甘いささやき 〜乾編〜
今日も研究室に居残りだと人づてに聞いた。
これで、もう十日近く。
遠距離恋愛じゃない、同じ街に住んでいる。
別れ話が出ているわけでもない、でも甘い恋人関係でもない。
私に関心がない、ああ・・・これ当たっているのかも。
そんなことを思いながら、今日は一人で映画を見に行った。
一緒に行こうと約束した映画が最終日を迎えてしまったから。
これでもう何度目のキャンセルかな?数えるのも面倒になってきた。
中に入って売店のパンフレットを買うかどうか悩んでいたら、同じ大学の先輩に偶然会った。
一緒に見ようと誘われて、断わる理由もないから並んで映画を見たら・・・手を握られた。
瞬間で手を引き抜いたら『あ、ゴメン。手があったんだ?』って先輩は誤魔化したけど。
それから後は妙にぎこちない緊張した時間になってしまい、映画なんてちっとも楽しめなくて後悔した。
映画が終わると食事に誘われた。
自分の考えのなさに、ますます落ち込む。
そうか、乾クンが言ってたのは・・・こういうことなのかな。
『はね、警戒心がなさ過ぎる。誰にでも優しくしてると誤解されるよ?
だから俺は、きがきじゃなくて・・・傍についてなきゃって思うんだよね。』
そう言って、突然のことに唖然としている私を抱き寄せると唇を重ねた。
『好き』も『付き合って』もない。
なにがなんだか分からないうちにキスされて、その日から乾クンは私の隣に立つようになった。
周囲は私たちを彼氏と彼女と思っているようだけど・・・どうなんだろう。
あれからも告白された記憶はない。
なのに、やることだけはシッカリやってしまった彼だ。
「美味しい店が近くにあるんだ。僕が奢るからさ、一緒に行こうよ。」
「でも・・・」
「ちゃんさ、大学近くで一人暮らしなんでしょ?
俺もそうだからさ。一人で食べるよりは二人の方が楽しいし。」
「あの、私・・・」
どうやって断わろうか。ゼミでも色々と親切に教えてくれた先輩。
冷たく断わるのも気まずい。だからといって、このままついて行けば・・・誤解されてしまうかも。
考えすぎかな?言葉どおりにとっても大丈夫だろうか。
でも・・・映画館の中で手を握られそうになったし。
はっきりと断わる事もできずグルグル考えているうちに映画館の外へ出てしまう。
「じゃっ、こっちだから、行こうか。」
突然に肩を抱き寄せられて、びっくりした。
先輩の手を体を引いて払った。
「ご、ごめんなさい」
「あっ、ごめん。驚かせちゃった?初心なんだね、君。ますます、好きになったよ。
ちゃんさ、恋人いないんでしょ?だったら、俺と付き合ってよ。」
「いえ、わたし・・・」
「いるの?君が恋人らしき男といるの見たことないけど。」
頭の中には乾クンの顔が浮かんでいる。
でも。ふと、恋人っていえるのかな?って、言葉が頭を掠めた。
「恋人はいないけど・・・」好きな人はいる。続けようとした言葉は言えなかった。
「ああ、恋人は此処にいますから。お引取り願ってもいいかな。」
私の後ろに立つ気配。深く低い声が、頭上から落ちてくる。
目の前に立つ先輩が、視線を上のほうに固定させたまま引きつっていた。
「乾クン!どうして、」
振り向けば剣呑な顔をした乾クンがメガネのフレームに電飾の光りを反射させて立っている。
おまけにヨレヨレのシャツ。伸びた無精ひげ。
180センチを越える長身とあいまって、恐ろしい威圧感を発揮していた。
「どうしたもこうしたもないだろう?
今日が約束した映画の最終日だと思って、死ぬ気で研究をまとめあげて出てきたら携帯は通じない。
で、君の行動パターンを予測して・・・この時間に一人で映画を見に行ったと思った。
出かけに教授に捕まったせいで上映時間には大幅に遅れてしまったから、
君が出てきたところを捕まえようとしたら・・・これだ。
いきなり知らない男に口説かれてる。どうなってるんだ?」
「どうって、私だって・・・突然で困ってて」
「だから前から言ってるだろう?君は警戒心がなさ過ぎる。誰にでも優しくしてると誤解されるよって。」
「でも、」
「デモも、カカシもないよ。それに、恋人がいるかと聞かれたら即答するものだろう?
