社長と秘書












「駄目です」
「ああん?テメェ、社長の俺様に意見する気か?」


「社長だろうが、俺様だろうが、駄目なものは駄目です
 十分後には打ち合わせが入っておりますので、トイレを済ませておいてくださいね。社長」



社長室から出てくるなり社長と秘書が言い争っていた。
しかし、周囲の人間は聞こえないフリで黙々と自分の仕事をこなす。
つまりは『触らぬ神に祟りなし』だ。


馬鹿にしたような秘書の物言いに社長である跡部がデスクに何かを叩きつけた。
背を向けて仕事している者の体は一瞬ちぢみあがったのだが、怒りの矛先を向けられている秘書本人は平然としている。



「ちょっと、来い!!」



堪忍袋が切れたらしい跡部は、荒々しく秘書の腕を掴むと再び社長室の扉を開ける。
容赦なく腕を振り払おうとする秘書を力づくで扉の向こうに放り込んだ跡部は「誰も近づくなよ」と言い捨て扉を閉めた。



「相変わらず凄いなぁ、さん」
「今日はいったい何を揉めてたんだ?また勝手に社長がどっかの会社を買収してきたとか」


「ありそうな話だけど・・・社長が机に叩きつけてたの旅行のパンフレットだったぜ?」
「はぁ?お前、よく見てんなぁ」


「分かった。このクソ忙しいのに社長が南の島でバカンスをとか言いだしたのかも」
「ああ。そりゃさん、怒るだろうな」


「怒るよなぁ」



若き社長を支える、これまた若き社員たちが頷きあった。


ここは跡部が大学卒業と同時に立ちあげた会社。
はじめはたった三人からスタートした小さな小さな城だった。
ところが現在の跡部は経済界の風雲児とも呼ばれ、巨額の利益を叩きだしている企業の社長だ。


いまだにワンフロアーの奥に社長室があり、扉の向こうには社員がいるというような形態を取っているが
それは若いスタッフが多いがゆえに開放的で活気のある職場となっていた。


なので社長と秘書の喧嘩も当然のごとく目にすることが多い。
敬語は外さなくても容赦のない言動を見せる秘書は、会社設立時からのスタッフだと説明されれば納得するだろう。



社長室に放り込まれた秘書は背中で扉の鍵が閉められる音を聞いた。
皺になったスーツの袖を直しながら溜息をつく。


そこへ後ろから二本の腕が伸びてきた。
逃げはしない。今さら逃げたところで怒りを煽るだけということぐらい経験から理解しているからだ。


伸びてきた手は迷いなく彼女の華奢な肩をまわって前で結ばれた。
はやく言えば、背中から抱きしめられている状態だ。


跡部は髪をアップにしているの首筋に顔を寄せ、小さなパールピアスが揺れる耳元に息を吹きかけた。



「ちょっと!!」



予想通り体を震わせる様子に、跡部の笑みが意地悪くなる。
振り返ろうとする頭を軽く押さえると、そのまま彼女の弱点である耳たぶに咬みついた。
ぎゃあと色気のない悲鳴をあげるのを押さえこみ、跡部は笑いを噛み殺しながら更に攻める。
今こそ無駄に良すぎると言われた武器を使う時だ。



「お前…そんなに俺と過ごすバカンスが気にいらないのか?」
「やっ。み、耳元で話さないでっ」


「やめてほしけりゃ休暇を十日間よこせよ。もちろん、お前も一緒だぜ?」
「だ、駄目だって、さっきも説明したはずです。その時期は忙しくて・・・二人が揃ってなんて無理」


「そこをなんとかするのが優秀な秘書の役目だろ?」



赤く頬を上気させる彼女に気を良くした跡部は、更に行為をエスカレートさせて耳たぶから首筋にキスを落としていく。
必死に逃れようと足掻いても跡部の拘束には隙がなく、とうとうの瞳には涙まで浮かんできた。



「だから・・・社長の分は休みをとるって」
「馬鹿言うな。俺だけ休暇取って、お前が残って働いてたんじゃ意味がないだろうが」


「と・・十日なんて絶対に無理」
「だったら何日なら大丈夫なんだ?」



首筋をキスで埋め尽くした跡部の唇が、今度は頬に進出してきた。
これ以上を許せば、本気で危ない。
身の危険を感じたの頭の中では、スケジュール帳がバラバラとめくられる。



「えっ・・と」
「ああ」


「一日?」



言った途端、背中の温度が下がった気がした。
は恐ろしくて振り返る気にもならない。



「は〜ん。お前、よっぽど今ここで俺に愛されたいらしいな」



彼女の悲鳴は大きな手に塞がれて、外に聞こえることはなかった。









約九分後。


社内会議に合わせてご機嫌な跡部が社長室からでてきた。
その三歩後ろについて出てきた秘書は誰が見ても疲れきっている。


鼻歌でも歌い出しそうな若き社長は、自分を待つ社員たちに軽くウィンクした。



「来月、バカンスを取るからな。後を頼むぞ」



厳しい秘書から休暇をもぎ取ったらしい。
なにも知らない社員たちは隠れて笑う。





誰も社長室の中で繰り広げられた攻防を知らない。



彼らの肩書きは社長と秘書。
だけど彼らは中学からの同級生であり、男女に別れて氷帝のテニス部を引っ張ってきた同志でもある。
それなのに今も昔も人の前では犬猿の仲。



ふたりが心から愛し合っていることなど、この社の中に知る者はいない。





「で?どこがいい?南の島か、ラスベガスで遊ぶか、久しぶりにヨーロッパでもいいか」



白いソファに寛ぐ跡部の前には山のような旅行のパンフレットが並んでいる。
は家に帰ってまでパソコンと睨めっこをしている。



「おい、聞いてるのか?」



なりやまないキーボードの音に跡部が不機嫌な声を出す。
問われたは片手で自分の肩を叩くと、脱力したように呟いた。



「温泉」
「はぁ?」


「湯治に行きたい」



遠くを見つめながら願いを口にした恋人の疲れた顔に、ほんの少しだけ優しくしようかなと思った跡部だった。



















社長と秘書 

2009/04/28  

お遊びのssです




















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