純な恋 〜ヒロイン編〜
跡部君と付き合うようになって、二か月が過ぎた。
今まで『目立つ』などという経験のない私にとって、跡部君のカノジョという立場は想像以上のものだった。
私に対する印象といえば「ああ、あの色の白いコ」程度のもので、
クラスの男子にさえ名前を覚えられていなかったりの地味なもの。
その私が学園中の人間が知っているだろう跡部君の隣に立つということは、私でなくても信じられないものだったらしい。
どこに行っても刺すような視線が集まり、顔をあげるのが怖くなる。
だから尚更目立たぬようにと小さくなって、日々を緊張しながら過ごすようになっていた。
「どうした?何かあったのか?」
部活が忙しい跡部君と一緒にいられるのは帰りの僅かな時間だけ。
それも毎日ではなくて、部活が休みだったり、早めに終わる日だけだ。
僅かな時間でも私には夢のようなことで、いまだ隣に跡部君のいることが信じられない。
「ううん」
「おとなしいな」
「それはもともとだと・・・思うけど」
心配そうな目で私を見てくる跡部君に小さく笑ってみせる。
最初は目を合わせることさえ恥ずかしくて逸らしてばかりだったけど、この頃は少しだけ逸らさずに話せるようになった。
私の言葉に跡部君は思わずといった様子で笑う。
「そりゃそうだが」
ふっと瞳を和らげた跡部君の手が伸びてきて、頭をクシャクシャっと撫でられた。
くすぐったくて肩をすくめると、やっぱり笑ってる跡部君がいる。
優しい笑顔だ。
どうしてそんなふうに笑ってくれるのだろう。
気の利いた会話も出来ない。
人がうらやむような美しさもなければ、秀でた能力があるわけでもない。
平凡を絵に描いたような・・・こんな私の何がいいの?
乱された髪を手櫛で直しながら、赤面する頬を隠す。
ずっと不思議に思っている。
聞いてみたくて、聞くのが怖くて、いつも言葉に出来なくて飲み込んでしまう。
『あんなコが、なんで跡部様と?』
『ぜんぜん目立たない平凡なコなのに。どこがいいの?』
直接、間接にかかわらず言われたのは、私自身が抱いている疑問と同じ。
夕焼けに向かって歩く跡部君の横顔は、とても綺麗。
色素の薄い髪が西日に透けて金色に輝いて見えるから、つい見惚れてしまうほど。
いつも光りの中心にいるような人が、何故。
思考に捕らわれているうちに頭が下がっていき、視界には私の靴先が映るようになる。
規則的に動いていく足元を見ていたら、なんだか泣いてしまいそうになった。
「おい」
呼ばれて顔を上げれば、隣にいたはずの跡部君が足を止めていた。
そんなことにも気付かず考え込んでいたらしい。
焦って無理に笑顔を作ろうとしたら、ツカツカと近付いてきた跡部君が私の肩を掴んだ。
「誰かに何かされたか?」
とても厳しい表情で問われる。
その威圧感に声も出せず、ビクつきながら首を横に振る。
「何があった?誰かに何かを言われたんだろう?」
立て続けに問われ、混乱した私の涙腺が熱くなっていく。
泣いちゃダメだと思うのに段々と視界が歪んでいき、跡部君の表情が更に強張っていくのに胸が苦しくなった。
「違・・う」
「違わないだろう?忍足に言われたんだ。お前が苦労してるってな」
頭を振った。
苦労なんてしていない。
だって跡部君が好きで、ずっと片思いをしてきた。
神様のくれた奇跡だと思うから、苦労だなんて考えたこともない。
皆が噂することだって、正しくて当然のことだから。
「違うの。私が駄目で・・・ごめんなさい」
言葉と一緒に涙が零れて、顔を覆った。
こんなことで泣いて、跡部君に呆れられるかもしれない。
鬱陶しい奴だと嫌われてしまったら、どうしよう。
うまくかわせなかった自分が情けなくて、止めようとするのに涙が止まらない。
「馬鹿・・・」
罵る言葉であるはずなのに、跡部君の声色は優しかった。
彼の表情が見たくて顔を上げたかったけど、それは叶わない。
ふんわりと抱きしめられて、体が強張った。
けれど緊張を和らげるかの様に髪が撫でられ、頬に跡部君のブレザーが触れると
微かに感じていた跡部君の香りが私を包むように感じられて力が抜ける。
「お前が謝ることは何もないだろ?原因は俺だ」
否定の意味で頭を振ると、跡部君の手が再び私の肩を掴んだ。
覗きこむように合わされた視線の先、跡部君は眉を寄せて苦しげに私を見ている。
「俺と付き合っても辛いことばかりじゃないのか?
