お似合いの二人
「景吾のバカっ!」
「なんだと?も一遍言ってみろっ」
「何度でも言うもん!バカバカバカバカバカバカバカ・・・」
「いい加減にしろよっ」
ここはテニス部の部室前。
手を振り上げる仕草を見せた景吾に、私は条件反射的に頭を抱えて、ぎゅっと目をつぶった。
「離せっ」
「跡部、女の子に手を上げたらアカンって。
ちゃんも。本当のバカに、バカ言うたらアカンよ。傷つくからな。」
恐る恐る目を開けた私に、満面の笑みで景吾の手を掴んでいる忍足君がいた。
が、すぐに片方のあいた手で景吾に頭を殴られた彼の顔が歪む。
「痛いなぁ」
「お、忍足くん!大丈夫?」
「、こんな奴の心配なんてしてんじゃねぇ。
だいたい、お前が疑い深いから、ンなことになるんだよっ。反省しろっ」
「なんで?景吾が私に嘘ついて外泊したのは本当でしょ?信じられないっ、浮気者っ!」
「なんだと?俺が何もねぇっつったら、何もねぇんだよっ」
また同じところに戻ってしまった。
諍いの始まりは、景吾が私に嘘をついて外泊した事。
『テスト勉強するから、今夜は電話してくんなよ』
普段から、テスト勉強なんてしなくても成績上位の景吾が?と、不審に思った。
なんとなく気になって、理由をつけて携帯に電話しても出ない。
思い余って家に電話したら、宍戸君の家に泊まりに行ったって。
その時点でオカシイと思ったの。
だって、今まで一度だって宍戸君の家に泊まりになんていったことなかったから。
それに試験勉強する人が行く相手じゃない。悪いけど、宍戸君は補習ギリギリの成績だもの。
で、私は朝一番で宍戸君を捕まえたの。
彼って、本当に心根の真っ直ぐな人なんだから、嘘なんかつくの上手じゃない。
しどろもどろで視線も合わせない彼に、すぐ景吾にアリバイ作りを頼まれたのだと分かった。
そうまで隠して外泊したい理由なんて、たった一つ。
誰か女の人のところに行ったんだ。
浮気か、本気か、しらないけれど。また、前の景吾に戻ったんだ。
私と出会って変わったって。初めて本気で好きになった、なんて。
臆病な私の手を引いて、自分の腕の中に抱きしめたのは景吾だったのに!
「まったく。勝手にいろいろ勘ぐりやがって。嫉妬深い女は嫌われるぞ?」
「跡部っ!言い過ぎやっ」
忍足君が止めてくれたけど、一度発せられた言葉は消すことが出来ない。
景吾の言葉は、弱った私の心に深々と突き刺さった。
自分の唇が震えているのが分かった。
怒りは潮のように引いて、残ったのは遣る瀬無い哀しい気持ちだけ。
目の奥が熱くなるのを感じながら、手をぎゅっと握り締めた。
「別れる」
「な・・に?」
景吾が瞳を細めて睨みつけてきた。それでも、私は目をそらさずに言う。
「景吾とは、別れる。今まで・・・ありがとう。じゃあ、」
「ざけんなよっ、お前っ」
飛び掛りそうな勢いで向かってきた景吾に身を竦めた私の前に影が出来た。
忍足君が景吾と私の間に入って、庇ってくれたのだ。
私は忍足君の広い背中を見上げながら、零れてくる涙を拭った。
「どけッ、忍足。お前には関係ないことだっ」
「いやいや。やって、ちゃんがフリーになったら、俺が貰おうって狙ってたんやもん♪」
「忍足・・・冗談もそれぐらいにしとけよっ。」
「本気や。なぁ、ちゃん。俺やったら大事にするでぇ。どうや?」
私に背を向けて立つ彼が、肩越しに笑いながら聞いてきた。
あまりのことに言葉も出せず、ただ唖然と見つめる私にニコッと笑いかけて彼は言葉を続けた。
「ただし、跡部が外泊した本当の理由を聞いても『別れる』言うんやったらのことや。」
「本当の理由?」
「忍足、てめぇは黙ってろっ」
景吾が忍足君を睨みつけるけど、飄々とした彼には、まったく通じていない。
「せやかて、このままやったら振られてしまうで。本末転倒とは、こういうことを言うんやないか?
ねぇムーミン、恥ずかしがらぁないで♪誕生日まで隠してたら、マジ別れられてしまうで?
な、ちゃん。」
「はぁ?何がムーミンだっ。変な歌、唄ってんじゃねぇぞ。」
「誕生日・・って、何?何を隠してるの?ね、景吾っ!」
「チッ」
景吾は舌打ちをして、ソッポを向いてしまった。
誕生日って誰の?まさか・・・私?あさっては、私の18回目の誕生日なの。
泣いてる場合ではない。
窺うように景吾の顔を見ても目をあわせてくれないから、後ろから忍足君の腕を揺すった。
私の方に半分体を向けた忍足君は、優しく微笑むと本当のことを話してくれた。
「跡部な。ちゃんの誕生日に手作りの指輪を作ってやりたいとか無茶言うて、
シルバーアクセの先生のトコで教えてもろうてんねん。
心配せんでも俺の紹介でな、先生は3人の子持ちのオッサンやから恋愛対象にはならへん。」
バカッ、当然だっ!途中で景吾がツッコミを入れているけれど、私の頭は混乱して言葉も出ない。
「ホントに・・・?」
「難しいんだよッ、ちっとも思い通りになりゃしねぇ。
あのままじゃ、誕生日に間に合いそうになかったんだよッ!
