私を海に連れてって










「ねぇ、跡部クン。海に行きたい。」


「却下。」
「なんで?」


「遠い。暑い。人が多い。ついでに俺は暇じゃない。」



やっぱりね。
溜息と一緒に訳しかけた英語の長文集を閉じた。



「第一、お前に海へ行く余裕なんてあるのか?
 浪人なんて、みっともねぇことするなよ。」



さらさらと問題集の空欄を埋めていく長い指が憎らしい。
釣った魚にエサをやらないとは、この事だ。



『おい、言えよ。俺のことが好きだって。俺のことしか考えられねぇって。
 好きで、好きで、どうしようもないって言えよ。
 
 言ったら、傍にいてやる。ずっと、お前だけ見てやる。
 一人でなんて帰しやしねぇ。俺が、俺だけが・・・お前を守ってやる。

 だから、言えっ!俺を好きだって、言ってみろ!・・・っ』



そう言われたのは春の終わりだった。


確かにあれから跡部クンは私の傍にいる。
だけれど、漠然と私が憧れていたカレシとカノジョには程遠い私たちだ。


とにかく全国大会にまで駒を進めた男子のテニス部には厳しい練習があった。
女子で唯一全国大会に個人で出場した私だって忙しかった。


デートなど一度もなし。
帰りは跡部クンが送ってくれたりもしたけれど、二人の会話ときたら部活の運営やトレーニング方法というものばかり。
おまけに最後には必ず口喧嘩になってしまい、同じテニス部でも私たちが付き合っていることに気づかない部員も多かった。
つまりは以前とほとんど変わらない私たちだということだ。


全国大会も終わり、部は二年生が引き継いだ。
やっと恋人らしくなれるのかしら・・・と思って、一週間。
いまだ甘さの欠片もなく図書館で勉強をしている。


でも、わざわざ図書館まで出向いてくれたのだ。
本当ならエアコンのきいた自宅で勉強できるはずの跡部クンだもの。
それだけで『特別』って思ってもいいよね。



「明日で夏休みも終わりなんだけどな。海、行きたかった。」
「今の時期はクラゲが出るぞ。」



なんて夢のない!
ちょっとは恋人らしく二人で過ごそうとか思わないのかしら。
無意識に溜息が出た、その時。



「溜息ついたら幸せが逃げるんやて。」
「忍足君」


「仲良く勉強中にお邪魔か?」
「全然仲良くないから平気よ。」


!テメェ、」



跡部クンが睨んでくるけど、私は隣のイスをひき忍足君はニコニコして「さんきゅう」と座った。



「で、なに?は海へ行きたいんか?奇遇やな、俺もやねん。
 今年の夏は行く暇がなかったしな。そうや、なんなら俺と行くか?」


「忍足君と?」
「そう。俺はクラゲなんて平気やし、の水着姿に興味もある。」



嫌らしさを感じさせない笑顔でサラッと言われてしまうと、何故か頬が勝手に熱くなるのを感じる。
もちろん忍足君と二人で海に行く気なんてないけど、なんだか彼のセリフに照れてしまった。



「やっぱり可愛いなぁ、。」


「忍足、お前・・・俺に喧嘩を売ってるのか?」
「まさか。俺は正直な気持ちを言うただけやけど?」


「ふん。、明日の十時に迎えの車をやる。それでいいな?」
「え?どこに、」


「テメェが海に行きたいと言ったんだろうが。仕方ねぇから連れてってやる。」
「良かったなぁ、。で、俺も一緒に行ってええ?」



跡部クンの怒りを滲ませた眼光に忍足君は肩をすくめ笑う。
よく分からないうちに忍足君のお陰で海に行けることになったようだ。


嫌々らしい跡部クンの表情に、ちょっと複雑な気持ちだけど嬉しい。
高校最後の夏の思い出が欲しいと思っていた。
できたら、大好きな人と共にって。










陽射しの照り返しで浜辺が眩しい。
そんな中、私は一人で砂のお城を作っている。


一応、海には二人で来た。
汚いとか、狭いとか文句タラタラの跡部クンは更衣室で水着には着替えたものの眉間の皺が一本多い。
パラソルの下に腰をおろした途端、出してきたのは英語の原書本。
唖然とする水着姿の私を見上げ「お前、もう少し胸を大きくした方がいいな」と真顔で言った。


どうせ胸が小さいですよ。
この夏に買ったばかりの水着なのに、なんだか切ない。


8月最終日の海は若い男女で賑わっている。
気温も上がって、遠くの歓声も楽しそうだ。


また、溜息。
ダメダメ、溜息をつくと幸せが逃げるって忍足君が言ってたもの。


指に心地よい砂の感触を確かめながら思う。
ずっと片想いをしてきた跡部クンは雲の上のような人だったはず。
絶対に想いが通じるはずなどないと思っていた相手だ。


その人が私を抱きしめてくれた。
ハッキリ好きだと言われたわけではないけれど、多分・・・少しは私のことを好きだと思ってくれているんだろう。
文句を言いながらも私の我儘をきいてくれたし、私は感謝こそすれ寂しいなんて思ったら罰があたるんだと思う。


もう気がすんだから帰ろうって、跡部クンに言おう。
我儘聞いてくれてアリガトウって、お礼も言おう。


そう思って跡部クンのいたパラソルの方を見たら彼の姿がなかった。



え、まさか置いてかれちゃった?



