A dream comes true 17












私が動くたびに小さな鈴の音がする。
携帯につけた手毬のストラップは厄除けのお守りで鈴がついている。


桜色の手毬は珪クンが選んでくれたもの。
私も選んであげるねと選んだストラップは招き猫で、同じように小さな鈴がついていた。


商売繁盛にいいかもと、ふたりでマスターにも買った。
マスターは大げさなほど喜んで、すぐに自分の携帯につけてくれて嬉しかった。


珪クンとマスター、そして私。
京都で思い出と一緒に買ったストラップが、りんりんと可愛い音色を聞かせてくれていた。



「この写真、いいね」



修学旅行の写真を見ていたマスターが声をあげた。
バイトの前にプリントしてきたばかりの写真は自分もよくは目を通していない。
見せて見せてと子供のように強請るマスターに根負けして、珪クンと三人で写真をまわし見中だ。



マスターの手元を横から覗きこみ、あっと息をのむ。
別にやましくもなければ、見られて困る写真でもないのだけれど頬が熱くなってきそうで困った。


それは珪クンとふたりで撮った写真だ。



「ねぇ、珪クン。これ」



カウンター越しに写真が差し出され、カップを前に数枚の写真を眺めていた珪クンが顔をあげる。
思いがけず視線があって、これがまた私を落ち着かなくさせた。


長く綺麗な指がマスターから写真を受け取り、視線が落ちる。
珪クンの唇が少しだけ開き、それからゆっくりと優しい笑みを作る。



「よく・・撮れてる」



美しい萩の咲く細道で、行き違った観光客に写真を撮って欲しいと頼まれた。
ふたつ返事で引き受けた私に、その人が言ってくれた。



『お二人も撮りましょうか?』と。



私はデジカメを持って歩いていたから、何かにつけて写真を撮っていた。
珪クンは写真に残すなど興味がないようで、携帯のカメラでさえ撮らない。
仕方がないので私が珪クンの分もと写真を撮り、珪クンは珪クンで『、撮ってやる』と私のデジカメを手にした。
なので二人が一緒に撮った写真は一枚もなかった。


どうしようかと隣の珪クンを窺うように見上げたら、珪クンも私を見ていた。
ふっと萩の花に視線を動かし、それから不意に私の肘を掴むと『お願いします』と言ってくれた。


嬉しかった。
触れた腕の温もりに胸がドキドキした。
修学旅行の中で一番の思い出かもしれない瞬間の写真。


私たちは微笑んでいた。
お互いが自然で、少しだけ恥ずかしそうに。




「はい?」


「これ・・・俺の分も」



写真を欲しいと珪クンが言ってくれた。
お願いされなくても珪クンが写っている分はプリントしようと思っていたけれど、やっぱり嬉しい。


この写真は宝物にしよう。
幼い子供のような決心をした私。



そう。私は浮かれすぎてたんだと思う。










廊下で守村君に会った。
修学旅行で変な別れ方をしてから後、姿を見かけることはあってもきちんと話せなかったのが気になっていた。
だから私から声をかけた。



「守村君」
「あ・・・さん」



守村君が私の名前を口にして、笑うのに失敗したような表情を見せた。
どうしたのかなと頭をかすめる。
けれど直ぐに普段通りに笑顔を浮かべて近づいてきてくれた彼に、感じた違和感は気のせいだったのかと思えた。



「あの・・修学旅行の時、迷惑をかけてしまって。ごめんなさい」
「え?そんな、迷惑なんて。僕の方こそ変な誤解をさせてしまったみたいで、すみません」



言って、守村君が気まずそうに視線を逸らした。
変な誤解とは、守村君と私が付き合っていると勘違いされたことだろう。
それを言うならお互い様で、私は慌てて首を横にふる。
ふたりで謝りあって、それにお互いが気付いて笑う。



「お互いに謝ったし、もういいですね」
「そうだね」


「葉月君にも・・・謝っておいてください」



守村君が唇に笑みを浮かべたまま、視線を伏せて言った。
思いがけない名前が出て私は咄嗟に反応が出来ない。



「いい気はしなかったでしょうから。ね?」



守村君が顔をあげ、レンズの奥の大きな瞳を細めた。
瞬間で頬が熱くなるのを感じて、思わず両手で押さえる。


そうだ。
翌日は隠すことなく珪クンとまわったのだから、あの日に私がはぐれてしまったのは誰なのか。
守村君には分かってしまって当然だった。


でも違う、そんなんじゃなくてと首を振るけど、守村君は悪戯っぽく笑って聞いてはくれない。
そこへ後ろから守村君を呼ぶクラスメイトの声がして、彼は爽やかな笑みを浮かべたまま私に軽く頭を下げると行ってしまった。


残された私は訳もなく顔が熱くて、暫く教室には戻れなかった。



その頃からだったろうか。
周囲の私を見る目が冷たくなっていった。


廊下や食堂で擦れ違いざまに睨まれたり、聞えよがしに嫌味を言われるようになった。
はじめは修学旅行で珪クンとまわったことに対する嫌がらせだと思った。
これは覚悟をしていたから、何があっても『友だち』で押し通すつもりだった。


