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「100万回の好き」 〜仁王編〜












上司の勧めでお見合いをした。


とりあえず会ってみるだけでいいと言われていたし、
結婚する気もなかった私は断ることを前提にお見合いに臨んだはずだった。



『で?それがどうなって、結婚することになったんかのう?』



相手は遠い海の向こう、それでも声は近い。
訊いた地名はえらく長くて、いったいどこのどこらへんなのか想像もつかない。


「それがまぁ、いい人だったのよ
 顔ヨシ、頭ヨシ、性格ヨシ、家柄ヨシ、収入ヨシ
 どう?断る理由がないでしょう?
 おまけに向こうは前から私のことを知ってて、ずっと片思いしてたって言うのよ
 でね、あれよあれよという間に話が進んでいったの」



コードレスの電話を顎に挟み、渡された式場のパンフレットをめくった。
受話器の向こうで、仁王が溜息をついたのが分かる。



「仁王さ、式に出席してくれる?」



青い空と白い教会。
美しい背景の前に立つ笑顔の花嫁。
仕事でも花嫁になるのは嬉しいだろうか。



『まあ、行くか』
「そう。ありがとう」



変なところで律義さを見せる仁王が可笑しかった。





結婚するということは思った以上に体力と気力を要することだった。
両家の挨拶から始まり、結納、結婚式の準備、新婚旅行の予約、新居探しと
深く考える間もなく次々とこなしていかなければならない。


真面目な公務員の彼が率先して準備をしてくれるのが幸いだ。
これが仁王のような男だった日には、一生かかっても結婚式は挙げられそうにない。
私は日を追うごとに深まる疲労に辟易しながら、花嫁になる準備を進めていった。



挫けそうになるたび見上げる空は青い。
それはテニスコートに立つ彼の上にあった空と同じはずなのに、今は輝きを失ってしまっていた。
あの美しい空を見ることは二度と叶わない。
そう思えば諦めもついた。



仁王の実家に送った招待状の返事は来ない。
それでも電話で『行く』と答えた仁王だから、空席になるのも覚悟で席を取った。
今も付き合いが残っているテニス部のメンバーも呼んであるし、さながら同窓会となるだろう。





当日は早朝からホテルに入り、恭しく扱われて花嫁になっていった。
初めてプロの人にメイクをしてもらい、こんなに化けられるものかと感心する。
弟が買ったばかりのデジカメで化ける過程を撮ろうとするものだから追っ払ったりもした。


すべての準備が済んで鏡の前に立てば、いつか見たパンフレットにも似た花嫁が立っていた。



「綺麗ですよ。とてもお似合いです」



担当の方に褒められて、一応は微笑む。
確かに選んだドレスのデザインは正解だったようだ。
隣では『お幸せですね』とか言葉が続いているのだが、私はぼんやりと考える。



ウェディングドレスのモデルにでもなった気分。
幸せとか、喜びとか、ときめきとか、そういうものが何もない。
他人事のように鏡に映った自分の姿を見ても、
式が終わればドレスを脱ぎ捨てて家に帰るような・・・そんな感覚。



親が入ってきて、弟が戻ってきて、友人が顔を出す。
準備のできた夫になる人がきて「綺麗です」と褒めてくれる。
まるでドラマでも見ているように、事が流れていく。


こうやって時間は私の前を流れていくのだろう、この先もずっと。





「姉ちゃん、携帯が鳴ってるぜ」



両親は親類の元へ挨拶に行き、控室には弟と係りの人だけになっていた。
この先のスケジュールを確認している私のもとに弟が携帯を差し出す。
シルクの白い手袋のままで携帯を開けば、幸村君の名前だった。


急な欠席かなと考えながら携帯を耳にあてる。
ひんやりとした携帯が耳に触れるのが心地よかった。



「もしもし?」
、落ち着いて聞いて。仁王が」


「仁王が、なに?」



仁王の名前を聞いた途端、鼓動が速くなった。
街の喧騒が携帯から聞こえてくる。
やはり仁王は来ないのだと思った、その時。
想像もしていなかったことを幸村君が告げた。



