身勝手な男 〜跡部編〜











カチャカチャと音を立て、が皿を洗っている。
その背中を横目にサッカーの中継を見ている俺。


ベッドにもたれれば、目の前は小さなテーブル。
そのテーブルの上にはテレビ代わりのノートパソコンと湯気のたつコーヒーカップ。


なんとも慎ましやかな部屋だ。



俺のところに越してこいと何度も言った。
だが、は首を縦に振らない。
こんなボロマンションに何の愛着があるのか、俺にはサッパリだ。



小さなパソコンの画面でサッカーを見ても、何が何やら分かりはしない。
俺はディスプレイから視線を移し、やっと手に入れた恋人の後ろ姿を眺めることにした。





見かけたのは偶然だった。
取引先との会食を終え、疲れた頭を休めるために車窓から流れていく景色を見ていた。
繁華街の交差点で渋滞し車が止まる。
そこで何とはなしに視線を投げた先、見知った横顔を見つけた。


だ、と認識するより先に隣に立つ男に意識が向く。
にこやかに微笑んで、の肩に男が触れた。


ドクンと鼓動が喉にせりあがった気がした。


今すぐ車を降りようと手が伸びた時には車が走りだす。
思わず過ぎていく光景を振り返れば、二人の間に割って入るように立つ黒髪の男が視界に入った。


チッと舌打ちして、シートに深く沈みこむ。
胸に湧いてくる焦燥感は今に始まったものじゃないが慣れやしない。
そろそろ限界かと思った。





深夜の電話に、忍足は本気で迷惑そうな声を出した。



『せやから俺が紹介したわけじゃないし、アイツが勝手に・・・』
「言い訳を訊いてるんじゃない。に近づいてもいい男なのか?」


『またそんな自虐的なことを。自分以外に近づいて許せる広い心を持ってるとは思えへんけど?
 アイツは俺の同業者。腕もええし、俺ほどじゃないにしても見た目もまずまず。
 ま、俺の次ぐらいにナースたちには人気があるんやないか?』


「お前のことは訊いてないんだよ。」



イライラとして呟けば、電話の向こうで大きな溜息が落ちる。



『跡部、ええ加減にせぇよ。
 俺に八つ当たりする暇があったら、さっさとお得意の強引さで手に入れたらええやろ?
 それとも横から掻っ攫われては悔しがるのが趣味なんか?せやったら、ドMや』


「てめぇ・・・」



握りしめた拳を震わせた時、ふっと相手の空気が緩んだ。



『本気なんやろ?』
「うるさい。」


『なら、俺が貰おうか?』
「お前にはやらねぇ。」


『誰ならええん?』
「誰にも渡さない。」


『ほら、見てみぃ』



忍足の笑う気配がする。
煽られたと苦々しく思いながらも、覚悟を決めた。



「忍足、俺の誕生日に飲み会だ。時間と場所は後でメールするから、皆に回しとけ。」


『はいはい。まったくもう、人使いが荒いなぁ。』



忍足は文句を言いながらも、俺の望んだとおりに何もかもセッティングしてくれた。



友達としての期間が長いと、あまりに居心地が良すぎて壊すのに勇気がいる。


俺を俺として見て、跡部の名前に媚びたりしない。
屈託なく笑い、喧嘩もいとわず言いたい事をぶつけてくる女はだけだった。



恋愛感情がないからこそ長く付き合えた。
友達なら少しぐらい喧嘩しても別れることはない。
つまりは生涯付き合える。


そこに『愛情』があると気付いたのは、いつだったか。



俺らしくなく悩んだ。
の気持ちが分からなければ怖くて動けない。
下手に動けば友達としてのポジションを失うのは一瞬だろう。


の気持ちが知りたいと強く思った時、俺は気付いた。
コイツは俺に踏み込ませない何かを持っていると。


男としては親しい俺や忍足にも心の底にあるものは見せてない。
そこに忍足は『脈がある』と意味深に笑った。


だが、俺の気持ちに気付くかと遠まわしに大事にしてみたが、まったく分かってない。
好きでもない女と付き合ってみても、呆れた反応しか返ってこない。
挙句の果てに俺の知らない男と付き合ってみたりする。


