝、そして跡部の四人。
よりにもよって最悪のメンバーが残っている。


なにがなんでも逃げ切らなくてはと決意も新たに次の場所へ移動することにした。
見つからないよう四つん這いになり、臆病な犬のように後退を開始する。
こんな姿を人に見られたら恥ずかしさで死ねそうな格好だ。


じりじりと下がっていたら、踵が何かに当たった。
木にでもぶつかったかと後ろを振り向き、私は悲鳴を飲み込む。



「お前、その格好は女としてあんまりじゃねぇの?」



跡部は私の足にシューズを踏まれたまま、レギュラージャージをはためかせて堂々と立っていた。
呆れた表情を隠しもせず、腕を組んでエラそうに人を見下ろしている。



「び、びっくりさせないでよ」
「俺様はもっとびっくりしたぜ。なんせケツから進んでくる女がいるんだから」



顔が赤くなるのを感じ、慌てて草の上に正座する。
跡部はチラッと周囲を見渡すと、私の隣に膝をついた。



「鳳たちが近くにいる。反対方向へ逃げるぞ」
「ええ?」


「俺様は最後まで捕まる気はないからな。別にお前は捕まってもいいぜ」



確かに跡部なら最後まで逃げそうな気がした。
というか跡部は何にでも『負ける』のが大嫌いな人だから、意地でも逃げ切る気がする。
一緒なら自分も最後まで残れるかもしれないし、残れなかったとしても跡部が勝者なら大丈夫だ。
去年も最後まで残って、罰ゲームにテニス部全員を山の頂上まで走らせた彼だ。
ふざけた罰ゲームで私を困らせるようなことはないだろう。



「い、一緒に行く!」



瞬時に答えを導き出した私は、立ち上がると膝の草をはらう。
すると遅れて立ちあがった跡部が、突然に私の手を掴んで「行くぞ」と走り出した。



「うわっ。ちょっと、待ってよ!」
「シッ。樺地が向こうに見えた」



足がもつれそうになったが、跡部の言葉に口をつぐんで走った。
実際は容赦なく手をひかれて、喋る余裕もなく付いていくのが精一杯。
もう肺が喉から出てきそうになった頃、跡部に引き込まれたのはハーブの花壇だった。


膝をついて陸にあげられた魚のように呼吸する。
繋がれていた手は自然と離されて、私は胸を押さえて蹲った。
その隣で跡部はたいした息の乱れもなく、ハーブの間に身をかがめて周囲を見渡す。



「暫くは大丈夫そうだな」



跡部は呟くと私の隣に腰を下ろし、携帯を確認しはじめた。



「ふん、ジローと滝が捕まったか。残りは忍足と俺たちか」



パチンと携帯を閉じ、そこで初めて私に視線を向けると「お前、運動不足だ」と笑う。
不意打ちだった笑顔に視線を逸らし、荒い呼吸のままで流れてくる汗を拭った。
さっきまで跡部が握っていた手も汗をかいていて、なんだか恥ずかしい。
ゴシゴシとジャージで汗を拭っていたら、跡部が横から覗きこんできた。
咄嗟に体を反らしたが、跡部は平然として人の顔を見てくる。



「な、なに?」
「ココ、土がついてるぜ」



跡部が自らの額を指さす。
ジャージの袖口を見ると土で汚れていて、それで汗を拭いたからだと分かった。


恥の上塗りだ、これ。
今日はみっともないところばかりを見られて泣きそうになってきた。


指で擦ろうとしたら、顔の前に節くれだった手が伸びてきた。
まるで幼い子にでもしてやるように、跡部の指が私の額を擦る。



「い、いいよ」
「動くな。土が目に入るぞ」



身を捩ったら、怒られた。
確かに土が睫毛の上に落ちてきた気がして、仕方なく目を伏せる。
すると前で動く気配がして、続いて額に吐息を感じた。


予想もしない感触に息をのんで顔をあげる。
そこには跡部の青みがかった瞳があり、薄く笑みを浮かべて私を映していた。


ジャージのポケットに入れた携帯が震えはじめる。
それは跡部も一緒だったらしい。
私から視線を逸らさないままで携帯を取り出すと、慣れた手つきでメールを確認する。
混乱して動けない私の前でメールを読むと、更に笑みを深くして携帯を閉じた。



「忍足も捕まったらしいぜ。これで俺様の勝ちだな」



満足そうな笑みには、まだ私が残っている意識はないようだった。
それよりなにより跡部が近くて、さっきの額に触れた感触が何だったのか考えるのも恐ろしい。
私は無意識にジャージの袖で再び額を擦ると腰を浮かせようとした。


とにかく逃げなくては。
それだけが頭の中を占めている。



「それじゃあ、私は別へ」
「どこへ逃げる気だ?俺からは逃げられないぜ」



素早く腕を掴まれた。
跡部は大丈夫だと思ったのが大間違いだった。
気づくのが遅すぎたんだ。



掴まれた腕を引っ張られたら、ぶつかるところは跡部しかない。
胸に鼻をぶつけ、反動で顔をあげたら頭を押さえつけられ唇が重ねられた。
視界には日に透けた跡部の柔らかな琥珀色の髪があって、そこから先は言葉に出来ない。



「好きだ」と。



合意も得ないキスのあいまに囁かれた。





片方の頬を手型に赤く染めた跡部と半ベソの私が見つかったのは数分後。
跡部は自分の頬をさすりながら「とんでもない、女だ」とぶつぶつ文句を言い続けている。
それでも離されない手に、私たちを見つけてしまった不幸な鳳君は視線も合わさない。


私は恥ずかしくって、信じられなくて、なにがなにやら分からなくて
ただ俯いたまま跡部に手をひかれていくしかない。



「離して」
「離さない」


「やだ」
「好きだと言ってやっただろ」


「どうせ罰ゲームでしょ」
「言ってろ。分かるまで100万回でも言ってやる」



そう言ってから跡部は携帯を取り出しメールを打った。
全員に送信したらしいメールは、私の携帯にも届く。


跡部に引っ張られながら片手で開いたメールには、こうあった。



『俺様の勝ちだ。賞品は貰ったぜ』



相手の気持ちなど全くお構いなしの人に私は渡されてしまったのか。



こんな人を好きになれる?


そう思いながら、
ひかれる手のぬくもりが心地よいことには気づかないふりをした。




















100万回の好き 跡部編 

2008/12/08




















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