甘いささやき 〜手塚偏〜
「。この請求は何だ?何故、部室のドアが含まれている?」
「足で蹴ったら壊れたからよ。」
「・・・それは、お前が自費で直すべきだろう。」
「あのねぇ。うちは男テニみたいに部員が多いわけでもないし、マネージャーもいない。
両手にボールが満杯に入ったカゴを持って運んでたらドアを開けてくれる人もいないの。
足で蹴るしかなかったのよ。そしたら、ガタのきていたドアが勝手に壊れたの。」
「カゴを置いて、ドアを開けてから運べば済むことだ。」
無表情で冷たく言い放つ手塚クン。本当に高校生?と戸籍を確認したくなるほど落ち着き払った態度だ。
「ま、まぁ、手塚。ドアも古くなってたんだろう。
この際、蹴ったとかいう事は措いといて、まずはドアを直してあげないと。
女の子なんだし、着替えるのとか大変だろう?」
「そうなのよ、大石君。さすが青学の母ね。人を思いやれる人って素敵よ。」
「あ・・いや、ありがとう。」
「大石。に甘い顔を見せたら、そのうちベンチからポールまで壊すかもしれないぞ。」
「手塚クン?なに、それっ!人をゴジラかガメラみたいなこと言わないでくれる?」
「怪獣なら、まだ諦めがつく。不可抗力だ。」
「どういうことっ?」
「あははは、手塚。面白いなぁ。」
大石君が朗らかに笑うから、ジロッと睨みをきかせると瞬時に黙った。
シレッとした顔で請求の用紙をめくっている手塚クンの横顔を見つめて怒ってはみるけれど、てんで相手にされてない。
「いいわよ。直せばいいんでしょ?直せば!直すわよっ」
「そうだな。このボールの分は了承した。うちの分と合わせて請求しよう。」
「ソリャドウモ。アリガトウゴザイマス。」
感情のこもってない棒読みで対抗したけれど、鉄仮面手塚は無視だった。
お愛想笑いをする大石君を残して、さっさと男子のコートに戻っていくレギュラージャージの背中。
憎たらしいやら、不本意ながらカッコイイやらで、ますます腹立たしい。
「ああーっ、手塚のケチっ!」
ゲシゲシと足元の芝を蹴ってたら、穏やかな大石君が慰めてくれた。
「まあまあ、後で俺も手塚に言ってみるからさ。それより、ドアはどうするの?本当に直せる?」
「なんとかやってみる。なんせ男子と違って、弱小女テニだからね。肩身が狭いわ。」
「そんなことないよ。さんは関東でベスト8、すごいと思うけど。」
「ありがとう、大石君。大石君はオアシスだわ、癒される。」
「・・・なんか喜んでいいのか分からないなぁ。」
人のいい大石君と少し話して、自分も女子のテニスコートに戻った。
さて、あのドア・・・どうやったら直るのかしら?と思案しながら。
薄闇の中、部員達が帰った後にドアの前に立つ。
蝶番が駄目になっているらしい。
これを丸ごと交換すれば何とかなりそうだと、通りがかった乾君に聞いた。
で、言われた通りの物をこっそりと男テニの一年生に買ってきてもらった。
ドライバーを握り締めて、いざ。
・・・が、ドアは重い。一人で支えながら交換するのは、かなり無謀なことに思えてきた。
「あーあ。誰かに残ってもらえば良かったなぁ。」
自分の肩にドアをもたせかけ、痛みに耐えながらネジを差し込もうとした時、ふっとドアが軽く持ち上がった。
背中に寄り添うような気配と温もり。
自分の目線に伸びてきた長くて節ばった指は見慣れたもの。
部長がここにいるということは、男テニも部活を終了したらしい。
「うちの一年を勝手に使うな。」
「あら。乾君には、ほのめかしておいたけど。」
「俺は聞いてない。ドライバー、」
冷たく言いながらも片手でドアを押さえながら、あいた左手を私の方に差し出す。
ドライバーを渡せば「ネジ。ここを押さえていろ。」と次々命令する。
黙々と職人のように作業する手塚クン。
文句を言いながらも、彼の言う通りに物を渡していると楽しくなってきた。
「なんか外科医みたいよ?ほら、メスとかって。」
「・・・ネジ。長い方をくれ。」
「ハイ。手塚クンさ、医者とか向いてるかもね。何があっても表情が変わらないでしょ?
