テーマ 「甘いささやき 〜跡部偏〜」
「てめぇ、誰に向かって口きいてるんだ?ああ?」
「目の前にいる、人にモノを頼む時の口の聞き方を知らない男によ。」
「なにぃ?」
跡部君の上がった肩眉がピクピクしているのを見ながらも、私は目を逸らさない。
男子と女子のテニスコートをわける通路で睨みあっている私たちを遠巻きで部員達は見ているが、
誰もが恐ろしくて間に入れないというところだろう。
「うちらのコートが使いたいなら、ちゃんと頭を下げてよ。
いきなりやってきて『土曜日に練習試合がある。女子のコートも使うから整備しとけよ』って、なに?
私たちだって試合も近いし、時間のある土曜日は貴重な練習時間なんだよ?」
「それぐらい分かってるから、俺が使ってるクラブのコートを使えって言ってるだろうが。
何の問題があるんだ、言ってみろっ」
「あのねぇ、跡部君は郊外のテニスクラブでも運転手つきの車で苦もなく行けるんだろうけど、
私たちは電車やバスを乗り継いで移動するんだよ?男子ほどじゃないにしても人数だっているんだし。」
「ああっ、うるせぇ。なら、バスでも用意してやるよ。それに乗せてけば文句ねぇだろ?」
「それは助かるけど。私が言ってるのは、そんなことじゃないって。人にモノを頼む時の態度を、」
「いい加減にしろよ。お前、俺を怒らせたいのか?」
「もう怒ってるじゃないっ」
怖いくらい綺麗な目が、怒りをはらんで私を睨んでくる。
既に怒っている彼を思いっきり睨みつけながら、更にお互いが言葉を重ねようとした時。
場に合わない、のんびりしたイントネーションが割って入ってきた。
「ちょう、待ちって」
「忍足は、あっちへ行ってろ」
「やってが怒るのも当然やろ?すまんなぁ。うちの部長は坊ちゃまやから、ものを頼む言葉を知らんようで。
代わりに副部長の俺が頭を下げるから、よろしゅう頼むわ。な、、」
「なんだとっ?誰が坊ちゃまだ?」
後ろで声を荒げる跡部君を無視して、忍足君が人好きする笑顔を浮かべて両手を合わせると頭を下げてくれた。
「忍足君に頭を下げられたら仕方ないかな。いいよ、来週の土曜ね。」
「すまんなぁ。ありがとう、助かるわ。」
「待てよ、。その態度の違いは、なんだ?」
チロッと冷めた視線を跡部君に流して「バス。忘れないでね、」と釘をさし背を向ける。
っ!と怒鳴る跡部君と宥める忍足君の声を聞きながら、私の口元は勝手に緩んでいた。
クラブのテニスコートを勝ち取れたから?ううん、違う。
跡部君と・・・今日も喧嘩ができたから。
屈折した恋心、分かっているけど。
唯一、私が他の女の子と違う所。
それは、跡部君と喧嘩が出来ることぐらいなんだもの。
学園一有名人の跡部君。ルックスも一番。家柄も一番。勉強も一番。テニスも一番。
一番ばかりの彼は、学園内外問わず女子生徒たちの憧れだ。
もちろん・・・私も憧れてる一人。中等部から続けた片想いは5年以上になる。
ただ私は女子テニス部の部長だから、憧れの彼と話す機会が多い。
ドキドキを隠すため、わざとぶっきら棒に返事をしているうちに言い合いをするようになって。
いつのまにか『犬猿の仲』と噂されるほど、顔を見ればいがみ合う二人になってしまった。
それでも、いい。ただ黙って見ているだけよりは何倍もマシ。
廊下で擦れ違えば「よう、。」と向こうから声をかけてくれる。
「お前、青学に負けたら帰ってくんなよ。」と、必ず嫌味もついてくるけれど、それさえ嬉しい私は重症だと思う。
喧嘩相手でもいい。彼の瞳に映り、彼と言葉を交わす事ができるシアワセは手放せない。