その度に俺がどんなに腹を立ててるか知りもしないで。



いい加減、嫌気がさしていたところでに手を出す男を目の当たりにした。
そこでやっと火のついた俺は何が何でも手に入れると強硬手段に出た。



「今晩、お前ンところに泊まる。」



俺にしたら覚悟を決めて口にした言葉だったが、相手は間抜け面で訊き返してきた。
意味を理解すると明らかな動揺を見せながらも逃れようとするのが憎らしい。


さらってでも抱いてやると決めていた。
逃げようが、暴れようが知ったことか。欲しいといったら、欲しいんだ。
こんなにも切羽詰ってる男の気持ちを理解しろと思う。


逃げようとするの腕をつかみ引き寄せて、乱暴に口づけた。
一発殴られたが、そんなもの構っていられない。
初めて触れた唇に体中の血液が沸騰して、満ちる歓喜に眩暈がした。



ああ、俺はこの女じゃないと駄目なんだと思い知る。



「私・・跡部と別れたくない。だから、駄目。」



甘い唇から零れた言葉に、俺は笑ってしまった。
同じ考えにとらわれ、お互いが今まで足踏みしてきたのかと可笑しかった。



そう、一生お互いを失わずに済む方法ならあったんだ。
何を今まで迷っていたのか。


学生時代は無理だったとしても、今なら確実にできることがあった。





「跡部、何か食べる?リンゴでも剥いてあげようか。」
「いいから、コッチこい。」



濡れた手を拭きながら振り向くを呼んだ。
首をかしげながら俺に近寄ってきたの腕をつかみ、思いっきり引っ張った。
色気のない声を上げ、膝をついた細身の体を抱きしめる。



「ちょっと!びっくりするじゃない。」


「てめぇが俺様の相手をしねぇからだ。」
「だって食器を洗っとかないと」


「そんなの後ですればいいだろ?」
「後にしたって結局は自分で洗うんだから、それなら今やっといたほうが」


「俺と一緒になれば家政婦でも、食器洗い機でも、お前が望むものを用意してやる。」
「またそんな」


「何より誰より俺を優先しろ。」



ぐっと腕の力を強めれば、暫し沈黙したがゆっくりと俺の背中に手をまわした。
それを合図に欲しい唇を奪えば、逃げずに応えてくる。
長い口づけの後、やっと落ち着いて顔を見れば困ったような笑顔を浮かべたがいた。



「なんだ?」
「ホント・・・身勝手な人だよね、跡部って。」


「お前に言われたくないぜ。
 で?いつ両親に会わせてくれるんだ?俺のところに来る気はあるのか?」


「それは・・・」


「もう待つ気はないと何度言わせれば気が済むんだ?
 それとも切れてない男でもいるのか?ああん?」



馬鹿、と胸を叩かれたが俺は本気だ。
視線を逸らす姿を見れば、余計に不安になっちまうだろうが。



「なんか・・・怖くて。」
「何が?」


「あんまり幸せだと怖くない?」
「はぁ?」


「それに跡部のお家って桁はずれだと今さらながら恐ろしくなってしまって。」
「フツウだろ。」


「どこが?」
「全部だ。中に入っちまえばフツウだ、フツウ。それでいいだろ。問題ない。」



恨みがましい目で俺を見上げるに笑ってやった。
どんな理由をつけても放してやる気がないのを思い知ればいい。



「フツウじゃなかったとしても、いつかはお前にとってもフツウになるだろうよ。
 それまでは俺様が全力で守ってやるから、黙って俺について来くればいい。」


「跡部・・・」


「とにかく今週中には挨拶に行くぞ。式は春だ。」



それは急すぎると言いかけた唇を封じ込め、すぐ後ろのベッドに押し倒した。
狭い部屋だと移動がなくて便利だなと笑えば、が諦めたように目を閉じる。





新居は狭くてもいいかもしれない。
そんなことを思って、恋人の唇に誓いのような優しいキスをした。





















「身勝手な男 跡部編」 

2007/11/11

リクに応えて

(UPが遅くなって申し訳ありません・・・)




















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