「おい、どけよ」



後ろからの冷たい声に自然と眉が寄るのを感じる。
毎度毎度、どうして最短距離を通って自分の席につこうとするのか。
バリバリのテニス少年なんだから、少々遠回りしてでも自分の席につくべきだと思う。


いや、確かに彼の行く道を塞いでいるのは私だ。
譲ってあげるのは問題ない。
だけど「ちょっと通りたいんだけど」とか「ゴメン」とか他に幾らでも言い様があると思う。


不機嫌な顔で無言のまま避ければ、わざわざ私の肩に掠るようにして跡部君が通り過ぎていった。
感じ悪いったら。その背中にアッカンベーをしていたら、不意に跡部君が振り向いた。
ビックリしている私の顔をマジマジと見つめて一言。



「バカじゃねぇの」



跡部景吾なんて大嫌いだ!










     
『気づかないにも程がある』










放課後の部活。
ボール満杯のカゴを持ち、タオルを持ち、ドリンク持ちで走り回る。
一年生の部員達に指示を出し、スコアの付け方だって教える。
怪我人が出れば救急箱を。汚れモノが出れば洗濯を。
テニス部のマネージャーは人がうらやむほど楽な仕事じゃない。





突然にワッと黄色い声があがって振り向けば、跡部君がジャージを脱ぎ捨ててコートに入るところだった。
カバジ君が黒子の様に素早くジャージを拾う姿に同情を禁じえない。


自分のジャージぐらい自分で畳んでベンチに置け!そう思う。


何処から沸いてきたのか、女のコたちがフェンスの向こう側から跡部コールをしている。
それもまた馬鹿馬鹿しいと思いつつも、やはり花のある跡部君がコートに立つのを見ると胸が弾む。
跡部景吾は嫌いだが、彼のするテニスは素晴らしい。


なんせテニスに全く興味のなかった私がテニス部のマネージャーになったキッカケは跡部君だからだ。
跡部ファンの友達に誘われて、嫌々ながら大会の応援についていったのは中三の夏のこと。
試合は中学テニス界の歴史に残ると言われた青学部長・手塚君との全国を賭けての戦いだった。


感動なんて言葉じゃ言い表せないほど胸が熱くなった。
勝手に涙が零れて、気づけば友達よりも大きな声で跡部君の名前を呼んでいたっけ。


ウン。懐かしい思い出だ。
アノ頃は跡部君のことを素晴らしい人だと思っていた。



跡部君の芸術的フォームのサーブに見惚れていたら、忍足君に声をかけられた。



、悪いけど絆創膏ある?」
「どうしたの?怪我?」


「爪の先が割れて無理に剥いだら血が出てしもうた。」
「ヤダ、言ってくれれば上手く切ってあげたのに。コッチ来て、ベンチに救急箱があるから。」


「え、そっちは・・マズイ気がする。」
「なに?」



忍足君が何やら言ってるけど、跡部君への黄色い声援で掻き消されてしまう。
私はサッサと跡部君たちがサーブレシーブの練習している脇にあるベンチに行き救急箱を開いた。



「忍足君、ココに座って」
「いや、絆創膏貰うだけでええんやけど」


「なに言ってるの。爪の先も整えてあげるから、ホラ、座って!」



視線を泳がせる忍足君に何を遠慮しているのかと思う。
私は彼の腕を掴むと無理矢理にベンチに座らせ、自分も隣に腰掛けた。



「はい、どっちの手?」
「いや、ホント・・マズイって」


「何がマズイの?こっち?」



私は掴んでいた彼の右手を引っ張り、指先を確認した。
確かに人差し指の先に血が滲んでいる。



「ああ、これね。ちょっとギザギザしてるところは爪きりで切っちゃうね。」
「ええっ、が切るんか?」


「左手で右手の爪を切るの大変でしょ?大丈夫、痛くしないから。」
「別の意味で痛くなる怖れが」



深爪される心配でもしているのだろう忍足君を笑顔で慰め、彼の人差し指に集中した。
彼の綺麗な人差し指を手に、傷つけないよう慎重に爪を整える。
その間も引っ切り無しの跡部コールでウルサイったらありゃしない。