お前が小さくなって周囲に怯えながら生活してるのは俺のせいだろう?」
「違う・・」
「違わねぇだろ?」
頬を両手で包まれた。
跡部君の青みがかった瞳が揺れている。
私の気持ちが跡部君には通じていない。彼は誤解している。
「違う。だって・・・ずっと好きだったの」
頬に跡部君の温もりが伝わってくる。
あたたかく優しい手、そして眼差しだ。
この手が私に触れてくれるのが、どんなに幸せで胸をときめかせるのか。
「だから・・・今は毎日が夢みたい。夢みたいだから怖くなる
私の何がいいのか、どうして私なのかが見つけられなくて
跡部君に不釣り合いな自分が、どうしてって
誰か他の人のせいじゃない。私が・・・不安で駄目なの」
話しているうちに再び涙が溢れてきた。
ずっと言えなかった不安を口にするのが怖かった。
跡部君は最後まで黙って話を聞いてくれたけど、私が話し終わると目を伏せて小さく溜息をつく。
それに怯える私を宥めるように、包んだ手の親指が優しく頬を撫でた。
「よく分かった。、今から俺が言うことを忘れるなよ」
力強い声に、涙を拭って跡部君を見上げた。
「俺はお前の控えめなところが気に入ってる
いつもニコニコして嫌な顔一つしないところも
人が見てる見てないにかかわらず、真面目に与えられたこと以上をするのだって知っている
色が白くて、触れると直ぐに赤くなって、小さくて、壊れそうなくらい繊細で
お前だけが俺をこんな気持ちにさせる」
頬に集まる熱でのぼせそうだ。
髪が好きだと言われたことはあったけれど、それ以上の気持ちは言葉として貰ったことがない。
でも跡部君はとことん優しくて、彼の気持ちが私に向けられていることは疑いようもなかった。
だからこそ思った、どうして私なんかにと。
「こんな気持ちが何か分かるか?」
首など振れなかった。
注がれる眼差しは甘く、それでいて揺るぎない強さがある。
「お前が好きで・・どうしようもないんだ」
言葉と一緒に跡部君の瞳が閉じられていくのをスローモーションのように見ていた。
包まれた頬に吐息を感じ、睫毛が触れあう寸前に私も自然と目を閉じる。
追いかけられるように重ねられた唇は優しくて、飽和しそうな跡部君への想いに幸せな涙が零れた。
いいのかな。こんな私でも、あなたの傍にいて。
いいに決まってるだろう?
額を合わせた跡部君が、当然のように言って笑う。
そう。私は理由と許しが欲しかった。
好きな人の傍にいてもいいんだって心から思える・・・あなたの言葉が。
よく晴れた早朝のテニスコートで、忍足はどうしたものかと悩んでいた。
隠す気もないだろう跡部の上機嫌さは、昨日の不機嫌さとは天と地ほどの差がある。
聞くべきか聞かざるべきか、たっぷり五分は迷った忍足だったが好奇心には勝てなかった。
「跡部、なんやええことあったか?」
チラッと忍足を見た跡部は、肩に羽織ったレギュラージャージに腕組み姿で不敵に微笑む。
聞くんじゃなかったと一瞬は思った忍足だったが、乗りかかった船だ。
「まさか彼女に仇なす人物をすべて退学にしたとかやないやろうな?」
「バーカ。んなことしたら、を泣かせちまう」
彼女が泣かなければ、するつもりだったのだろうかと恐ろしい。
「なら・・・」
「やっと言った」
「は?何を?」
「お前が言ったんだろう?後で言い直しておけってよ」
後で言い直すって、まさか!?
「お前、二か月も付き合うてて好きやって言うてなかったんか?」
「悪かったな」
「そ、それで?」
「アイツの気持ちも聞いた。可愛かったぜ?」
「ああ、そう・・・」
思い出し笑いをする跡部を見て、忍足は後ずさる。
「ま、俺様の本気具合を見てたら、そのうち外野も文句は言えなくなるだろうぜ」
語る跡部の表情は自信に満ち溢れ、忍足は反論する気にもなれなかった。
愛する人に愛されると人は強くなる。
自分の身をもって知っている忍足は苦笑しながらも祝福するしかない。
暫くは更にアテられる覚悟を決めた忍足だった。
純な恋 ヒロイン編
2009/03/16
再びのリクに応えて
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