それにさ、歳くって見えるから若くてもベテランに見えて患者が安心しそう。」
「医者になど、なる気はない。」
「やっぱりテニスプレーヤー?私には夢みたいな職業だけど・・・手塚クンには夢じゃない。現実だもんね。」
「・・・これで最後だ。もう一本、長いネジをくれ。」
最後に残った一番上の蝶番。
長いネジを手に手塚クンを見上げたら、視界がやけに暗かった。
部室の入り口についた安っぽい蛍光灯が手塚クンの影になっている。
近い距離に目を閉じる。
メガネが当たらないように・・・いつものように少し顔を傾けた。
重なる唇は、触れるだけで離れた。
目を開けたら、すでに最後のネジをドライバーで締めている。何をやっても素早い人だ。
「学校でキスするの、初めてだね。」
「作業代だ。」
「あれぇ?いつも、何の作業をしなくてもキスするのは誰?」
「・・・あれは愛情だ。」
ブッとふき出す。
愛情だなんて、よく真顔でそんな恥ずかしいことが言えるものだと思う。
でも、それが嬉しくて赤面している私。薄暗くて気づかれないのが幸いだ。
「よし、これでいい。、もう壊すなよ。」
「ありがとう、国光クン。」
「、」
「うん。」
ドライバーを差し出しながら、片方の手で触れてくる頬。
柔らかに撫でられて肩をすくめる。
「お礼は、さっきしたはずよ」
「今度は・・・愛情だ。」
「そうなんだ?」
「ああ。」
端正な顔の焦点が合わなくなったら、もう一度・・・キス。
珍しい、と思いながら受け止める。
特別に決めたわけでもなかったけれど、学校では恋人らしい態度は見せない私達。
テニス部の部長同士が付き合っているとなると、
色々と騒がれるし部内が落ち着かないのは分かっているから・・・それは仕方ない。
もう慣れてしまったけれど、少し寂しい時もある。
彼が女の子達に騒がれているのを見る時や、告白されたと噂を聞くたびに胸が痛む。
高い高い所を目指している彼は、女の子になど興味はないようだから浮気の心配はないけれど。
私だって・・・彼にとっては、そう重要な位置をしめる人間ではない気がする。
いつか、そう遠くない未来に彼は世界に羽ばたく人。
私は誰にも知られずに終わる恋人だ。
、と不機嫌そうに名前を呼ばれて意識を戻した。
あらら。キスの途中に考え事をしていたのがバレたらしい。
「何を考えてる?」
「うんとね、学校で・・・なんて珍しいなって。ね、まだ他の部が残ってるかもよ?見られたらマズイでしょう?」
いつの間にか抱き寄せられている体を離そうとしたら、背中に回された手に力が入る。
とても真剣な目をした彼。銀色のフレームに蛍光灯の明かりが反射して光っている。
「手塚クン?」
「別に。俺は、見られてもかまわない。」
「どうしたの、」
「なんなら、明日から手を繋いで登校してもいいが。」
「ちょっと大丈夫?何かショックなことでもあったの?熱があるとか、」
「ショック・・・。ああ、そうだな。ショックなことがあった。」
「なに?」
「大石が、お前のことを『可愛い』と言い、乾が『は人気があるから、ライバルが多い』と言った。
菊丸が次々とお前に告白した男の名前をあげた。」
「そうなの?英二君って、見てないようで見てたんだ。でも、手塚クンほどはモテないよ?」
ちょっと、おどけて言ってみたけれど彼の表情は硬いまま。
体を抱き寄せる手の力も緩まない。
じっと熱く見つめられて。冗談では済みそうにない雰囲気に胸がドキドキしてきた。
遠くで誰かの笑い声が聞こえる。野球部か、陸上部か、きっと残っていた生徒だ。
「手塚クン、誰かが」
焦る私の背中に添えられていた手が動き、彼の学生服に押し付けられた。
そのまま肩を抱え込むようにして、ぎゅうっと抱きしめられる。
ダメ、と声にならない私がバタバタするのに、動じない手塚クンが耳元に唇を寄せて囁いた。
「これから先、どこにでも連れて行く。俺の夢にも・・・つきあって貰う。」
意味を考え。
抱きしめてくる腕の力に答えを見つけ、体の力を抜いた。
「。ついてくるだろう?一生だ、」
いつにない甘いささやきに。
私の未来は彼と共にあることをとても感謝した。
「甘いささやき 手塚編」
2005.11.01
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