純な恋 〜跡部編〜
自分がこんな恋をするなんて思ってもいなかった。
『お前、俺様のものになっとくか?』
そう告げてから、もう三日。
なんだよ、この状況はと自分でも思う。
後で好きだと言い直しておけと忍足には言われたのだが、結局は言えずじまい。
あの日、図書室の扉を開くまでは言ってやるつもりだった。
ハッキリしたほうが、お互いに安心するだろうと。
そうだ。窓辺に立って俺を待つの姿を見るまでは。
の華奢な肩が窓から差し込む夕日でオレンジに染まる。
漆黒の長い髪に、濡れたような大きな瞳。
俺に気付いた時、は酷く恥ずかしそうに俯いた。
好きだと思った。
可愛いとも思った。
思ったが、あまりにそのままで言葉にできない。
「とにかく・・・帰るか。」
が小さく頷いた。
それから三日間、このセリフばかりを繰り返している。
俺が怖くて付き合っているのかと心配になる。
訊ねてみようかと思ったこともあったが、答えが怖くて口にできない。
好きだも言えなけりゃ、好きかとも訊けない自分に愕然とした。
俺様らしくもなく悩んでいたら、忍足が楽しそうに寄ってきて言った。
「本気で人を好きになったら辛いやろう?」
「うるさいっ」
分かったようなことを言われると無性に腹が立つ。
それが当たっているなら、尚更だ。
と帰るのは学園からバス停までの数分だけ。
そしてバスが来るまでの何十分かが俺たちの時間。
今日も隣にの小さな体が並ぶ。
艶のある黒髪が肩で揺れるのを見るたび、その後ろに立った時に触れた感触を思い出す。
口づけたいほどに柔らかく、いい香りのする髪だった。
交わす言葉も少なくて、ただ歩いているだけが息苦しい中でも恋焦がれている。
「あの・・」
「なんだ?」
「これ・・・よかったら」
バス停が見えてきたところで、珍しくから話しかけてきた。
いつもは俺が話すことに相槌を打つだけのだから、内心は驚いたが表情には出さない。
黙って待てば、ゴソゴソとカバンの中に手を入れたが白い小箱を出してきた。
「ぶ・・部活の後、お腹すくかなって。」
差し出された小箱を受け取り蓋を開ければ、一口大のクッキーが詰まっていた。
歩道の真ん中で立ち止まり、思わずマジマジとクッキーを見つめる。
「あ、あの・・甘いのダメ?だったら無理しなくていいよ?」
黙っているのは困惑だと受け取ったのだろう。
が慌ててクッキーを取り返そうとするから、咄嗟にその手を掴んだ。
柔らかくて小さな手に鼓動が跳ね、シマッタとも思ってを見る。
するとは頬を真っ赤にして、俺を黒い瞳に映していた。
「お前が作ったのか?」
「う、うん」
「俺のために?」
が目を丸くして、次には耐えられないほど恥ずかしそうに視線をそらし頷いた。
「お前、可愛いな。」
自然と零れた言葉に、が更に赤くなる。
俺の手から素早く自分の手を取り返すと、胸の前で拳を小さく握って震わせる姿。
なんだ、お前も俺のことが好きなのか。
初めて確信した。
急に可笑しくなって、俺は肩を揺らして笑い始める。
するとが不安そうに俺を見上げてくるのも可愛らしくて、もっと笑いだしたくなった。
「お前、一本あとのバスにしろよ。」
「え?」
「ゆっくり食べたいんだよ。付き合ってくれるだろう?」
確信犯で問えば、は上気した頬のまま瞳を細めて頷いた。
ベンチに空いた、微妙な距離。
まだまだ肩が触れるところまではいかないが、隣でが笑っている。
甘いクッキーを口に放り込めば、胸のうちまで甘ったるくなっちまうが悪くはない。
が乗るはずだったバスが通り過ぎれば、熱い風が彼女の黒髪を舞いあげた。
ふんわりと俺の視界に流れる髪に手を伸ばして触れる。
「な、なに?」
どもるが肩を緊張させて訊いてくる。
お前は色が白いから、赤くなると直ぐに分かるんだぜ?
「お前の髪、好きなんだ。」
今度こそ耳まで赤くして顔も上げられなくなった頭を軽く撫でてやった。
ほんの少し触れただけで身の内が温かくなる感覚。
じれったくて、くすぐったい。
こんな思い、俺は初めて知った。
いつも傍にいたい。
大事にしたい。
守りたい。
これが本気で女を好きになるってことなんだろう。
「あ、跡部じゃん」
相棒の声に振り向いた忍足は、並んで歩く跡部との後姿に笑みを深くした。
はじめは一メートル近くあった二人の距離が徐々に縮まっていることに本人たちは気付いているだろうか。
普通の高校生より一歩も二歩も進んだ付き合い方しかしてこなかった男が、
傍にいるだけで優しくなれるような恋をしている。
まるで宝物を見つけたかのように。
大事に守って、誰にも触れさせはしない。
「侑士、あのイチャイチャを邪魔してやろうぜ。」
「やめとき、岳人。本気の跡部を相手にしたら、命がいくつあっても足りんやろ?」
「くそ〜っ、アイツだけいつもイイ目をみやがって。石投げてやる。」
「こらこら。」
なにかの拍子に恋人たちの肩と肩がぶつかった。
慌てて離れると苦笑しながら手を伸ばす跡部。
遠目から見ても頬を染めて近づくを愛しそうに待つ跡部を見遣り、忍足は大きく空に向かって伸びをした。
純な恋 跡部編
2008/05/30
その後を読みたいというリクにお応えして・・・簡単ですが。
テニプリ短編TOPへ戻る