忍足君ときたら爪を切られるのが余程怖いのか
、精一杯私から体を離してモジモジしているのが可愛らしい。



「ね、痛くないでしょ?」
「痛くはないけど、視線が痛いって。」


「ああ、ゴメン。ついつい集中して、忍足君の指を食べちゃうほど近づいてたね。」



あははは、と顔をあげて笑った途端。
私と忍足君の間を凄まじい風と黄色い物体が通り過ぎていった。


ガシャン!と音がして、見ればフェンスに黄色いボールが挟まって止まっていた。



今まで木魂の様に響いていた跡部コールがやみ、コートがシン・・とする。
セミの声が急に良く聞こえ始めた。


コートを見れば、これ以上に深く眉間に皺を寄せられないっていう顔の跡部君が
ラケットを握り締め此方を睨んでいた。



「せやからマズイって言うたのに・・・俺どうすればええんや。殺されるかも。」



忍足君の呟きなんか聞こえてても頭に入ってない私。
スクッと立ち上がると跡部君に抗議した。



「ちょっと、危ないじゃない!」
「お前らが目障りで集中できねぇんだよ!忍足、サッサと練習に戻れ!」


「い、行きますって」
「まだよ、忍足君。絆創膏を貼ってない。」



逃げるように立ち上がった忍足君を制して、キッと跡部君を睨んだ。



「ひょっとしてノーコンじゃないってコト?狙って打ったの?信じられない!
 跡部君の打つボールが当たったら大怪我だって有り得るんだよ?」


「お前・・・本気で俺を怒らせたいみたいだな。」


「本気も何も、なんで私たちが怒られなきゃいけないわけ?ね、忍足君。」



「もう、本気で勘弁してくれ」と隣で忍足君が情けない顔をする。


忍足君、跡部君に怯えているみたい。
部員達を暴力で威圧するなんて部長らしからぬ態度よ。
ここは今まで我慢してきた跡部君の傲慢な態度を注意しなくっちゃ!



「ちょうど好い機会だからハッキリ言わせて貰うけど。
 跡部君、確かにテニスの腕は超一流だけど、人としてはあまりに横柄なんじゃない?」


「なんだと?」
「テニスが強けりゃ何でも許されるってものじゃないでしょ?」


「テメェ・・。オイ、忍足!」
「な、なんや?」


「ココ、代われ。俺はと話がある。」



言うが早いかネットを軽く飛び越えた跡部君が私の元へ来るなり腕を掴んだ。
忍足君は素早く絆創膏を手にすると「スマン!」と拝むような仕草をして、
跡部君が立っていたコートに走って行ってしまう。



「痛い!ヤダ、話ならココでしてよ!」
「うるさい!ここで出来ない話だから、来いって言ってるんだ。おとなしく付いて来い!」


「よけいに嫌よ!離して!」
「テメェと一緒で俺にも、この際だから言っておきたいことがあるんだ!」



力で敵うはずない。
助けて欲しいと忍足君や宍戸君、いつも親切な鳳クンやカバジ君にまで目で助けを求めたが、
揃って視線をそらされてしまった。


コレって、どうなの?
誰ひとり跡部君には逆らえないなんて、恐怖政治状態じゃない!



「ぼ、暴力反対!」
「は?俺が女に手をあげる様な男だと思うか?多分、なにもしやしねぇ。だから黙って付いて来い!」


「多分?多分は嫌!」
「いちいちウルサイ女だな。
 とにかくお前には言って聞かさないと分からねぇみたいだ。」



唖然とする跡部ファンの前を喚きながら引きずられていく私。
誰か助けてよ!私、きっと跡部君に吊るし上げられちゃうんだって。





バタン、と。
部室の中に放り込まれた私は後ろで部室のドアが閉まる音を聞いた。
さっきまで耳に響いていたセミの声が聞こえなくなり、代わって自分の鼓動が大きくなる。
緊張して立ち尽くす私の脇をまた肩を掠めるようにして跡部君が通り過ぎ、此方を向いた。



「お前、なんで俺が怒っているのか本当に分からないのか?」
「分からないよ。だって、私・・・悪いことしてないもん。」



密室に二人きりで、さすがにさっきの威勢はなくなってしまった。
小さな声でボソボソと言えば、跡部君が大きな溜息をついて髪をかき上げる。



「お前は誰にでも優しくしすぎだ。
 誰にでもニコニコ笑いやがって。誰にでも親切で。誰にでも無防備に触れる。
 それでいて俺にだけは冷たい。それは、どういうこった?」

「わ、私はマネージャーだもの。部員のために働くのは当然でしょ?
 別に跡部君だけに冷たいわけじゃ・・ない、と思う。」

「嘘つけ。俺が右手のマメをつぶした時、お前は絆創膏一枚を差し出してカバジに手当てを頼んだだろ?」

「あ、あれは私よりカバジ君のほうが適任だと思って。」

「ふん、言い訳だな。ドリンクだって他のヤツには直接渡して俺には手渡さない。タオルだって、そうだ。
 そのくせ、事あるごとに俺に意見して突っかかってきやがる。それは何でだ?」

「し、しょうがないでしょ!なんか跡部君だと緊張するのよ!
 それになんか、跡部君のやる事なす事、全部が気になるんだから仕方ないじゃない!」



やけくそ気味に言い返せば、跡部君の瞳が大きくなって次にはフッと緩められた。


なに、その表情?
見たこともない柔らかな笑いに心臓がドキンと跳ねる。



「丸っきり脈がないわけじゃないってコトだな。」
「なに、それ・・」


「お前、気づかないにも程があるってもんだろ?他の奴らは、とうに知ってるぜ?」
「だから何を、」



「俺がお前に惚れてるってことだ。覚悟しな。」



ニッと、それはそれは自信満々な笑顔で跡部君が言った。





ああ、どうしよう。



私には逃げ切れる自信がない。




















25 万代打リク 『気づかないにも程がある』  

2006.08.11  



『跡部のほうは主人公をものすっごい好きだけど、
主人公は跡部に全く興味が無くて跡部がイライラ…主人公気付かず!』というリクでした。


さんきゅ あさこ様




















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