純な恋
私の好きな人は、とても手が届くような人じゃない。
だけど同じクラスだから、少しだけ近くもいられる。
掲示板に貼られた修学旅行の写真。
たくさんの生徒が貼られた写真の中に自分たちの姿を探す。
人の頭しか見えない位置で友達たちと一緒に並んでいたら、隣で声がした。
「ちっとも見えねぇな。」
「せやから部活の合間にでも見に来た方がええって言うたやろ。」
跡部君だ。
顔なんか確認しなくても直ぐに分かる。
ずっと想い続けている人の声。
「それにしても珍しいな。跡部が写真に興味もつなんて。」
「・・・べつに。」
顔も上げられず耳をすませていたら、彼の声が徐々に移動してきた。
斜め後ろあたりで足を止めたらしい二人は私の後ろで話し始める。
それだけでも緊張していたのに、
写真を見たくて寄せてくる人たちに押されたのか、跡部君の体が後ろから私の背中に触れてきた。
隣から友達が話しかけてくるけど、頷くしかできない。
友達が何を言っているのか考えられないほど緊張している。
背中に感じる私ではない温もりと香り。
それは教室で擦れ違うときに感じた彼の纏っている香りだ。
顔が熱い。
ぜったいに耳も赤くなってる。恥ずかしい・・・
「前にいるのジローと宍戸じゃねぇか?」
「ああ、ホンマや。ええ位置、キープしてるなぁ。」
「忍足、電話して俺らの分も探させろ。」
「はぁ?相変わらず人使いが荒いな。」
忍足君が携帯を操作し始めたんだろう。
二人の会話は止み、温もりだけが私の背中にある。
周囲はざわめいているのに、自分の鼓動が酷くうるさい。
後ろの跡部君に聞かれてしまうんじゃないかと余計にドキドキして、息もできなくなってきた。
「」
耳元で小さく呼ばれた。
ハッとして振り向こうとしたけど、振り向けなかった。
そっと包むように誰かの体温に包まれた私の手。
石のように固まって、響く鼓動に眩暈すら感じている私に再び小さな声が落ちる。
「お前、俺様のものになっとくか?」
瞬きも忘れて、今度こそ僅かに後ろを振り返った。
跡部君は何事もなかったような顔をして前を見てるから、私も慌てて前を向く。
俺様のものになっとくかって、どういう意味?
近くで忍足君が電話で話す声がする。
この騒がしさで聞こえないのだろう。何度も「もしもし?」を繰り返していた。
私の隣では「混んでるね。明日にする?」と、友達たちが相談している。
返答などできるはずもなく、喉が鳴った。
途端に強く手を握られて体が跳ねる。
私の気持ちを知ってる?
俺様のものが、何を意味するのか。
都合のよい方に考えたくても、相手は跡部君なんだ。
雲の上のような存在の人と・・・そんなの夢でもない限り、起こりっこない。
ぐるぐると思考は巡るばかりで、心臓は爆発しそうになっている。
顔は火が出そうに熱くなって、体は震え、
握られた手のひらは汗をかきそうで泣きたくなってくる。
「早く答えろ。俺は気が長くないんだ。」
再び握った手に力が込められる。
苛立った跡部君の声に、思わず縦に頷いた。
「よし。帰りは図書室で待ってろ。迎えに行く。」
さっと手が離れ、背中にあった温もりが消える。
暫し呆然とした後に急いで振り返れば、遠ざかっていく背中があった。
「え?跡部、行くんか?
あ〜、もう。ホンマ自分勝手な奴やなぁ。」
携帯を耳にあてたままの忍足君は前に居る芥川君たちに手を振り、跡部君を追うように踵を返した。
だけど一歩踏み出したところで私と目が合う。
忍足君は整った顔に微笑みを浮かべると、聞こえるか聞こえないかの声で私に向かって言った。
「俺様のこと、よろしゅうな」
私は緊張の糸が切れ、膝が崩れそうになった。
「ねぇ、。どうしようか?あれ、顔が赤いよ。のぼせた?」
なにも気づいていない友だちに問われて、慌てて「大丈夫」と手を振った。
恐々と自分の左手を右手で包み、感触を確かめる。
指先の冷たくなった私とは明らかに違っていた温かい手。
夢でも幻でもない感触は、私に舞い降りた奇跡なのかもしれない。
「あれは告白とは言えんな。強制的に肯定させたいうか、脅迫?」
「うるさいっ」
先を急ぐかのように階段を上がる跡部に並び、忍足は微笑む。
気味の悪い笑顔を浮かべて俺を見るなと機嫌の悪い跡部だが、勝手に口元が緩んでしまうのだから仕方ない。
珍しいものを見て、聞いてしまった。
跡部の纏う緊張に気づけたのは、長く傍にいる自分だったからだろう。
ひとりの女のコに近づいていく跡部の横顔に予感があった。
えらい長い時間かけて、やっと手に入れる気になったんか。
跡部らしからぬ行動。
普段の跡部を知っているものなら腹を抱えて笑うだろう、臆病な恋だった。
イマドキのコにしては、あまりに可愛らしい純なコを相手に戸惑っていた跡部だったが、
見ているだけでは我慢ならなくなったのか、とうとう実力行使に出た。
自分だって、正直言うと可笑しい。
跡部らしくないと、からかえば楽しいだろう。
けど、できんよなぁ。
あの跡部が本気で悩んで、考えてたんやから。
忍足にも本気の恋があった。
あの時、跡部は決して笑ったり、からかったりはしなかったから。
「まぁ、とにかく後で『好きや』って言い直しといたほうがええで?
あまりのショックに訳が分かってなかったみたいやからな。」
跡部が足を止め、言葉に詰まったように忍足を睨んできた。
忍足は肩をすくめて微笑む。
ふたりは両想いのような気が前々からしているのだが、それは自分が言ってやらなくてもいいかと。
純な恋
2008/01/18
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