あなたのためなら・・・ 〜菊丸編〜










!!」



英二クンの家に遊びに来ていた私。


『ジュースを持ってくるね!』と下に降りていった彼の呼び声に立ち上がった。


英二クン以外は誰もいない家だけど、遠慮がちに階段を降りてリビングの方に向かう。



「英二クン?」
!こっち!」



窺うようにリビングの入り口で声をかければ、焦ったような英二クンの声がした。
中を覗き込めば、英二クンが視線だけをぎこちなく私に向けて「来て、来て」と言う。


なんだかよく分からないけど彼の隣に並べば・・・・それは?
英二クンの右手に握られているのは・・・殺虫剤。



「さっ、さっき、ゴキブリがいたっ!」
「ええっ!」


「俺、ゴキちゃんはダメぇ!、お願い!やっつけて!」



英二クンは姿を見つけたらしい壁を睨みつけながら、情けない声で私にお願いしてくるの。
でもね・・・



「ゴメン!私も・・・あんまり得意じゃないっていうか、苦手なの。だって飛ぶんだもん!」
「そっ、そうだよにゃ。アイツ、シューってやると反撃してくるみたいに飛んでくるんだよっ!」


「そう・・・それも顔めがけてね。」
「うわぁぁぁぁぁ。ダメだ。ドキドキする。お・・・大石に電話して、やっつけて貰おうか?」


「だっ、ダメよ!めったにないお休みだからって、大石君たちもデートだよ?」
「い、いいよっ!ペアのピンチは助けてもらわなきゃ!」



うっ。助けるのはテニスでしょ?
デート中にゴキブリ退治を要請されたら、さすがに温厚な彼だって怒ると思うよ?



「待って、ダメよ!英二クン。私・・・頑張るから。ねっ」
・・・。だって、も怖いんでしょ?」


「だ、ダイジョーブ。英二クンのためなら、頑張る!」


!ありがと!でもっ、だけを危険な目にはあわせないよ!俺も戦うからっ」



カサカサカサカサ。



ビクッ。二人は同時に縮み上がった。
いる。ゴキちゃんは・・・近くに。


英二クンは水戸黄門の印籠よろしく殺虫剤をかざして迎え撃つ覚悟だ。
私は脇に置かれていたホウキと塵取りを素早く手にすると、共に戦う姿勢を整えた。



「きっと、あそこだよ。」



声を潜めた英二クンが私の耳元に口を寄せ、
台所へ続いたフローリングの脇に積まれた新聞紙の山の辺りをさす。



「英二クン、私がホウキで突っつくから・・・出てきたら『シュー』して」


「分かった。、気をつけて!大好きっ」



小声で打ち合わせをして(ゴキちゃんが聞いて理解できるわけもないのにね)、
どさくさにまぎれて告白まで頂いて。


ちょっと勇気が出た。


目と目で合図をして。
私は新聞紙の山をホウキで「えいっ!」と突っつく。



しーん。  


カサカサカサカサ。



「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



照り照りとしたゴキちゃんが、一瞬の静寂後に登場した。
英二クンは言葉にならない言葉を発しながら殺虫剤を山のようにゴキちゃんに向けて噴射。


私は英二クンの背に隠れるようにして、ホウキと塵取りを手に後ずさる。


と、その時。ゴキちゃんが、捨て身の攻撃に・・・
私たちが一番恐れていた『飛びます』攻撃だった。



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



目の前にいたはずの英二クンが一瞬で消えた。
ひっ。飛んでくるゴキちゃん!



私は咄嗟に手にした塵取りを闇雲に振り回した。



コツン!



「「あっ!」」



偶然にも塵取りはゴキちゃんを撃退してしまった。
床に打ち付けられて、ヒクヒク・・・としている。



茫然と立ち尽くす私の前には・・・頭を抱えて蹲っている英二クンの姿が。



上から見下ろす私。下から見上げる英二クン。
視線が合って、ちょっと恥ずかしそうな英二クンがお愛想笑いを見せた。



「ナイススマッシュ!」
「・・・ありがとう。」



・・・褒められちゃった。



気を取り直した英二クンが恐々とゴキちゃんを覗き込む。
ウンウン、と頷いて。ホッとお互いが体の力を抜いたとき。



バタバタバタバタ。



ゴキちゃんが最後の足掻きを見せた。



!」
「英二クン!」



私たちは手に手を取り合って尻餅をついてしまった。
が、それっきり。ゴキちゃんは動かなくなってしまった。



「こ・・・怖かった。」
「うん。怖かったね。」



顔を見合わせて、ふっ・・・と笑顔になる。
クスクスと、ふたりで笑って。



「ありがとう、。俺のために頑張ってくれたんだ。」


「あなたのためなら、なんだってするよ!」



おどけた私が両手を上げて『うんっ』と力こぶを作るマネをすると、
英二クンは瞳を優しく細めた。



そっと長い指が頬に伸びてきて、チュッと軽いキスが唇に。





「大好き!いっぱい、いっぱい!が好きっ!」





子供みたいな顔で、英二クンが両手を大きく広げる。
その腕に飛び込もうとした時。



バタバタバタバタ。



「ひいぃぃぃっ」



ゴキちゃんが上を向いたまま360度回転していた。



私たちは咄嗟に固く抱きあって。


ゴキちゃんが完全に天国へ召されるまで・・・離れることはなかった。




















「あなたのためなら・・・  菊丸編」   

2005.07.03  

かやは平気。




















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