おまけに『恋人はいないけど』と言ったように聞こえたんだけど、あれは俺の聞き間違い?」
「言ったけど、」
「怒るよ。10日も研究室にこもってたからかい?で、この仕打ち?」
「仕打ちって・・・」
私の方が10日も放っとかれたのに。
「あの、お取り込み中みたいだから僕は帰るよ。それじゃあ。」
言いにくそうに会話に入ってきた先輩は、既に2-3歩後ろに下がっている。
乾クンは儀礼的に挨拶をすると、すぐ私に向き直って話の続きをしようとする。
私も「すみません」と頭を下げて、そそくさと去っていく先輩を見送った。
「、どこを見てるの。今、話しているのは俺だよ。それとも、君はああいうのがタイプ?」
「ち、違うわよ。悪かったな、と思って。」
「何が悪いって?だいたい、なんであんな男と映画を見たのか教えてもらおうかな。」
「それは、」
映画館の前で、先輩に会ってから乾クンに見つかるまでを順を追って説明させられた。
黙って聞いていた乾クンが大きな溜息をつくから、なんだか悲しくなってくる。
「の間違い。その1。まず、俺を待たなかったこと。連絡してくれれば、遅れても行くからと約束できた。」
「だって10日間、ろくに連絡してこなかった乾クンに『映画、行く?』なんて聞けないよ。」
「ふむ。ま、没頭していた俺も悪かったかな。じゃ、それはナシで。
その2。偶然会った奴と並んで座ったこと。暗いところで隣を許すなんて、無防備にも程があるよ。何かされなかった?」
「別に、」
手を握られそうになったことが頭をよぎったが、言うと怒られるので口をつぐむ。
「手ぐらいは握られたんだろう?」
「なんで、」
「やっぱりね。は俺に嘘をつくとき、必ずする癖があるからね。」
「なっ、なに、それっ。教えて!」
「駄目。教えてしまったら、嘘が見抜けなくなるだろう?」
うっ。意地悪。
「それ以上は、なし?ま、それは嘘じゃないみたいだな。
その3。断わる時にはハッキリ断わる。これは原則だよ?曖昧な態度は駄目。相手に、つけこまれるからね。
そして、最後。恋人はいないけど・・・って、あれ。正直、傷ついたよ。の弁解を聞かせてもらおうかな?」
言うだけ言うと仁王立ちで腕を組んだ乾クンが私の答えを待っている。
今までの話を聞いていて思ったこと、それは。
「乾クン・・・って、恋人なの?」
一瞬、空白になったような間をおいて。乾クンが、ずれてきたメガネを人差し指で押し上げた。
「俺は、ずっとそう認識してたけど。は違った?」
「だって、乾クンは一度も『好き』とか『付き合って』とか言わなかった。」
「そうだったっけ?おかしいな・・・いつも思っているから言ったつもりになっていたかな。
じゃあ言っとこう。『俺は君が好きだよ。これから先も、ずっと付き合って欲しい。』どう?」
う・・ん。
ずっと待っていた言葉だったけど、徹夜続きらしいヨレヨレの乾クンに言われても。
それに無理矢理言わせたみたいで素直に喜べない。
私の顔を見た乾クンが、また大きな溜息をついた。
「あのね、。納得してない顔してるけど。
君は俺をどんな人間だと思ってるんだい?
好きでもない子の傍にいて、いつもハラハラしながら寄ってくる男達を蹴散らすボランティアして。
好きでもないのにキスをして。抱きしめて。
好きでもないのに寝る間も惜しんで時間をひねり出して一緒にいたいとする男がこの世にいると思うかい?」
「それは・・・」
「俺が、どんなに君を好きか。
好きで、好きで、好きで。
出来ることなら自分の半径1メートルから離したくないって思ってるぐらい好きなこと、なんで気づかないの?
疑うなんて許せないほど、俺は君を愛している。
まだ、足りないかい?なんなら、今すぐ籍を入れてもいいよ。同棲してもいい。
頭を下げろというなら、土下座してでも君のご両親に許しを得るのだって厭わない。
が好きだよ。一目惚れだった。どんなことをしてでも・・・君が欲しいと思った。
こんな俺だから研究にも没頭するけど・・・一番に嵌ってるのはにだよ?」
くらくらした。顔に体中の血液が集まってきたみたい。
こんな甘い言葉を雨のように浴びせられたのは初めてで、頭の中が沸騰してしまった。
「、大丈夫?茹でタコになってるけど。」
「・・・ウン。」
乾クン、よく赤面もせずに・・・と思ったら。彼の耳が赤くなっているに気づいてしまった。
「乾クン、帰ろ。なんか・・・恥ずかしいし。」
「・・・同感。」
さっと目の前に差し出された大きな手に、私の手を重ねた。
ぎゅっと一度強く握られた手が、次には優しくふんわりと繋がれた。
駅に向かって言葉もなく歩く。
気持ちを確認してしまったら、急に気恥ずかしくなってしまった。
こっそり乾クンの横顔を盗み見ようとしたら、しっかり目が合ってしまった。
「なに?」
「あ・・・あの、私の気持ちも言ってなかったね。」
「そうだっけ?」
「ええっ!」
だって、本人が言った覚えがないのに・・・さも意外そうな顔って。
「いや。は、すぐ表情に出るから。俺のことが好きだなって分かってたよ。
第一・・好きでもない男に、すべてを許す女の子じゃないだろう?」
「そ・・そうだけど」
「いや、でも。ちゃんと口に出して言って欲しいな。ウン、それでお相子だ。」
「お相子って、」
困惑する私を横目に、何か思いついたように乾クンがクスクス笑いをした。
なに?と、目で問う私の耳元に顔を寄せると。
「告白は、家に帰ってから。じゃないと、すぐに押し倒せないから。」
それはそれは楽しそうに、乾クンが甘く囁いた。
「甘いささやき 乾編」
2005.10.22
ふぅ
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