「事故にあった。かなり危ないんだ」



頭が真っ白になった。
言葉が出ない私に幸村君は話し続ける。



成田から向かってくる途中でタクシーが事故に巻き込まれて・・・
頭を打って意識がない
搬送された病院は・・・



右から左へと言葉は素通りしていくのに、膝が震えて止まらない。
携帯を耳にあてたまま、隣にある窓を見た。
外は雲ひとつない晴天で、青く高い空がある。



、聞いてる?」
「ごめん、病院の名前をもう一度」



病院の名前と所在地を確認すると電話を切り、純白のベールに手をかけた。



こんなもの邪魔だ。



私の名前を呼び、腕に縋る弟を振り払ってタクシーに乗った。
ロビーには脱ぎ捨てたヒールが転がっているだろう。
よく考えればタクシー代も持っていなかったが、そんなことはどうでもいいことだった。



死なないで



困惑するタクシーの運転手の後ろで、ただひたすらに祈る。



生きていてくれるだけでいい。
私の傍にいてくれなくても、他の誰かを愛していても、
けっして私のものになってくれなくても


仁王が存在しなくなるより深い絶望はない。



お願い、仁王。
私をおいて逝かないで。



無神論者のくせに心から神に祈った。



灰色にそびえたつ病院が見えてきた。
ロータリーに車が入るだけでドアを開けて飛び出したい衝動にかられる。



神様、お願い。



病院の玄関が窓の外に見えてきた時、私の視線は一点で止まった。
左右に開く自動ドアの前、目立つ髪色の男が立っている。


あんな髪色、日本人では珍しい。
よほどの物好きか、派手好きか。
ただ、あの髪の色は空の青によく映える。
テニスコートに立つと太陽の日差しを浴びて、キラキラと輝くのだ。



「着きましたよ」



タクシーのドアが開くと外の風が吹き込んできて、髪に飾った花の香りがした。
事故に遭って意識不明だったはずの男は、
しっかりした歩調で近付いてくるとタクシーのドアに手をかけて覗きこんできた。



「・・・信じられない」



怒りなのか安堵なのか、自分でも分からない声が漏れる。



「お客さん、料金は」
「ああ、このまま続けて乗る。ほら、。ちと奥へ詰めんしゃい」



ほれほれと私を急かす仁王の後ろに、礼服姿の幸村君が現れた。
幸村君は申し訳なさそうに「詐欺師と賭けをしてね」と言い、胸から御祝儀袋を出してきた。



「はい、お祝い。これから大変だろうけど、お幸せに
 俺を恨まないで。恨むなら仁王だからね。じゃあ」


「ちょっと、これ。幸村君!」



私が受け取るより先に紅白の水引がかけられた祝儀袋は仁王が受け取った。
強引に私を押しのけてタクシーに乗り込むと、幸村君を見上げて「どうも」と礼を言う。
無情にもドアは閉められ、よくよく見れば幸村君のずっと後ろには白衣姿の柳生君まで立っていた。


忘れていた。ここは柳生君の勤める病院だったのに。



「どちらまで?」
「元のホテルへ」


「なんの冗談?」



タクシーの運転手との会話に割って入る。
これはいったい何の悪戯か。人の結婚式にするには、あまりに性質の悪い冗談だ。
仁王はタクシーの座席に背中を預けると、唇の端に笑顔を浮かべて私の目を見た。



「冗談じゃない、賭けじゃ。」
「何の賭けよ。心配させて、私が来るかどうかを賭けて何が楽しいわけ?」


「そりゃ、楽しいぜ。お前が自分の結婚式を放り出してまで来てくれた
 つまりは俺を選んだということじゃ。えっと、なんだったかの。顔ヨシ、頭ヨシ、なんとかヨシよりな」



唖然とした。
この男、何を言い出したんだ。



「お前は、ちっとも分らん。昔からそうじゃ
 俺を好きかと思えば、平気で他の男と付き合う
 勝手な俺の思い込みかと諦めるのに、その度に俺を試すようなことをする
 こんなに考えの分からん女も、俺を振り回すことができるのも、後にも先にもお前ひとりじゃ」



仁王の手が伸びてきた。
頬に触れた手のひらは硬くて、それでいて温かい。



「こっちはお前と一緒に土下座する覚悟じゃ
 だからな、ええかげん正直に俺を好きじゃと言うてみんしゃい」



言えと強請ったくせに、言わせもせずに仁王が唇を重ねてきた。
初めてのキスがタクシーの中だなんて、やっぱり仁王はろくでもない。





キスが終わったら言ってあげる。


百万回の好きの、まずは一回目から。




















100万回の好き 仁王編 

2008/12/04




















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