甘いささやき 〜忍足編〜
なんで、私が?
思いながらも、キチンと整理されている台所で悪戦苦闘している。
お粥なんて、アイツなら米から鍋で炊きそうだけど・・・私はレトルトパックで。
せめてタマゴを落とそうとして、殻が入っちゃった。
白いご飯にタマゴの殻も白で、発見不可能。遭難しちゃった。
まっ、いいか。
『リンゴのすりろし、食べたいねん。』
ざけんなよっ。跡部君なら、吐き捨てるだろう。
だけど、自覚済みの超不器用さでリンゴの皮を剥いた私はエライと思う。
剥くのは野菜の皮むき器を使ったから怪我しなかったけど、
すりおろす時、調子に乗って勢い良くやってたら・・・自分の指も一緒にすりおろした。
げっ、О型血液入りのリンゴになっちゃった。
まっ、いいか。
トレイにタマゴ粥とリンゴを置いて、病人の枕元に運んだ。
「おまたせ。」
「ああ、悪いなぁ。」
「悪いと思うなら、私を呼ばないでよ。」
「そんな、一人暮らしの俺が寝込んだら・・・嫁さんを呼ぶに決まっとるやろ?」
「なら、ガックン呼べばよかったのに。」
「アホッ、岳人はペアであって、嫁さんじゃないわっっっ。ゲホッ」
ベッドに起き上がりながら、よく喋る病人。
低く通りのいい声も鼻声じゃあ、今ひとつだ。
「私も嫁さんじゃないもん。独身です。はい、どうぞ。召し上がれ。」
「は冷たいよな。なんか、切ない。おおっ、美味しそうや」
「そりゃヨカッタ。」
スプーンを差し出すと、「なに?」という間の抜けた顔をされた。
メガネをしてない侑士。
とっても美形だと思うけど・・・髪、跳ねてるし。
「なにって、スプーン。」
「え?アーンは?」
「アーン?跡部君?」
「アホッ。その、アーンやないっ!が俺にしてくれる、甘〜いアーンやっ」
呆れた。大口を開けて、ヒナのように食べさせてもらおうとしている。
白い目で、しばらく見据えてみたけど口を開けたまま閉じそうにない。
口腔内が乾燥しそうだったので、仕方なくスプーンにお粥をすくい口に入れてやろうとした。
「まっ、待てっ!フーフーせんかいっ」
「フーフー?なに、それ?」
「そのままやと、熱いやろ?口の中、火傷するわっ」
「もう、うるさいなぁ。」
それだけ元気があるなら自分で食べればいいのに。
はい、フーフー。と棒読みで息を吹きかけ、侑士の口に運んでやった。
いい加減やなぁ・・・とか、文句を言いながらも口にした侑士は嬉しそうだ。
「うんっ、うまい。上手やん、。」
「コンビニのレトルトだもん。」
「・・・お前なぁ。嘘でも手作りと言えっ」
「タマゴは私が入れました。」
「そうか。ウン、せやからウマイか。そうか、そうか。」
何やら勝手に納得して「アーン」を繰り返している侑士は子供みたいだ。
「なんか、硬いものが」
「ああ、タマゴの殻だから。気にしないで。」
「・・・カルシウムか?」
「そうそう。身体にいいよ。」
タマゴの殻入り粥、完食。
「はい。アーン。」
「ちょっと、リンゴは熱くないでしょう?」
「ついでやろ。ケチケチせんと。」
「はぁ?」
この甘えっ子!テニス部の皆に言いふらすぞっ!
そう思ったけど、言ったところで「あっ、そう」で終わりそうだ。
侑士がベタベタなのは周知の事だった。
すべて食べさせ、風邪薬も飲ませて。ハイ、おしまい。
疲れた。早く片付けて、帰ろう。
「いつもすまないねぇ。私がこんなばかりに・・・おまえに苦労をかけて、」
顔をあげたら、悪戯っぽい顔をした侑士が体温計を脇に挟んで笑っていた。
ピンときた私も、仕方なく付き合ってやる。
「いいのよ。侑士。一日でも早く、元気になってくれたら・・・それで。」
時代劇がかった台詞回しで返し、お互いがクスッと笑う。
侑士が片手を伸ばしてきて、そっと私の右手をとった。
「自分の指をすりおろして、どうするん?」
言いながら、とった指に唇を寄せるとぺロッと舐める。
「ちょっ、勝手に舐めないでよっ」
「いや。怪我は舐めたら治るやろ?」
ニッコリ笑う侑士に、つい赤面してしまった。
「か、片付けて帰るから。もっ、寝て。」
「嫌や。お礼、してない。」
「いらないっ。熱あるんでしょ、寝たほうがいいって」
ギュッと、腕をつかまれる。ヤバイ。なんか、ヤバイ気がする。
ピピピ・・・と電子音がなり、脇から出してきた体温計をチラッと確認すると、侑士の笑みが深くなった。
「大丈夫。平熱に戻った。」 と、ポイッと枕元に体温計を投げた。
「いや、一時的なモノだと思うよ?お皿、洗うから。ね、離して、」
「嫌や。離しません。」
「か、風邪がうつるもんっ」
「大丈夫。俺が、つきっきりで看病してやる。お前よりは、料理がうまいで?」
言いながら繰り返される指へのキス。
侑士を包む甘々の空気・・・これに捕まってしまったら、そうは逃げられないことぐらい知っている。
「か、帰るっ」
「帰さへん」
「帰るって、」
「嫌や」
「かえっ」
病人とは思えぬ力強さ。
普段よりは、やっぱり高い体温の胸に抱きこまれてしまったら・・・もう動けない。
あーあ。捕まってしまった。
それでも腕の中で悪あがきをしていたら、やさしく髪を撫でられて耳元にキスが落ちてきた。
そして、そして。トドメの甘い囁きが・・・
翌日。
やや鼻声だけど、元気ハツラツの侑士がいた。
その隣で、いがらっぽい喉とダルイ体を引きずって歩いている私。
横を通った跡部君が私たちを見て、一言。
「バカップル」
それだけ呟くと、さっさと行ってしまった。
お見通しですか・・・跡部君。
「いやぁ。褒められてしもうたなぁ」
「馬鹿」
「馬鹿っ?なんでっ」
「侑士の馬鹿。」
隣で、馬鹿とアホの違いについて語っている関西人。
風邪のせいなのか、侑士のせいなのか頭痛がする。
いや、風邪だって。うつったのは侑士のせいだ。
そうだ、全部・・・侑士が悪い。
それでも・・・好きなんだから。
まっ、いいか。
逃がさへんで。は、一生・・・俺のもんや
あの甘いささやきから、逃げる術などないのだから。
テーマ 「甘いささやき〜忍足編」
2005.09.06
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