「!」
「忍足君、どうしたの?」
「どうしたのって?忘れ物して取りに戻ったら、の姿が見えたから。もう、8時過ぎてんで?」
部室の鍵を閉めて暗いグラウンド脇を歩いていたら、忍足君に声をかけられた。
試合が近いからレギュラーたちの練習にも力が入っていた。
女子の部長である私は、2年のレギュラーや補欠にも目を配って底上げを図っているところ。
ついつい自分の練習は後回しになって、ここ最近は居残り練習をしていた。
「ちょっと、」
「ちょっとって、こんな暗うなってから帰ってたら危ないやろ?学校かて、どんな男がおるか。
あ、お前。ひょっとして、一人で練習してるんか?」
突然ひらめいた様に忍足君がポンと手を叩いた。
闇の中に忍足君のメガネが外灯を受けて光るのが綺麗。
私が頷けば「えらい、えらい」と頭を撫でられた。
クシャクシャになった髪を慌てて直しながら忍足君と並んで校門を出る。
「全く、ウチのテニス部は男女共に努力家やなぁ。」
「そう?跡部君には敵わないよ。」
「へ?、そんなこと思うてるんや。」
「跡部君は才能もあるだろうけど・・・あれだけの部員の中でトップに立つ実力は努力がないと得られないと思うよ。」
「まあ、な。それを俺らには見せへんところが、格好つけしいうか、嫌らしいいうか、凄いというんか。」
「忍足君だって、同じでしょ?そんな努力してるようには見えないけど、ちゃんとしてる。」
「あらら。には、かなわんなぁ。」
軽く笑ってる忍足君だって『天才』と呼ばれる名の影で、どんなに努力をしているか。
正確無比なストロークを見ているだけで分かる。
駅までテニスの話で盛り上がって別れた。
忍足君は駅を使わないのに、わざわざ送ってくれた格好になってしまい、私は悪くて頭を下げた。
「ええって。、可愛いから心配やっただけ。」
「忍足君、あのねぇ。日焼けした可愛くもないテニス女を襲うような奇特な人は、いないって。」
「はぁ?それ、本気で言うてんの?あかんで、。なんや、心配やから・・・明日から送ろうか?」
「冗談でしょう?ダメダメ。大丈夫だって!とにかく、今日はありがとう。また、明日。バイバイ。」
「また、明日な。バイバイ。」
改札を抜けて振り向けば、まだ忍足君が立っていた。
私に向かってニコニコ笑い、手を振っている。
なんだか胸が温かくなった。彼が、女の子に人気がある理由・・・分かってしまった。
きっと好きな女の子には、とことん優しいんだろうなぁ。
男の子の優しさって、素敵だ。ドキドキする。
跡部君も・・・そうなのかな?好きな子には、優しく微笑んだりするのかなぁ。
ズキッと胸が痛んだ。
テニス一筋で、誰かと付き合っている話は聞かない。
他校に彼女がいるんだろう、とか。実は婚約者がいるんだ、とか。
噂は多く飛びかい、彼に告白する女の子も後を絶たないけれど、彼はテニスにしか興味を持たない。
それは、片想いの私にとって救いでもあり。絶望でもあった。
翌日。部活が終わって、コート整備を横目に明日の練習試合の事を跡部君と話し合っていた。
女子のコートは当然のことながら女子が管理しているから、物品の場所やらを教えておく。
跡部君は監督に根回ししてくれて、学園のバスを借りられるよう手配を済ませておいてくれた。
「明日の10時には全員集めとけよ。
で、あっちに行ったら俺の名前を言えばいい。そしたら、コートに案内してくれんだろ。
言っとくが、そこらの市営コートとは違うんだから、マナー良くしろよ? 後で俺が恥をかくんだからなっ」
「あのねぇ。人の事を何だと思ってるの?
