サイト3周年記念リク三番目 「誰も知らないあなた」
〜Thankk you 3rd anniversary present to saori〜
手塚国光という人はどこから見ても素晴らしい男性だ。
見惚れてしまうほどの端正な容貌。それに見合った落ち着いた声色。
無駄なものなど何一つないほどに鍛えぬかれた体。
テニスプレイヤーとして名を馳せながら、アメリカの大学を卒業したという秀才で語学も堪能。
結婚したい男の上位に芸能人を押し退けてランクされるほど人気者。
それが世間の知る手塚国光。
私の知っている手塚国光はというと・・・・
まず彼は決定的に言葉が足りない。
付き合い始めの時だって、どう考えても言葉が不足していた。
渡米して一年後の夏に突然の帰国。
何の前触れもなく訪ねてきた彼に私は狼狽した。
「手塚君!ど、どうしたの突然?」
「お前に言い忘れていたことがあった。」
「な、なに?」
「誰とも付き合わないでくれ。」
「は?」
「冬には一度戻るから、その時までに考えておいてくれると助かる。じゃあ。」
猛暑の日本で汗ひとつかかずに彼は立っていた。
それにも驚いたが、彼の言葉にはもっと驚いていた。
あまりのことに言葉も出ない私を置いて、
大石たちと約束があるんだと、詳しい説明もなく玄関先滞在時間約三分で去っていった彼。
置き去りにされた私は言葉の意味を考えて、それが告白なのではと思いあたるまでに数分。
その後は自分の願望が告白だと思わせるのかと悩んだり、彼の真意が分からず苦しんだ。
そんな私を救ってくれたのは不二君だった。
「これ、手塚から預かったんだ。向こうの住所と電話番号。
なんか告白するのに精一杯で渡す余裕がなかったみたいなんだ。」
「て、手塚君が私を?本当に?」
「あれ?あのさ・・・手塚が告白しに来なかった?」
メモを差し出したまま目を丸くした不二君の表情が今も忘れられない。
とにかく電話をしてみてよと不二君に促されたけど、信じられなくて戸惑う私。
業を煮やした不二君が目の前で電話をしてあげると携帯を取り出した。
「もしもし、手塚?え?今から空港?そんなことより大事なことだよ。
手塚さ、さんが好きなんだよね?ちゃんと告白した?彼女、分かってないよ?
うん。そう、間違いなく好きなんだね。お付き合いしたいと、そう。
だって。さんはどう?手塚と付き合ってもいい?
今から成田に向かうんだって、急いでるみたいなんだけど。」
単刀直入な不二君が携帯を耳にあてたまま返事を急かす。
私は体中の血液が顔に集まるのを感じながら、コクコクと頷くしかできなかった。
「もしもし?付き合ってもいいって。うん。冬まで待たずに済んで良かったね。
とにかくさ、そっち着いたら電話してあげてよ。彼女からは、かけにくいだろ?え?
電話番号を知らない?呆れたな。
もういいよ、僕が聞いといて連絡してあげるから。うん。はいはい、気をつけて。」
電話を切った不二君が笑顔で私を振り返った。
「よろしく伝えてくれだって。
そういうことで、とりあえずさんちの電話番号を教えてくれる?」
笑い話のような本当の話だ。
それが・・・ロマンチックのかけらもない、想いを通じ合わせた最初の日だった。
もう一つ、私の知る手塚国光は表情が乏しい。
巷ではクールだと言われているが、そんな言葉では済ませられないものがある。
喜怒哀楽が表に出ないから、傍にいると非常に気を遣うのだ。
例えば・・・
「気にいってくれるか分からないけど。ハイ、プレゼント。」
「ああ。ありがとう。」
彼は無表情のまま礼を言い、手渡された紙袋を覗き込む。
ドキドキする私をよそに手編みのマフラーを取り出すと、やっぱり無表情で観察。
「ど・・どう?初めてにしては頑張ったと思うの。」
「ああ。」
「色・・・気に入らなかった?」
「いや。」
それだけ答えるとサッサと紙袋に手編みのマフラーを戻してしまった彼。
ああ、気に入らなかったんだ。
手編みのマフラーなんかをプレゼントしてしまった事を後悔し、落ち込んだクリスマス。
だが、それから後。
スポーツ紙やニュースを通して、移動中の彼がいつも私の編んだマフラーを巻いているのを知る。
海外から帰国した彼に問いただせば、無表情のままで何でもないように答えた。
「嬉しいから巻いている。それに問題があるのか?」
それならそれで貰った時に嬉しそうな顔をしてくれたなら悩まなくて済んだのにと腹が立つ。
だけど結局は常に身につけてくれている気持ちが嬉しくて許してしまう。
その結果、手塚国光という男は同じような仕打ちで私を何度も泣かせるのだ。
それでも私たちが付き合い始めて既に三年がたつ。
国を跨いだ遠距離恋愛にも関わらず続いているのは、私の忍耐強さに尽きると思う今日この頃。
用件だけの一行メール。
三回に一回しか戻ってこない返信。
忙しくなると二週間もかからない電話。
知らせるのを忘れていたと毎回言い訳する突然の帰国。
帰れば帰ったで、私の時間のすべてを欲しがるのも彼なのだ。
「。」
「待って。今、会社の同僚からメールがきてるの。」
後ろで冷酒を口にする彼からお呼びがかかる。
相手が欲しいのは分かるけど、私にも仕事がありますからと背を向けてメール。
「急ぎなのか?」
「まぁ、少し。」
「俺も急いでいる。」
「なに?冷酒なら、もう一本冷蔵庫に入ってるわ。」
暫しの沈黙。
点けっぱなしになっていたテレビの音がプツンと途切れた。
振り返れば、ガラスのお猪口を片手に頬杖をついた彼が私を見ている。
瞳を柔らかく細め、悪戯っぽい笑顔まで浮かべて。
「こっちにこい」
「・・・酔ってる。」
「酔ってない。」
「だって笑ってる。」
「の前では笑顔になる。」
「やっぱり酔ってる。」
「そうだな・・・酔ってるかもしれない。」
素直に認めた彼に私も口元が緩んだ。
手にした携帯の画面も確認せず送信ボタンを押すとカバンの奥へ仕舞ってしまう。
そして私を待つ、私だけの知る手塚国光の元へと近づいていく。
直ぐに腕を掴まれ引き寄せられた。
豊潤な日本酒の香りがするキスを受け止めれば私まで酔ってしまいそう。
そのまま彼の胸に抱きしめられて目を閉じる。
ああ、そうだ。
もう一つ誰も知らない手塚国光を私は知っていた。
彼はアルコールに強くない。
そのうえ酔うと、それは甘い恋人になるの。
2007.08.5
サイト3周年記念リク三番目 「誰も知らないあなた」
saori様に捧げます
手塚国光 「こっちにこい(酔った感じで)」とのリクでした。
リクをありがとうございました!
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