2010年 Happy Merry Christmas!
『いつまでもフラフラしてないで私にしたら?』
表向きは軽く、内心では祈るような思いで言ってみた。
だけど仁王は軽く笑って肩をすくめた。
『冗談じゃろ?』
クリスマスの街は華やか。人々は忙しい中でも浮き立つ表情で歩いている。
仁王は今ごろ誰と過ごしているのか・・・きっと独りではない。
友人以上の恋人未満なら、たくさんいる。
何度となく見かけたり、時には紹介されてきた女性たちに二度目はない。
次々と流行りの洋服のように変えていく人を仁王が『恋人』と呼ぶことはなかった。
長く仁王の友人だけをしてきた私は、別れることもないけれど近づくこともできずにいる。
今年もまた消えない恋心を胸に独りで過ごす・・・はずだった。
「こういうの踏んだり蹴ったりって言うのよね」
「まぁ、これを不幸と呼ばずして何を呼ぶのでしょうね」
エリート医師っぽい柳生は白衣のポケットにペンを戻しながら淡々と相槌をうってくれた。
ズキズキと痛む足は動かすこともできず、寝返りもままならない。
数時間前までは独りのクリスマスを嘆いていたが、今は不慮の事故で足の痛みに嘆いている。
ふざけた酔っ払っいの若者たちに肩を押された私は駅の階段から転がり落ち、
このクリスマスに生まれて初めて入院する羽目に陥っていた。
「不幸中の幸いは柳生先生がいたってことね」
「私としては今から帰ろうかなというところで急患だと呼ばれて不幸でした」
「だって救急隊員のお兄さんが『希望の病院はありますか?』って聞くから」
「今度からは『どこでもいい』と答えて下さると助かります」
クリスマスに転がり込んできた元同級生に怒っているのかと思えば、口ほどでもない様子。
まぁ久しぶりに会えたのでいいですがと笑みを浮かべてくれた。
少し雑談をして、その間も何度か腕時計を確認する柳生。
誰か大事な人との約束があるのではと、いくら鈍い私でも分かる。
「柳生、もういいから帰ったら?」
「そうですね。そろそろでしょうし」
何がと聞き返すより先に、柳生は白衣を翻してドアに向かう。
そして私を振り返り「即席ですけどクリスマスプレゼントです」と笑った。
即席のクリスマスプレゼントって?
訳が分からず首をかしげる私に答えもくれず、ではお休みなさいと柳生は出ていく。
静かになった病室で考えること数分。
突然に廊下が騒がしくなり、また急患かと空いた隣のベッドを眺めているとノックもなしに勢いよくドアが開いた。
「あれ、どうしたの?」
間抜けにも出たのは当たり前の一言。
何故だか開いたドアの向こうには仁王が立っていて、人の顔を見ると唖然としている。
外は寒いはずなのに額に薄らと汗をにじませた仁王は何故か肩で息をしていた。
「・・・やられた」
お化けにでも会ったみたにマジマジと私の顔を見ていた仁王が、突然に自らの顔を覆って蹲った。
なんだか糸が切れた人形のようで、全身の力が一気に抜けたみたいだ。
「くそぅ、ハメラレタ」
言って、蹲ったまま口を押さえた仁王は余所を向いて愚痴った。
入り口で頭を抱える人が柳生のいう即席のクリスマスプレゼントであったことを
また仁王にとっても柳生からのクリスマスプレゼントであったと
私が知るのは・・・もう少し後だ。
**********
入口に暫く蹲った仁王は何事か考えこんでいた。
派手にカラーリングされた髪を苛々とかいてみたり、ガックリと項垂れて大きな溜息をついてみたり。
それを黙って見ている私も私なのだけれど、なんていうか独り葛藤しているような姿に声はかけづらい。
何故、ここに仁王がいるのか。
私が入院したのを知っているのは実家の親ぐらいで、明日の朝一番で上京してくる予定だ。
あとは柳生だけだし、仁王に知らせるとしたら彼しかいない。
それが、おかしい。
どうして仁王に知らせ、どうして彼が此処に来るのか。
「あのさ」
沈黙に耐えきれず口を開けば、今さら驚いたように仁王が顔をあげた。
久々に重なった視線は何とも気まずげで、こっちも訳が分からず戸惑いが隠せない。
「えっと、久し振り」
「はぁ?」
会うのは暫くぶりだったし、とりあえずは挨拶だと思ったのに、
仁王は片眉をつり上げて呆れたような声をあげる。
そのまま人を睨みつけるようにして億劫そうに立ち上がった。
めちゃくちゃ機嫌悪いんですけど。
黙ってベッドの脇まで近寄ってきた仁王はドカッと丸椅子に腰かける。
ふたたび頭をガシガシとかいて、ベッドの私を斜めから見上げるように視線を向けてきた。
「頭は大丈夫か?」
「頭?頭がそんなに良くないのは仁王も知ってると思うけど」
「馬鹿、そっちじゃない。頭を打ってないかと訊いとるんじゃ」
「頭は平気。そんなにぶつけてないし」
私が首をかしげて応えると、仁王は本気で嫌そうに舌打ちした。
頭を打っていた方が良かったのだろうか。なんだか訳も分からず悲しくなってきた。
「痛いのは腰と足だけなんだけど」
