million Hit企画 「100万回の好き」 〜観月はじめ〜
観月という男は、本当に女心の分からない奴だと思う。
「ねぇ、観月。私のこと好き?」
台所に立つ観月の背中に問いかける。
髪の色と同じ黒のギャルソン風エプロンが白いワイシャツによく似合う観月は、
器用にフライパンを振りながら僅かに視線を寄こすと呆れたような目をする。
「あなた、頭でも打ったんですか?」
「いたって健康だけど、聞いてみたい」
「聞いてどうするんです?」
「どうするってこともないけど聞きたい」
「そんな曖昧な理由じゃ言えませんね。あ、ちょっとコショウが足りませんよ。予備は?」
言って、私の返事も待たずに台所をあさりだす。
そうして「アレがない、コレがない。いったい普段から何を食べているのか」と始まる。
黙っていられない私も「ああでもない、こうでもない」と応戦して、
私としては精一杯の勇気を持って聞いた観月の気持ちは教えてもらえずに終わるのだ。
深夜、ベッドの中で考える。
観月にとっての私は何なのだろうか、と。
まだ湿った私の髪が枕に広がっている。
その隣には丁寧に乾かされた観月のクセのある黒髪。
共に寝るのは何度目だろう。
もう数えることもできないほど重ねてきたはずなのに、いまだにつかめない観月の気持ち。
初めてのキスは弾みだった。
飲み会の帰り道で落とした小銭を同時に拾おうとして額がぶつかり、そのまま痛みをこらえて唇を重ねた。
初めての夜も弾みだった。
赤澤の家で飲みまくり、酔った柳沢に押し倒されたところを観月に救出された。
女ひとりは危険だと観月に連れられて赤澤の部屋を出てタクシーに乗ったのは覚えている。
目覚めたら見たこともない天井があって、隣では気持ちよさそうに観月が寝ていた。
それも一糸まとわずの姿でだ。
『危険だったのは僕でしたね』と笑った寝起きの観月、いま思い出しても恥ずかしい。
それから何となく付き合うみたいになった。
週に何度かはメールをして、日が合えば会って食事をする。
雰囲気が良くなればキスもしたし、それ以上も。
他人から見れば恋人同士なのだろう。
実際に私は観月が好きだし、恋人だと思っている。
だけど観月は一度だって私に『好きだ』とは言ってくれない。
付き合ってという言葉さえ聞いてないのに、何故にこの男は当然のように私の隣で寝ているのか。
人の心を見透かすような瞳は瞼に覆われ、今は少しだけ幼く見える観月の寝顔。
観月の前髪をツンと引っ張れば、寝ながらも眉間にしわを寄せて首を振る。
「観月のケチ。一度ぐらい、ちゃんと言ってくれてもいいじゃない」
無駄に長い睫毛も抜いてやろうかと思ったけど、仕事で疲れている身に夕飯まで作らせた負い目がある。
かわりに観月の鼻をギュッとつまみ、苦しそうな息が漏れたのに満足して毛布に深く潜り込んだ。
明日には生乾きの髪が跳ね、また観月に叱られるんだ。
ちゃんと乾かしなさいって言ってるでしょう?だから、あなたは・・・って。
セリフまで浮かぶのが可笑しくて、私は声を堪えながら観月の胸に擦り寄って目を閉じた。
規則正しい鼓動。
なにより優しく私を眠りに誘う。
「観月・・・大好き」
小さく囁いて、私は眠りに落ちていった。
という女は、本当に男心の分からない女だと思う。
「ねぇ、観月。私のこと好き?」
また、だ。
どこの世界に嫌いな人間の家にやってきて、
手伝いもしない女のために料理を作ってやる男がいるというのか。
そんなことより、さっさとコショウを出しなさい。
『好きだって言ってやればいいだろう?』
『嫌ですよ。先に言うのは負けたような気がして嫌なんです』
赤澤は他人事だと思って、いつも楽しそうに僕たちの話を聞く。
とは同級生であり、同志であり、ライバルでもあった。
僕がテニス部男子の宰相であったなら、彼女は女テニの要だ。
テニスは強く、気も強い。
口は達者で、頭も切れる。
相手にするのに、これほど楽しい女性はいなかった。
それが愛情に変わるのには少し時間を要したけれど、そのぶん想いは深い。
『あの人、僕には気持ちを言わせようとするくせに自分は言ってないんです
そんなこと忘れて、人にだけ求めるのは納得できませんよ』
『なら聞けばいいじゃないか。俺のこと好きなのかって』
馬鹿馬鹿しいと呟いて、僕はビールをあおる。
『見てれば分かることをわざわざ聞くほど、僕は暇じゃありませんよ』
なんだ、ノロケかよ。
赤澤は肩をすくめると笑った。
ふと、明け方に目が覚めた。
は僕の胸に擦り寄るようにして眠っている。
こういう仕草はとても可愛らしくて、彼女の素に頬が緩む。
「また髪を乾かさずに寝て」
長い髪を最後まで乾かさないのはО型の為せる業か。
大雑把で、面倒くさがり屋の君だから、僕は放っておけない。
昨夜は泊まり明けのうえに残業してきたから、睡魔に勝てなかった。
山となった仕事を終えて、まっさきに会いにきた人の気も知らないでと
恨みごとの一つでも言いたくなるのは仕方ない。
起きていたなら髪も乾かしてやって、彼女の肌に触れて眠っただろうに。
そう思えば惜しいことをした気持ちになって、眠る君の頬に触れてみた。
あたたかく柔らかな頬は僕だけのもの。
「聞かないと分からないなんて・・・君は余程の鈍感ですよ」
そう囁いて、薄く開いた君の唇にキスをする。
触れる唇から、指先から、瞳から
僕は何百回となく想いを伝えてきたはず。
「好きです」
もう一度、キス。
100万回くらいキスしたら、いくら鈍感な君にでも伝わるだろうか。
100万回の好き 観月編
2008/12/13
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