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「100万回の好き」 〜木手編〜












女というものは本当に難しい生き物だと思う。
それを昔馴染みとの酒の席で呟いたら、友人は答えた。



「それは相手がだからだろ?
 ついでに言うと向こうもさ、木手という男は本当に難しい生き物だと思ってるだろうぜ」



前半部分は同意するが、後半部分は心外だ。
まったく。自分でも『いい趣味』をしていると溜息が出た。





玄関のドアを開けたところで恋人と鉢合わせした。


ああ、来てたのかと肩の力を抜こうとした途端、刺すような冷たい視線を浴びせられる。
可愛い『おかえり』の言葉もなく、どこか粗暴な仕草でヒールを履こうとする姿に首をかしげた。
素早くの腕をつかめば、これもまた素早く振り払われた。



「俺は今、帰ってきたところなんですけどね
 なぜ、君は出ていこうとしているのか聞かせてみなさいよ」



上京してから、意識して消した故郷の訛り。
だがの前だけでは、昔のイントネーションで話すようにしている。
もともと敬語で話すのが癖で方言は少ないが、この独特の音をが愛しているからだ。



「腹が立ってるから」
「ん?君、今日はやけに綺麗じゃないですか」



よくよく見れば、今日の彼女は長い髪をアップにしていて雰囲気が違う。
細い首に飾られたネックレスと耳元で揺れるピアスはお揃いのようだ。


誰が買ったのか。
前の男からの物だったら、直ぐに捨てさせたい。
後で問い詰めなくてはと頭の隅で思う。



「そうよ。今日は友達と食事する約束をしてたから綺麗にしてたの
 スッピンに普段着姿じゃなくて良かったと本気で思うわ。じゃあね、後は宜しく」
「後は?」



彼女の言葉に首を傾げると、黙って自分の足元を指差した。
そこには無様に倒れた高いヒールの靴が転がっている。
が好むものでないことは確実なうえに、彼女は既に自分の靴を履いていた。



「客ですか」
「ええ、そうよ。いつのカノジョかは知らないけれど、永四郎に会うまで帰らないって」


「俺のいない間に部屋へ上げるなんて考えなしもいいところですよ」



呆れた恋人だ。
訊ねてきた女を家にあげるとはお人好しにも程がある。
自分が招き入れておいて不機嫌極まりない恋人に頭痛を感じる。
こうなった彼女を宥めるのに、どれだけの労力を必要とするのか・・・考えただけで骨が折れた。



さて。こんなヒールを履く女は、一番最近に別れた彼女だろうか。


失敗したなと思う。
を手に入れて、あまりに嬉しかったから高揚した気持ちを隠せなかった。
いつものように冷静だったなら、もう少し上手に別れてやったのに。
俺もまだまだ、だ。



「ちゃんと別れたはずなんですけどね」
「向こうは納得してないみたいよ。それじゃあ、さようなら」



どうしたものかと考える俺を無視して、が玄関のドアに手をかけた。
聞き捨てならない『さようなら』に、本当の『さようなら』が含まれていたなら困る。
俺は再びの肘を掴んだうえで、今後の対策を練る。



「さて、どうしましょうか」
「ちょっと、離してよ」



睨みつけてくるの頬がピンクに上気している。
色白の頬が染まった時、とても可愛らしく見えることを本人は気付いているだろうか。
たとえそれが怒りで上気しているとしても、俺の胸はくすぐられる。


肘を引き、鼻先が触れそうなほど顔を近づける。
嫉妬ならば嬉しいし、怒りに震える瞳はなかなかに美しい。



「ひとつ聞きたいのですが、食事に行った相手は男ですか?」
「今そんなこと関係ないでしょう?」


「確認しておかないと気になるんですよ。それとも俺に言えない相手ですか?」



つい、掴んだ手の力が強くなってしまう。
俺の感情をコントロールさせない自分の存在に、もう少し自覚を持ってほしいと切に願うのだが無理だろうか。


なんといっても、一度は俺のもとを離れていった女だ。
人の気持ちなど知りもしないで、平気で他の男に触れさせた。
どれだけ俺が怒りに震え、嫉妬に気が狂いそうだったか気付きもしない。
同じ想いをさせてやりたくて、次々と恋人を作っていく俺の前で呆れたように笑っていた女だ。



「相手は永四郎も知ってる、大学時代の」



は痛みに眉を寄せ、俺たち共通の友人名を出した。
知った名前だったのに力を抜きつつも、女友達に会うにしては綺麗にしすぎではないかと疑う。



「俺の前ではジャージでも平気なくせに、友達のために綺麗にするのはどうかと思うのですけどね」
「パジャマ代わりにって貸してくれたのがジャージだったんじゃない!言いがかりよ」


「なら今度は、そそられるような何かを用意しておきますよ」
「そ、そんなことより奥で待ってるから」



リビングに人の気配がする。
そう広い部屋でもないし、玄関でのやり取りは奥にも筒抜けだろう。
別に聞かれて困ることもない。むしろ好都合か。



「もう一つ。このアクセサリーは誰が選んだのですか?」
「はぁ?」



人差し指で耳元に揺れるピアスを弾く。
近くで見ると彼女の誕生石らしい石が入っていて、ますます怪しい。



「誰ですか?」



目を丸くして口ごもる君。ああ、決定ですね。
迷わず片手でネックレスを引きちぎった。
繊細な鎖は簡単にちぎれ、小さなペンダントトップが弾け飛ぶ。



「永四郎!」



暴れる彼女を玄関のドアに押し付けて、次にはピアスに手をかけた。
耳たぶを引っ張り力任せにピアスを取る。
痛いと小さな悲鳴が聞こえ、俺は迷わず耳たぶに唇を寄せた。
傷を負った獣を宥めるように、取り去ったピアスの跡を舐める。


息をつめて首を竦める君に、これも言っておかなくては。



「もしも君の家で同じ状況に出くわしたら、こうはいきませんよ」



が恐る恐るというふうに俺を見上げる。
懐かしい瞳だ。出会った頃の君は、いつもこうやって俺を見ていた。



「前の男は生きて帰れないかもしれない」


「馬鹿・・・」
「馬鹿で結構」



大真面目で呟けば、がふっと表情を柔らかくした。



「永四郎、私のこと凄く好きなんだ」
「今頃、知ったんですか?やっぱり君は鈍い」



酷いといって笑った彼女の白い手が首の後ろにまわされた。



「好きですよ。ずっと、好きだと言ってるでしょう?」
「嘘。はじめて聞いた気がする」


「そうでしたか?ああ、心の中では100万回くらい言ってたんですけどね
 君があまりに俺を困らせるから、言う暇がなかったかもしれませんね」


「そのセリフ、そっくり永四郎に返す」



微笑んだ君はそう言って、俺の胸に身を預けてきた。


驚いた。
それならそうと口にすればいいものを。



「お互い、次から思ったことは口にしましょうか」
「分かった。で、奥の人はどうするの?」


「もう少し後で考えますよ」



腕の中にある君を抱きしめて、自分のものだと確認してからのこと。
出るに出られない人には申し訳ないが、俺のことは諦めてもらうしかない。



この難しい女でないと、俺は満たされないのだから。




















100万回の好き 木手編 

2008/11/20




















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