跡部君が大丈夫なんだから、私なんかお行儀良くてビックリされちゃうわ。」
「はぁ?どういう意味だ、それ。」
いつもの楽しい言い合い。憎まれ口をポンポンと交わしていたら向こうから忍足君がやってきた。
「、終わったか?練習、付き合うたろ。」
「忍足君、え・・・何?どうして?」
「いや。昨日、言うたやろ?帰りが危ないから、送るって。ついでやし、練習も付き合ってやろうかと思うて。」
「駄目よ、そんな。本気だったの?」
「当たり前やん。可愛いをひとりで帰すわけにはいかへんし。」
「ちょっ、ちょっと待って。本当に大丈夫だから。」
「え・・・迷惑なん?」
「そんな、そんなことは・・・ないけど」
驚いた。本気で忍足君は私を送るつもりだったらしい。
困った・・・今日はもう練習せずに帰ろうか?と頭をよぎる。
部活の終わりぐらいから広がった雲が重くたれこめていた。
今朝の天気予報で、夕方から夜にかけて一時的に強い雨が降るかもしれないと予報していた通りになりそうだ。
「あ、あの。きょう、」 は雨も降りそうだし帰る。
「忍足。まだ、との打ち合わせが終わってねぇんだ。お前は先に帰ってろ。」
私の言葉に覆いかぶさるように発せられた声は跡部君のものだった。
ハッとして跡部君を見たら、物凄く強い眼差しで忍足君を見ていた。
忍足君はいつもと同じ、にこにこしながらも跡部君から視線を外さない。
「そんなに長くかからんやろ?俺、待ってるけど。」
「まだ、かかるんだよ。他にも話すことがある。」
「他にも、ねぇ。ふ〜ん。何やろ?」
「お前には関係ない。」
気づいてしまった。忍足君は笑っているけど、レンズの奥の瞳が笑っていない。
跡部君は気づいているのだろう、二人は険悪な空気を纏っている気がする。
「ちょっと、待って。
忍足君、あの・・・今日は天気も悪くなりそうだし・・・明るい内に帰るから大丈夫。あの、ありがとう。」
やっと中断されていたセリフを告げれば、忍足君と跡部君が同時に私を見るから思わず肩をすくめてしまう。
それほど二人は、いつもと違った雰囲気だった。
ひと息の間を置いて「分かった、」と忍足君が呟くように言う。
「ほな、跡部。頼むな。」と告げると、私の髪をくしゃくしゃっと撫でて背を向けた。
忍足君!と叫びながら乱れた髪を直せば。
忍足君が肩を揺らして笑いながら「ほな、バイバイや。、」と片手だけを軽く上げ、
一度も振り向かずに部室の方へと消えて行く。
なぜだか・・・その後姿から目が離せなくて、私は黙って見送った。
彼の姿が完全に消えてから思い出したかのように跡部君の顔を見たら、彼もまた消えた忍足君の姿を追うように遠くを見ていた。
「跡部君、」
「ああ?」
私の呼びかけに、やっと彼の視線が私と合う。
「話って?」
「ここでは・・・話せない。とにかく、お前は服を着替えて来いよ。
俺は監督の所に報告してからだから、少し遅くなる。部室で待ってろ。」
「いいけど。あの、副部長も残しておこうか?」
「いや、いい。お前だけ・・・残ってろ。」
一瞬、鼓動が跳ねた。
何の話かは思い当たらないが、部活がらみのことは分かっていたから副部長も・・・と思った。
だが「お前だけ・・・残ってろ」と言われて。一瞬、それが特別な響きに聞こえてしまって戸惑った。
勘違いも甚だしい。
跡部君に気づかれてしまったら完璧に呆れられて、明日からは目も合わせて貰えないだろう。
「じゃあ、待ってるから。」
「ああ、」
彼は私の目も見ずに背を向ける。
その背中が雨雲の間から薄く射す夕日に染まっていた。
他の部員達を帰し、跡部君を待つ。
好きな人を待つ時間は、ある意味で幸せだ。
相手が自分のことなど好きでないのが・・・切ないだけ。
いつもより闇が早い。部室の窓から見る空は、今にも泣き出しそうになっている。
跡部君、遅いな。そう思った時、部室にノックの音がした。
ドアを開けると何故か眉を寄せた跡部君が立っていた。機嫌が悪いのか、何か難しい事でも監督に言われたのか。
普段なら「遅い」「いつまで人を待たせるつもり?」と嫌味の一つでも繰り出すところだけど。
「悪りぃ。遅くなっちまった。」
ドアを開けて目が合った私に、彼がボソッと言ったから調子が狂ってしまった。
「いいけど。話・・・って?」
「雨、降りそうだ。帰りながら話そうぜ。」
