本気を疑うな
この人は本当に私の恋人なのだろうか。
時々、本気で思うことがある。
カフェに来て向かい合ったのに、彼が話しているのは電話の向こうの人だ。
「ああ、分かった。じゃあ、それでオーダーしておいてくれ。ああ、」
どっかのサラリーマンみたいね、あなた。
とても高校生には見えない貫禄と受け答えを半ば呆れつつも感心してる。
私のことなんか、ちっとも見てない。
手にしたファイルの方が、余程熱く見つめられて照れてるんじゃないかしら。
薄くも厚くもない形の良い唇。
勝気そうな眉と少しブルーがかった切れ長の目。
薄茶の髪は地毛なのだと誰かが噂していたけど、自然で綺麗な色。
テニスで鍛えた非の打ちどころがないスタイル。
加えて成績優秀。
お家は誰もが知ってるハイソな家柄。
100%駄目だと何の疑いもなく思い込んでた、あの日。
『あ、跡部君・・・す、すきです』
『ふん、そうか。』
『そ、それだけなので、どうも聞いてくれてありがとう。じゃあ、』
『待てよ。お前、言うだけ言って消えるつもりか?』
『ま・・その、私なりのケジメって言うか、自己満足って言うか、だから、』
『よく分かんねぇけど、いいぜ。』
『どうも。じゃあ、サヨウナラ』
『コラッ、なに帰ろうとしてんだ?いいぜって言ってるだろ。』
『いいぜ?』
『ああ』
『何が?』
『・・・てめぇ、』
お前と付き合ってやってもいいぜ、って言ってんだよ。
あの時はビックリした。
ホント、生まれてから後一番のビックリだと思う。
だって私ってば、容姿はどこにでもいる程度だし、胸が大きいわけでも背が高いわけでもない。
成績は中の上ぐらいで、これまた平凡。
父は銀行員で決して貧乏な暮らしではないけれど、跡部君のお家に比べれば庶民的だ。
何の気まぐれだろう。
ちょっと目先が変わった女の子と付き合ってみたくなった?
それとも本命さん以外に持つ愛人みたいな立場なのだろうか?
思い悩んだけれど、好きな人に付き合ってやるといわれて断われるはずもなく・・・今に至る。
跡部君って、本当に忙しい人だよね。
アイドルも真っ青のスケジュールをこなしているんじゃないかな?
本命の彼女さんにはいつ会うんだろう。
『アホやなぁ、お前。跡部の本命はジブンやんか。』
忍足君に呆れ顔で言われたけれど、私は信じてない。
彼だって彼女が他校も含めて三人いるとか聞いたことあるし、男同士は庇いあうって言うからね。
話してばかりでちっとも飲まないから、
跡部君のアイスカフェラテが汗をかいてテーブルに水溜りを作ってる。
暇だから手を伸ばし、紙ナプキンで拭くことにした。
「ああ、じゃあ頼んだぞ」
テーブルを拭く私の手に伸びてきた手。
重なってきた手が隣のテーブルの人であるはずもなく、考えられるのは目の前の人。
顔を上げれば、薄ら笑いを浮かべつつ携帯を閉じている跡部君の姿があった。
「な、なに?」
声が上ずってるのが分かる。
大きな少しひんやりとした硬い感触。
跡部君の手だよ。駄目だ、心臓が壊れる。
「なに焦ってんだ?」
「だ、だって、」
「お前、クリームついてんぞ。ここ、」
え?どこっ?
ここだ、と自分の唇の脇を可笑しそうに突付いて見せる彼。
赤い顔が更に沸騰するのを感じながら、クリーム抹茶ラテを頼んだことを後悔しつつ唇の周囲を指で拭う。
とれた?と視線で問えば、笑いながら首を横に振る跡部君。
嘘。まだ、ついてるの?
もう一度拭おうとした、その時。
重なった手が握られて引き寄せられた。
前のめりに私がなるのと跡部君が腰を浮かせたのは同時。
あ、と思ったときには、いつも見惚れていた青みがかった瞳が直ぐそこにあった。
微かな吐息が唇の端に触れた。
え?なに、これ?
ボーゼンとしている私から跡部君が離れて行く。
何事もなかったような顔でイスに腰をおろすと彼が一言。
「キスする時は目を閉じろよ」
ボッと、火が吹き出るぐらいに顔が熱くなるのを感じる。
なんでかもう頭の中も胸の中もぐちゃぐちゃ。
イッパイイッパイになって勝手に涙が溢れてくる。
「おい、何も泣かなくてもいいだろう。」
「だって・・・突然だったし」
「なんだ。今からシますって、宣言しなきゃいけなかったのか?」
「そうじゃないけど・・・こんな・・・ことするなんて、」
「こんなことって、付き合ってんだから、これぐらいするだろ。」
「付き合ってるなんて言えるほど、付き合ってないし・・・」
「マジに言ってんのか?それ、」
子供みたいに溢れてくる涙を拭っていたら、チッと跡部君が舌打ちしたのが聞こえた。
顔を背け、親指の爪を噛むような仕草を見せる跡部君は怒ってるみたいだ。
どうしよう、嫌われた?
この期に及んで思ってしまう私は、やっぱり跡部君が好きなんだ。
「あ、あの・・ゴメンなさい」
「お前には徹底的に教えないと駄目なんだな」
「え?」
私の謝罪と跡部君の言葉が重なった。
何を教えるの?と思う間もなく、席を立った跡部君に掴んだままの手を引き寄せられ立たされた。
跡部君の後ろに沢山のお客さんが並んでいるのが目に入ったのは一瞬。
次には視界が跡部君で一杯になってた。
強引に重ねられたキス、キス、キス。
『跡部の本気を疑うたら、そのうちエライ目にあうで?』
忍足君が肩をすくめながら呟いた言葉の意味を思い知った私だった。
「本気を疑うな」
2006.07.13
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