でも、それだけにしては変だった。
女子だけではなく男子にまで冷たい態度をとられることがある。
存在感のない私に対して全く興味を示してなかった男子までもが、何事か噂しながら私を見ていた。
その視線の冷やかさに胸の底が重くなる。


仲良しのコたちも表面上は変わらず接してくれるけれど、何かが違う。
私の周囲で何が起こっているか・・・それは間もなく知れた。










「おとなしい顔して怖いよな。葉月と守村の二股だって」



昇降口へと続く階段を下りている時、下から聞こえてきた声に足が止まった。
誰がとは言ってない。だけれど嫌な予感があった。



「どうやって難攻不落の葉月を落としたんだろうな?」
「さぁ?女子たちも不思議がってたぜ。あんな地味女のどこがいいのか、さっぱり分からねぇって」


「女って見た目じゃ分からないよな」
「けど女子に嫌われてる女って、結構さ男にはモテね?」


「守村なんか初心そうだし、そんな女に引っ掛かったらひとたまりもねぇよな」


「俺、を見る目が変わったわ」



それは人けの少ない昇降口で遠慮なく交わされていたクラスメイトの会話。
最悪だったのは私の後ろに珪クンがいたことだった。


気付いた時には後ろに立っていたはずの珪クンが私の肩にぶつかるようにして前にいた。
駄目・・・と伸ばした指が、珪クンの肘を掴もうとしたけれどすり抜けてしまう。



「珪クン!!」



私が叫ぶのと、珪クンがクラスメイトの胸倉を掴んで壁に押し付けたのは同時だった。










夕日が沈む長い坂は一面がオレンジ色に染まっていた。
長い影がゆっくりと伸びてくる。


私は音にならない唇で、彼の名前を呼んだ。


俯いた珪クンが顔をあげる。逆光で表情がよく見えない。
それでも笑顔でないことだけは分かる。



・・・」



掠れた小さな声だった。



ゴメンね。
私のために珪クンはクラスメイトと喧嘩をしてしまった。
どう謝っていいのかも分からず、私は歪んでいく夕日を背に立つ珪クンを待っていた。


一歩、一歩、珪クンが私に近づいてくる。


ゴメンね。そして、怖いよ。
私はどうすればいい。珪クン、ゴメン。どうしよう、ゴメンナサイ。


足が震えた。
近付いてくる珪クンの顔を真っ直ぐ見るのが怖い。
涙が溢れてくるのを耐えて、逆光から明らかになっていく珪クンの顔を見上げた。



「学校・・・」
「大丈夫だ」


「でも」
「氷室に説教された。それだけだ」



職員室に連れていかれる珪クンに追いすがり、私は必死で事情を氷室先生に訴えた。
分かったから君は先に帰りなさいと先生に言われ、それでも心配で職員室の前に立っていた。
けれどそれさえ許されず、他の先生に学校を出るよう言われて此処で待っていた。


停学とかの処分はなかった、・・・よかった。
安堵で涙腺が緩む。


零れそうになる涙を人差し指で押さえたら、自分のものとは違う温もりが肩に触れた。
すぐ目の前に珪クンのオレンジに染まった制服がある。



「珪ク・・ン」



最後の音は、珪クンの夏服に吸い込まれていった。
もう直ぐ衣替えだから、夏服を着るのも数日だねと話したのは昨日のこと。
その白いシャツに抱きすくめられて、珪クンの鼓動を聞いた。



「俺は・・・」



触れた胸から直接響く声が苦しげに伝わってくる。


息をするのが辛い。
大好きな珪クンの温かな腕の中なのに、心が冷えていくようで身が震える。
こんなに近いのに、珪クンが遠いよ。





「守りたかった。守りたいのに・・守りたいと思えば思うほど、お前を苦しめる
 なんで俺はこんな・・・ゴメン」





一瞬強く抱きしめられ、ゴメンの言葉と同時に引き離される。
そして視線を逸らした珪クンは私の顔を見ないで、そのまま一気に言った。





「離れよう。俺と関わりを持たない方がいい」





イヤ。駄目、そんなの嫌。
叫びたい、でも言えないよ。


私と一緒じゃ・・・珪クンも辛い。





「ゴメン・・ね」





出せた言葉はそれだけだった。
もう涙で珪クンの表情も分からない。
まわりは夕日の色でイッパイ。珪クンのシャツがオレンジ色で綺麗なの。



ああ、後悔しても遅い。
終わりは突然にきてしまった。


堪らず顔を覆った。


ポンと大きな手が私の頭を撫でていく。
そのまま珪クンは僅かな風を残して、私のもとから去っていった。





薄く開いた視界には
長く続く坂の向こうに沈んでいく夕日が、もう姿を消そうとしていた。




















A dream comes true 17 

2009/04/29




















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