あなたのためなら・・・ 〜手塚編〜
私は今年受験生。
目指す大学は・・・大好きな幼馴染が通う予定の大学。
が、彼は頭が良かった。
かなりレベルの高い大学に楽々と推薦を決めてしまった。
普通の私は一般入試で、もうちょっと入りやすい別の学部を狙う。
廊下の向こうから、お堅い顔した幼馴染が歩いてきた。
じっと私の目を見ながら近付いてくる。
あ、ヤバッ。おとついの宿題、まだ出来てない!
うしろめたいものだから、ふいと視線を逸らせば・・・表情と同様の硬質な声が落ちてきた。
「、今晩7時に行くから。」
「はぁ・・・。分かった。」
「溜息をつくな。」
「はいはい。心よりお越しをお待ちしております。」
「嫌味な言い方だな。」
「ううん。嘘っ。国ちゃんを待ってる!もの凄くっ、心から待ってるから!」
大げさにいいなおすと彼はレンズの奥の瞳を和らげて、ぽんっと私の頭を軽く叩いて去っていった。
ついつい振り返って、その広くてピンと伸びてる背中を見つめる。
好きだな。
そう思えば、勝手に頬が熱くなる。
とにかく、勉強がんばるぞっ!
そう心に気合を入れて、私は鬼の家庭教師が出した宿題を片付けるべく教室に向かった。
夜。7時ジャスト。
「!国光君が来てくれたわよ!」
階下から母親の声がする。相変わらずの時間厳守、笑えるくらいだ。
今さらなのだから勝手に上がってくればいいものを、
生真面目な幼馴染は私が迎えに行くまで2階に上がってこない。
迎えに降りていくと、母親が国ちゃんを労っていた。
「国光君のおかげで随分成績があがってきたのよ。
なんとか大学も合格圏内に入ってきたし・・・国光君が忙しいようなら、もう来なくてもいいのよ?」
「いえ。さんは、すぐに油断をするので・・・心配です。
私はもう受験もないですし、お気遣いは無用です。」
「でも・・・」
母は国ちゃんに遠慮して困った表情を浮かべている。
私が階段を降りてきたのに気づいた国ちゃんが「では、」と母に頭を下げて、
さっさと階段を昇り始めた。
なんだか、国ちゃん自身が話をしたくない・・・っていうか、打ち切ったみたいになっちゃって。
母は「あとでお茶をもっていくから!」と慌てて彼の背中に告げた。
「油断しやすくて悪かったわねっ」 国ちゃんの後ろから嫌味を言えば。
「事実だ」 と、きりかえされてしまった。
でも、私より先に部屋に入った国ちゃんが、はぁ・・・と小さく溜息をついていた。
「ね、どうしたの?疲れてる?」
「いや、なんでもない。この前のは解けたか?応用問題だったのだが。」
国ちゃんは、すぐ家庭教師の顔に戻って私のノートをチェックし始めた。
私は椅子に座って、隣で立ったままノートに目を落としている国ちゃんを見上げる。
同い年の彼に勉強を見てもらうのは情けない気もするけれど。
国ちゃんは特別な人間なんだもの。勉強だって、テニスだって、いつでもトップ。
私なんかと比べられる人じゃない。
だから・・・私。好きだけど、好きだとは言えない。
国ちゃんにとっては、私なんか『世話の焼ける幼馴染』でしかないことだって分かっているから。
「ん。なかなか良く出来ている。」
「本当!?えへへへ。先生がいいからねっ♪」
「この前のテストも随分順位が上がっていたし、気を抜かなければ合格できるだろう。」
「やったー!国ちゃんにそういわれると、本当に合格できる気がしてきたよ!」
「だが。油断はダメだ。この先も、油断せずに努力を続けるんだ。」
国ちゃんの口調は厳しいけれど、瞳は優しい。
心から褒めてくれているんだと分かって嬉しかった。
「ダイジョーブ!国ちゃんのためなら、更に成績をアップさせるよ!」
「俺の・・・ため?」
「だって。もちろん私自身のためでもあるけどさ、せっかく国ちゃんに来てもらってるんだし。
国ちゃんのためにもトップを目指すぐらいの気持ちでがんばるってこと!」
「・・・・・。」
途端に国ちゃんの眉間に皺が寄り、口元に指をあてたまま黙り込んでしまった。
「え?なに?わたし・・・何かいけない事いった?」
その表情に嫌な予感がした。
『勉強は他人のためにするものじゃないっ!自分ためにするものだっ』とか怒られるのだろうか。
彼なら言いそうだ、と。ビクビクしながら、レンズの奥の瞳を覗き込む。
目が合うと、サッと視線を逸らされた。
ショック!本気で機嫌をそこねちゃった?