浮かんだ考えに胸がドキドキし始める。
無理な我儘言うから呆れられちゃった?でも、まさか。


手のひらの砂を掃いながら跡部クンの姿を探す。
突然、ポンと後ろから肩を叩かれた。


跡部クン?と、期待を込めて振り返ると二人の若い男の人だった。



「カノジョ、一人なの?ね、俺らと泳がない?」
「け、結構です。彼がいるし、」


「彼って、見当たらないみたいだけど?なぁ。」
「そうそう。こんな可愛いカノジョを置き去りにするようなカレシは放っておいて俺らと行こうよ。」



逃げたくても男の人たちが挟むようにして立つから動けない。



どうしよう、誰かに助けを・・・跡部クン!





「俺の女に勝手なことしてんじゃねぇよ」



心の中で彼の名前を呼んだ時、それは不機嫌そうな声が後ろから聞こえてきた。
男たちと私が同時に振り返れば、眉間に皺を寄せた跡部クンがペットボトルのジュースを片手に立っていた。



「なんだよ」
「なんだよは、コッチのセリフだ。」



気色ばむ男たちをひと睨みで黙らせて、威圧感のある態度で一歩一歩と砂浜を歩いてくる跡部クンは私でも怖いと思った。



「さっさと行け!」



跡部クンが一喝すると男の人たちは、そそくさと去っていった。
私は茫然と砂浜に立ち尽くし、男たちの後姿を睨んでいた跡部クンは私の方に向き直って盛大な溜息をつく。



「お前、世話かけすぎだろ。」
「・・・ゴメン」



呆れたような跡部クンの声色に泣きたくなってきた。
本当に嫌われてしまいそうだ、私。
やっぱり彼と私じゃ、つり合わない。想いの重さが違うんだ。



「だから海なんかイヤだと言ったんだ。」
「うん、」


「ほんのちょっと目を離したらコレだ。油断も隙もないとは、このことだな。」
「ゴメン・・ナサイ」



じんわりと目元が熱くなってきて俯いたら、ポンと頭を叩かれた。



「お前を誰かに攫われちまうんじゃないかと気が気じゃねぇ。」



え?と顔を上げたら、ふっと口元を緩めた跡部クンがいた。



「言っとくが、俺は本気で人の多い海は好きじゃないんだ。
 海で泳ぐならプライベートビーチに限る。
 それでも、お前の望みならと付き合ってやったんだぜ。
 
 感謝を込めて、俺にサービスしろよ?」



手にしていた二本のペットボトルはパラソルの下へ放り投げられた。
来いよ、と腕を引かれて浜辺を海に向かう。


寄せては返す波の中をドンドン進んでいく跡部クンの背中を見つめながら追いかけた。
私のウエストぐらいまでの深さにくると波の浮力に体が揺らぐ。
その体を腰に回された跡部クンの手が支えてくれている。


目の前には跡部クンの綺麗な腹筋。あまりに近い距離に体は硬直して視線が上げられない。
クッと頭上から彼の笑い声が聞こえてきた。



「そんなに緊張されると、やりにくい。」



 何を?って思うけど、心臓がバクバクしてて口がきけないよ。



「顔、あげろよ」



 強引に顎を掴まれて顔を上げさせられた。
 真っ青な空に跡部クンの薄茶の髪が映えて綺麗だ。



「お前、顔が赤い。日焼けか?」
「は、恥ずかしいのよ」


「ふん。んな顔、俺以外のヤツには見せるんじゃないぞ。特にメガネ野郎に。」
「メガネって、お」したり君?と続くはずだった。



言葉は跡部クンの唇に塞がれて続かない。



「アイツの名前なんか出すな。キス、するぞ。」



もうキスした後で囁くように彼が言う。



波に揺られているのか、彼に揺られているのか分からない。


ただ、ゆらゆらと。
私は跡部クンに抱きしめられながら揺れていた。
恋人の腕の中は気持ちいい。



「ねぇ、また私を海に連れてってくれる?」


「いいぜ。ただし、今度は泊まりだ。
 もっと静かで二人きりになれる海に連れてってやるから、覚悟しな。」



甘えてみたら、ギョッとするような返事がかえってきて焦る私。


楽しそうな跡部クンの笑い声が、
夏休み最後の海に広がっていった。




















私を海に連れてって 

2006.08.04

「私も海に連れてって・・」
本日の関東地方も猛暑。蒸し風呂の様な部屋で編集中の沙羅のつぶやき・・・




















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