年下の恋人
盛大な跡部家のパーティーを終え、部屋に戻った途端だった。
「景吾なんて、嫌い」
面と向かって言われた言葉に、
跡部はこめかみが引きつるのを感じながらも何とか笑みを保つ。
「はぁ?何がどうなって『嫌い』になったのか説明してもらおうか」
跡部は仕立ての良いスーツの上着を脱ぐと、無造作にソファへ投げた。
女性なら誰もが憧れそうな容姿と財力を持った男に対し、嫌いと言いきった彼女は見事な振り袖姿だ。
牡丹の花が鮮やかに咲く振り袖には派手な蝶が舞っている。
彼女の艶やかな黒髪と透けるような白い肌に似合うだろうと跡部が選んだものだ。
だが、これを贈った時の彼女の反応は冷たいものだった。
『姐さんって呼ばれそうで嫌だ。花札の柄みたいだし』
唖然とする跡部の前で彼女は言い放ち、本気で嫌そうな溜息までついたのだ。
だから跡部は余計に意固地になって、何が何でも自分の選んだ振り袖を彼女に着せようとした。
跡部の愛情を一身に注がれているはずの彼女。
普通の女性なら涙を流して喜びそうなものなのに、彼女はちっとも喜ばない。
嫌いの理由を跡部に教えてくれる気もないらしい。
ツンと他所を向く姿も愛らしいが、そんなことに鼻の下を伸ばしている場合ではない。
口答えも可愛いと随分甘やかしてきた自覚のある跡部だが、いずれは自分の妻になる人間だ。
そろそろ大人になって貰わないと困ると跡部は眉を寄せた。
「。いい加減にしないと怒るぞ」
いつにない跡部の怒りを含んだ声に、振袖の肩が目に見えて竦んだ。
ちょっと可哀想になったが、ここで宥めたのでは常と同じになってしまう。
「言いたいことがあるならハッキリ言えよ
もう子供じゃねぇんだから、みっともなく拗ねたようなマネ・・・おい」
威勢の良かった跡部の言葉が戸惑いに変わる。
視線を合わせない彼女の瞳にみるみる涙が盛り上がってくるのに気付いたからだ。
思わず歩み寄り、肩に触れようとした跡部の手をは嫌って避けた。
「なにも泣くことはないだろ?」
背を向けた彼女の背中に跡部が呟く。
華奢な背中に、細いうなじ。その首に落ちた後れ毛が震えている。
艶やかな女に成長したと思う。
自分の後ろをチョコチョコとついてまわっていた幼い女のコ。
妹のように可愛がっていたはずなのに、いつの間に唯一の愛を注ぐ女性になったのだろう。
少々甘やかしすぎて生意気になってしまったのは誤算だったが、それ以外は予想した以上に美しく華やかな花に成長した。
拗ねたり、泣いたり、怒ったり。
色々な表情を見せて楽しませてくれる彼女だが、やはり一番は笑顔だ。
跡部はひっそりと溜息をつくと、早々に白旗をあげることにした。
「さっきのは嘘だ。怒らないから言ってみろ。なにをそんなに拗ねてるんだ?」
長い睫毛に涙の雫が触れる。
それさえ美しく思えるのだから重症だと自覚しながら、そっと幼い恋人の涙を拭う。
うん?と愛しい顔を覗きこめば、涙を湛えた大きな瞳が跡部を映した。
「子供・・扱いして」
「ああ?」
「自分は綺麗な人と話して、お酒飲んで
私には七五三みたいな格好させて、ジュースばっかり飲ませて。酷い」
「七五三って、お前・・・」
その振り袖でドレスが何枚買えると思ってんだ?
心の中で思ったが、跡部のプライドが言葉にするのを止めた。
「お前、アルコールに弱いだろ。だからジュースにしたんだ」
「私だって挨拶とか世間話ぐらいはできるのに、勝手に景吾が話しちゃうし」
「相手が誰だろうとお前が親しげに話すのが嫌なんだよ、特に男はな」
「私だって嫌だよ。景吾が他の女の人と話すの嫌い。でも仕事だし仕方ないって我慢してるのに」
は泣きながらも頬を赤くして跡部を睨む。
その可愛い口から飛び出しのは見当違いのヤキモチだ。
「綺麗な人ばっかり侍らせて、浮気者」
罵られた跡部は瞬間目を丸くして、次には耐えきれないと笑ってしまった。
「なに笑ってるの?私、怒ってるんだから」
ああ、はいはいと両手をあげて肩をすくめる。
わざとらしく咳払いをして顔を背けるが、勝手に緩む口元が止められない。
こういうところが堪らなく可愛いんだが。
ひと回りも年下の彼女。
小さな時から腕の中に囲うようにして守ってきた。
ふたりを知る友人たちには「洗脳」だの「刷り込み」だのと陰口を叩かれ、
光源氏計画とまで噂されているのだって承知済みだ。
さて、ここはどう姫のご機嫌を取るべきか。
「分かった。大人の扱いをすればいいんだろ?」
睨んでくる彼女に意味ありげに微笑む跡部。
こんな笑みを見せる時、年上の恋人はろくなことを言わない。
身構えたが、もう遅い。
腕をとられて引き寄せられたら、お互いの吐息が触れそうな距離になった。
慌てたが逃れようとしたところで、力で敵うはずもない。
「俺が大人の女にしてやるよ」
囁かれた台詞に沸騰しそうな恋人に跡部は笑みを深くする。
生涯を自分のものに。
子供と大人の間を行き来する、そんな不安定さも楽しみたい。
捕らわれた袖の赤い牡丹に蝶が舞った。
年下の恋人
2009/05/04
余談ですが・・・
私の中では、テニプリ掲示板の跡部が大事にしている年下の恋人です。
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