「そりゃ、ヨカッタ」
仁王は床をのぞき込むように俯いて棒読みの台詞だ。
痛くても、理由は分からなくても、仁王に会えて嬉しかった。
ひょっとして心配して来てくれたのかなとか有り得ないことだって思ってしまった。
だって会えるはずもなかった人が、この不幸な聖夜に目の前にいるんだもの。
でも・・・
「ゴメンね」
「ああ?」
「頭、打ってなくて」
「はぁ?」
項垂れた頭をあげた仁王が、人の顔を見て目を見開いた。
音をたてて丸椅子から立ち上がるとベッドの脇に手をついて身を乗り出してくる。
「どうした?痛むのか?ナースコール、ナースコールはどこじゃ!?」
「そ、そんなに痛くないから」
「じゃが、」
のびてきた細く長い指が躊躇いがちに頬に触れてくる。
そっと目元を拭われて、鼻の奥がツンとした。
寂しいクリスマスに階段から転げ落ちたうえに、会えた仁王は超不機嫌。
傷は痛いし、なんだか切なくって泣けてきた。
「だって、仁王・・怒ってるし」
「あ〜、そんなことはない」
「嘘。めちゃ不機嫌だもん」
「不機嫌は不機嫌じゃが、お前にじゃない」
「じゃ、なんで」
「なんでって・・・」
仁王は乱暴に頭をかくと何度目かも分からない溜息を吐いた。
***********
夜の街をぼんやりと歩いていた。
街は華やかで、どこからともなく陽気な音楽と鈴の音が流れてくる。
さっきまで作業着姿で工事現場の車を誘導するバイトをしていた。
指先の感覚などなくなるほど凍えていたのだが、今は僅かに温もりを取り戻したような気がした。
クリスマスぐらい休んでも良かったのだが、下手に暇をしていると遊び仲間に誘われて散財してしまう。
それよりは人が休みたがる今日のような日に割増賃金を貰って働いた方が建設的だと思えた。
突然、腰のポケットにねじ込んでいた携帯が震えた。
女たちならシカトしようと携帯を開けば、思いがけない人物の名前が浮かんでいた。
「仁王君?柳生です」
「よぉ、元気か」
「今、どこですか!?大変なんです」
「外だが・・なんじゃ?」
「さんが事故で」
一瞬で頭の中が真っ白になって、緊迫した比呂の声が遠くなった。
気付けばタクシーに乗り込み、比呂の勤める病院の名前を告げていた。
頭を強く打って意識不明とか何とか言われたと思うのだが、あのヤロウ・・・大真面目に嘘をついた。
『いいんですか?そのうち彼女は誰かのものになってしまいますよ』
『そうじゃなあ。けど、ろくな職にもつけてない俺に好かれても迷惑じゃろ』
『定職に着くのは大切なことでしょうが、恋愛は別ですよ』
『アイツとは別れたくないんじゃ。二度と会えんような関係になりたくない
友達でもいいから、ずっと傍にいたいんじゃ』
『仁王君、それは臆病者の言い訳だ』
ほんの数日前、比呂に言われた台詞だ。
互いにアルコールを飲んでの会話だったが、比呂は静かに憤っていた。
そうして詐欺師と呼ばれた俺は、紳士と呼ばれた親友に騙されたわけだ。
が大きな瞳に涙を溜めて俺を見つめている。
誰のものになっても仕方ないと言いながら、近づく男は遠ざけて、定期的に恋人はいないのかと探りをいれてきた。
どんなに綺麗な女と付き合ってもと比べ、誰を抱いても頭の中では唯ひとりを抱いている。
この屈折した俺が手を伸ばしてもいいと、あの優秀な親友は本気で思っているのだろうか?
「思っちょるんじゃろうな」
「なに?」
脱力して再び丸椅子に腰を下ろすと、が潤んだ瞳で俺の動きを追う。
その視線だけでも嬉しいのだから、俺こそ相当の重症だ。
「」
視線を上げれば、緊張した空気を察したのかの表情が硬くなった。
それでも俺の話を黙って聞いてくれるつもりらしい。
「まずは怪我がたいしたことなくて良かった
比呂からお前が頭を打って死にそうみたいな事を聞かされて、俺の寿命は確実に三年は縮まった」
が瞳を見開き、次には少しだけ嬉しそうに口元を緩めて俯いた。
そんな表情をされると抑えていた感情も脆くなる。
それでいいと頭の隅で誰かが囁いた。
「俺が怒ってたのは、まんまと比呂に騙された事と・・・そうまでされんと動けんかった自分が情けなかったからじゃ」
「情けないって」
ああ、もうヤケクソじゃ。
この聖夜に振るなり、焼くなり、好きにしてくれ。
「好きじゃ。もうずっと、お前だけに惚れてる。お前が俺をどう思おうと俺は・・オイッ」
が両手で顔を覆い肩を震わせる。
その覆った内から嗚咽が漏れ、俺はうろたえた。
「いや、だからといって付き合えとか言うとるわけじゃ」
「ちが・・う」
違うのだとが頭を横に振った。
「う、嬉しくて」
そう言って、はしゃくりあげて泣いた。
ああ、どうしてくれよう。
俺は恐る恐る手を伸ばし、長く焦がれた彼女の肩を抱き寄せた。
2010年 Happy Merry Christmas!
2010.12,13
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