これでいいだろっ!いちいち疑って、別れるとか言ってんじゃねぇぞっ」
「嘘・・・」
視界は、あっという間に滲んでいって、涙がポロポロと流れてくる。
そんなこと、景吾がそんなことする人だったなんて・・・思ってもみなかった。
「まぁな、ちゃんの気持ちも分かるで?前の節操なしの跡部を見てきてるからなぁ。
疑うな、ちゅうことに無理があるよなぁ。
跡部はちゃんを責められへんで。な、ちゃん。」
忍足君の手が伸びてきて、そっと頬の涙をぬぐってくれた。
と、その途端。一瞬で視界から忍足君が消えていた。
景吾に首根っこを押さえられて、ネコみたいに私から引き離される。
「勝手に触ってんじゃねーぞ。もう、用はねぇだろっ、行けっ」
「はい、はい。じゃあね、ちゃん。また、苛められたら俺のトコにおいで。
受け入れ態勢は万全やからな。」
「お前に受け入れてもらうようなことは絶対ねぇっ!」
「お〜怖っ」
忍足君は、ひらひらっと手を振ると肩をすくめて背を向けた。
「ありがとう、忍足君。」
私のつぶやきに振り向いた彼は、やっぱり優しく微笑んでいて。
忍足君に大事にされる人は幸せだな・・・なんて思ってしまった。
が、横から強く腕をつかまれて体が斜めになる。
そんな乱暴なことをする人は、ただ一人。
「景吾、」
「部室に入れよ。ちゃんと言って聞かせねぇと気がすまねぇ」
「え、ヤダ。授業が始まる」
「お前の頭じゃ、授業を聞いても聞かなくても変わりゃしねぇだろ。後で俺が教えてやるっ。」
「ちょっ、やっ、景吾!」
あたふたする私など無視して、力ずくで部室に捻じ込まれた。
「景吾、拉致監禁は犯罪だよ!」
「バカいってんじゃねぇぞ。お前は俺のものなんだから、関係ねぇ。
それよか俺に言うことがあるだろう?ああ?」
部室に入ると、景吾が入り口のドア前で仁王立ちになってしまった。これでは逃げられない。
涙は止まったけれど、まだ目がシバシバするし、鼻水だって出る。
だが、とてもじゃないが、そんなことで許していただける雰囲気ではなかった。
「う・・・疑ってゴメンナサイ。」
ペコリと頭を下げて謝罪した。
けど嘘ついたのは景吾が悪いんだからねっと喉まででかかった言葉は、
突然に引き寄せられて音をなさなかった。
ぎゅうっと。
強く景吾の体に押し付けられて、あ・・・抱きしめられてるんだと気づく間抜けさだ。
「景・・吾、」
「誕生日に驚かせたかった」
「うん」
「んな恥ずかしいプレゼントを思いついた自分が信じられねぇんだ」
「うん」
「それだけ・・・お前を大切に思ってる」
「・・・うん」
「別れるなんて、簡単に言うなよ」
「・・・うん」
景吾の香り、鼓動、温もり、気持ち。
全部がダイレクトに伝わってきて、また目元がじんわりと熱くなってきた。
「・・・ゴメ、ゴメンね。景吾、ありがとう。」
搾り出すように呟けば、また腕の力が強くなった。
私たちは、ただ抱き合って。
お互いの気持ちを確かめるように、優しいキスをした。
「跡部・・・これか?っていうか、このモチーフは・・・いったい、」
誕生日の翌日。
興味津々で私の手元を覗き込んだ人は皆一様に同じ反応をした。
「仕方ねぇだろ。コイツが好きなんだからよ」
「ゲッ、ちゃんの趣味なん?」
「そうよ♪なんか好きなの。景吾の手作りだし、大のお気に入り!」
忍足君は目を大きくして、一歩後ろに下がった。
宍戸君も引きつりながら「信じられねぇ」と呟く。
私の手には、ドクロマークのシルバーリング。
景吾が言うには、ドクロがドクロらしくならずに苦労したらしい。
「ドクロって、簡単そうで難しいんだぜ?作ってるうちに知ってる奴に似てきたりしてよ。
と、思ったら人の良さそうなドクロになったりで、悪そうな奴にするまでに時間がかかっちまった。」
「知ってる奴って誰やろ?」
「ドクロに、人がいいとか。悪いとか、あんのか?」
忍足君と宍戸君がコソコソと眉をひそめて語っているけど。
「いいの、私が気にいってるんだから!
それに、このドクロ。なんか悪そうそうなトコが、景吾に似てるでしょ?親しみ感じちゃって。」
「なに?」
景吾の目が鋭くなった。
「俺様のどこが、悪そうだって?」
あ・・・、シマッタ。
そう思ったときには、もう遅い。
「また言って聞かせてやらねぇと分かんねぇようだな。ちょっと、来いっ!」
「ま、待って!景吾っ」
またズルズルと部室に腕を引かれていく。
背中で。
「まぁ、お似合いの二人いうことやろう。」
「だなっ」
と、忍足君と宍戸君が納得しているのを聞いた。
2005.06.13
お似合いの二人
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