「うん、いいよ。」
私は部室の戸締りをして最後に入り口の鍵を閉め、ぼんやりと空を見上げている跡部君の隣に並んだ。
「時間の問題だな、」
「そうだね。今にも、降ってきそう。明日は晴れるって言ってたけどね。」
「・・・そうか。なら、いい。」
明日の練習試合の天気を気にしているのだろう。
空を見上げる跡部君の横顔が綺麗で見惚れた。
「ね、跡部君。傘は?」
「持ってねぇ」
「嘘、信じられない!今朝の天気予報、見なかったの?」
「迎えが来るから傘なんか必要ねぇんだよ。」
「あっ、そう。あ・・・待って。話、帰りながらって・・・跡部君は車で帰るんじゃないの?」
「いつもは、な。今日は、お前を送ってく。」
「なんで、」
並んで歩き始めてから言われた言葉に、心底驚いた。
角を曲がって校門が見えてきた所で、私の問いかけに跡部君の足が止まった。
「帰りが危ないんだろ?だからだよ。」
「なに、それ。それは忍足君が勝手に、」
「忍足と毎日帰ってたのか?」
「まさか。昨日、偶然に」
「忍足とは何を話してたんだ?」
「何って、昨日?」
「練習に付き合ってくれって頼んだのか?」
「違う、それは忍足君が、」
「忍足、忍足って、呼ぶなっ!」
体中に電気が走ったみたいに震えた。
跡部君の聞いたことがないような大きな声。目の前に立つ彼が『怖い』と、初めて思った。
彼の名前を呼ぼうとしたのに、口の中が乾いて言葉が出ない。
「お前は忍足が好きなのか?」 違う。首を横に振る。
「なら、アイツを誘うな!」 どうして?大事なレギュラーを私が誘ったと思ってるの?
「だいたい、お前がっ」 私が、なに?そんなに私が悪い?跡部君を・・・それほどに怒らせるほど?
怒鳴っていた跡部君が言いかけた言葉を止めた。
ポツリ、ポツリと頬に雨が落ちてきた。
ああ、やっぱり雨が降ってきた。跡部君、傘を持ってないし・・・早く帰らなきゃ。
「あ・・とべ君、雨が、」
「っ、」
視界に映ったのは真っ黒な雨雲と早めに点灯されている外灯の明かり。
私は空を見上げながら、視界の隅に入っている茶色の髪とグレーのブレザーを鈍い頭で認識していた。
顔に雨が落ちてくる。頬に、たくさんの雨が流れて・・・
「泣くな、泣く・・なよ。泣かせたいわけじゃ、ない。」
視界がぼやけるのは雨じゃない。ううん、雨も降り始めた。
でも、頬を流れていくのは涙なんだと分かった。
そして、跡部君の声が体から響いてくるのは・・・抱きしめられているから。
ぐっと体にまわった腕の力が強くなるのを感じた。
「おい、言えよ。俺のことが好きだって。俺のことしか考えられねぇって。
好きで、好きで、どうしようもないって言えよ。
言ったら、傍にいてやる。ずっと、お前だけ見てやる。
一人でなんて帰しやしねぇ。俺が、俺だけが・・・お前を守ってやる。
だから、言えっ!俺を好きだって、言ってみろ!・・・っ」
跡部君の声・・・震えてる。
言葉が。耳じゃなくて、直接心の中に吹き込まれているよう。
雨が跡部君の肩を濡らしていく。
髪も。私も。みんな・・・濡らしていく。
「跡部君、」
「・・・・・、」
「雨、降ってきちゃった」
「んなこと、どうでもいい」
「これ・・・夢じゃないよね」
「夢だったら、んな・・みっともねぇ事、言ってねぇ。もうちょっと、他にもやりようがあったと後悔してる。クソッ」
「そっか・・・」
「冷静に話してんじゃねぇぞ。お前だけだ、俺様に・・こんなことさせんの」
「5年・・・5年間も片想いしてたの」
「誰に、だ?」
「跡部君・・に・だ・・よ」
最後は胸が一杯になって、嗚咽と一緒になってしまった。
同時に息も出来ないくらい、強く強く抱きしめられて目を閉じた。
ねぇ、囁いて。
私のことが好きだって。私のことしか考えられないって。
好きで、好きで、どうしようもないって言って。
言ったら、傍にいてあげる。ずっと、あなただけ見てあげる。
一人でなんて帰らない。私が、私だけが・・・本当のあなたを見ていてあげる。
だから、言って。私を好きだって、言ってみて。・・・跡部君、
テーマ 「甘いささやき 跡部編」
2005.09.29
なんか、力・・・はいっちゃった
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