『お慕いしております 〜跡部景吾編〜』 番外編 壱
うららかな陽射しが開け放たれた部屋に満ちる昼下がり。
跡部は並べられた反物を手に思案していた。
「やっぱり桃色が似合うか
いや、嫁入り前の娘じゃあるまいしな。もう少し落ち着いた・・・これはどうだ」
そう問われ、肩から反物をかけられた姫は困ったように首をかたむけた。
見事な藤の花が描かれた反物は色白の頬に映えると思うのだが、どうにも本人の反応が薄い。
「気にいらないのか?藤色が好みじゃないとしたら・・・この桜はどうだ?
待てよ。前にも似たようなやつを仕立てたような気がするな」
「京土産だと仕立てていただいた袿が桜でございました」
「お前は桜の色が似合うからな。つい、同じようなものになっちまう
よし、どれでもいい。お前が気に入ったものを選べよ」
広げられた錦の川を軽くどけ、景吾はどっかと妻の前に腰を下ろす。
どれも仕立てれば美しい衣となるだろう。
女であれば目を輝かせて喜ぶであろう色とりどりの反物を前に、
それを選べと言われたは難しい顔をしている。
「どれも気に入らないのか?」
「いえ・・・そういうわけでは」
「なら、なんだ」
元来が気の長いほうではない景吾は段々と苛々してくる。
喜ばせようと思って取り寄せたというのに、肝心の妻は困惑した表情で視線をさまよわせている。
「いらねぇとか言いやがったら怒るぞ」
「すでにお顔が怒っていらっしゃいます」
「てめぇが、ちっとも喜ばねぇからだ!!」
桜の木から伸びてきた蓑虫(みのむし)を見つけた時のほうが大喜びだった、。
呆れる景吾などお構いなしで、蓑虫に名前までつけて飼おうとしたのは先日のことだ。
「あの・・・嬉しくないわけではないのですよ?」
「なら素直に喜べよ」
「あら、嬉しい」
棒読みだ。
景吾は片眉をつり上げて妻を睨む。
睨まれたほうの妻は小さく肩をすくめると、上目づかいに夫の顔色をうかがった。
「だって」
「ああ?」
不機嫌ですと声色に表現した夫に対し、は薄く色づいた唇から細く息を吐いて項垂れた。
「選ぶことに慣れていないのです」
予想もしない呟きに、景吾は思わず「どういうことだ」と聞き返す。
気まずそうに視線を上げたは、再び小さく溜息をつくと重い口を開いた。
「わたくし自身のことを『選ぶ』など、今までしてこなかったのでございます
身につけるもの、口にするもの、すべてを与えられてきました
誰かのためなら選ぶことができても、わたくしは自分のために選ぶということに慣れていないのです」
の言葉に景吾は瞠目する。
彼女は『家の繁栄のために嫁ぐ』を役目に育ってきた姫だった。
何もかもが自分ではない誰かに選ばれて与えられてきたもの。
そこにの意思など必要なかった。
景吾も・・・にとっては選ぶことのできなかった夫だ。
似合うだろうと勝手に選んで与えた衣を着ている妻に、景吾は居心地の悪い思いをする。
「わかった。これから、自分のものは自分で選んで決めろ」
「え?」
「衣でも、櫛でも、紅でもいい。自分の目で見て、自分の欲しいものを選べばいい」
「でも・・・」
「お前は、それができる女だろう?」
そう景吾が言ってやるとはひどく驚いた顔をした。
お互いに選ぶことなどできなかった夫婦。
だが目の前で大きな瞳を瞬かせている美しい妻を景吾は心から愛しいと思う。
自惚れではなく妻も同じように自分を慕ってくれているはずだ。
心を通わせ、こうやって共に生きようとしている。
これはふたりが選び、決めたこと。
「では、蓑虫の蓑のような色を」
「は?」
「あれは温かそうでございますから」
「そんなものあるか!!」
またも奇妙なことを言いだしたと景吾が慌てれば、が袖で口元を隠し笑い始める。
鈴を転がしたような声で楽しそうに笑う妻。
その笑顔が見たかったのだと、景吾は手を伸ばして錦に埋もれる妻を抱きよせた。
「と、殿、人が・・・」
「誰もきやしねぇよ」
「で、でも」
「うるさい口は塞ぐぞ」
色を含んだ視線で見据えてやれば、は途端に口をつぐんで俯いてしまった。
恥ずかしさに頬を染め、嫌々とむずがる様子は可愛らしいといったらない。
選べなかった出会いも悪くはなかったが、な。
だんだんと力を抜き甘えてくるの体を抱きながら、景吾は穏やかに目を閉じた。
「お慕いしております〜番外編〜」
2009/11/05
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