「ゴメン。ゴメンね、国ちゃん。怒らないで?」
「・・・怒ってなどいない。」
「でもっ、」
「困っているんだ。」
「困る?」
意味が分からない。
どういう意味かと、逸らされた視線の先を追っていったら急に彼の瞳が私を捉えた。
ドキッ。心臓が音を立てた気がした。
それほどに真剣な・・・思いつめたかのようにも見える瞳が私を映していたから。
「どうして?・・・困るって、」
「俺のためにと言ってくれるのは嬉しいが。」
「うん。」
「あまり頑張られると俺の教えることがなくなる。」
「うん。それは、それで」
いいことじゃない?と安易に続けようとした言葉は彼に遮られてしまった。
「そうなったら、俺はここに来る理由がなくなるだろう。」
「え・・・?」
「お前のもとに通う理由がなくなる。」
「国ちゃん、それ・・・」
真っ直ぐ私を見つめる瞳。
心なし紅潮した頬。
ねぇ、その言葉の意味を。馬鹿な私にも分かるように解説して?
「俺のためと思うなら。今ぐらいで、ちょうどいいのだが。
あ、いや。それはあまりに我儘な願いだな。いい、忘れてくれ。」
す、と。国ちゃんは顔を背け、また口元を押さえて考え込んでしまった。
ねえ、国ちゃん。
昔から思ってたんだけど。国ちゃんて、本当に感情表現が下手だよね。
唯一作文が苦手なの分かる気がする。
こんなに近くにいて、私・・・ちっとも気づかなかった。
私の気持ちなんて、ひょっとしてお見通しだったの?
「ねぇ、国ちゃん。」
「なんだ?」
私は椅子から立ち上がって、国ちゃんの前に立った。
それでも随分と目線は上。大きくなった彼と小さな私。
もう、幼い子供じゃないもの。
「二人でいる理由は勉強じゃなくてもいいんじゃない?」
「どういうことだ?」
「一緒にいたいから、じゃ・・・ダメ?」
「・・・いや。」
「私、あなたのためなら・・・ずっと傍にいるよ?」
国ちゃんの瞳が大きくなった。
けれど次には優しく細められていって、大きな手が頬に伸びてきた。
温かい手が両頬を包んで、柔らかな瞳の国ちゃんが近付いてくる。
えっ、いきなり?
展開の速さに内心で焦りつつも、この甘い雰囲気を逃れる術もない。
ファーストキスが国ちゃんだったらなって、ずっと夢見てたから。
『好きだ』って本当は先に聞きたかったけど、目を閉じた。
吐息を唇に感じた瞬間。
トントントントン・・・と階段を昇ってくる音がして、私たちは弾かれたように離れた。
「、開けて!お茶を持ってきたから。」
ドアの外で両手が塞がっているだろう母が声をかけてくる。
国ちゃんを見たら、メガネを押し上げながら目を閉じて深呼吸していた。
扉に向かおうとする私の肩に、ぽんと後ろから国ちゃんの手が乗って。
深呼吸の成果か、いつもの顔に戻った国ちゃんが耳元で囁いて私を追い抜いていった。
「好きだ。続きは、後で。」
やられたっ!
不意打ちをくらって、もう立ってもいられない私は机の椅子に戻って頭を抱えた。
絶対に顔は真っ赤になってる。頬が熱くてたまらない。
ドアの開く音がして。
「あら、国光君。はい、これお願いね。」
「ありがとうございます。」
うう。いつもと寸分変わらぬ声が出せる彼は凄すぎる。
カチャカチャと食器の音。
「やだ。ったら、頭を抱えてるじゃない。」
「まだ応用を身につけるには時間がかかるようです。」
何の応用よっ!
「そうなのね。もうしばらく、国光君にはお世話をかけるけどお願いします。」
「いいえ。大丈夫です。」
何が大丈夫なのっ!
「。しっかり、教えてもらってね。」
違う。国ちゃんは、勉強以外にも私に教えるつもりなんだからっ
じゃあ、と。ドアの閉まる音がして、再び階段を降りていく音がする。
頭を抱えた私の脇に、カシャンと湯気の立つティーセットの乗ったお盆が置かれた。
「頼まれてしまったな。」
可笑しそうに呟く国ちゃんに脱力する。
そんな私の頭を優しく撫でてくる手のひらが温かい。
ああ、結局。
私は、あなたのためなら何でも許してしまう。
そんな気がするの。
「あなたのためなら・・・〜手塚編〜」
2005.07.03
幼馴染設定が好き♪
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